5 / 35
天使のような人
しおりを挟む
黒美サトはクラスでもまとめ役で、誰もが彼女のことを高く評価している。他学年の生徒も、他のクラスの生徒もだ。
私も黒美への印象は良いほうだ。私が黒美を良い印象だと思ったのはこんな出来事だ。
「ヤバイ」
テスト直前で私は自身の筆箱に消しゴムがないことに気づいた。これからテストが始まるのにどうしようと思ったときだ。
「これ」
黒美が私に消しゴムを貸してくれたのだった。正確にはくれたらしい。
「ありがとう。後で返すね」
「いいよ。それより、テスト頑張ろうね」
黒美は爽やかな笑顔を見せて、自身の席に戻って行った。その時までは黒美と話したこともないが、とても良い人に見えた。
表現するなら「天使のような人」かもしれない。
クラスの人気者だというもの頷ける。黒美の評判は本当だったのだろうとこの時、確信した。
黒美の評判を良く思わない人がいることに、私は驚いている。
確実に一人は、彼女を良く思っていない。白井《しらい》クミだ。
白井は黒美と接触もしないが、睨みつけていたことがあった。
私はその瞬間を見てしまった。私以外の人も気付いているか解らない。私は白井の一方的な嫉妬だと思い、本当に醜いなと思った。
クラスの役割決めのときのことだ。クラスの生徒全員がそれぞれに好きな役員就くために立候補していく。
複数人の候補者になるとジャンケンで決めていく。誰もがやりたがらない役員の「プリント係」が残る。
「プリント係」はその日の全授業の宿題のプリントを職員室に取りに行ったり、提出した宿題を回収して先生に渡す係だ。
かなり体力的にも大変だし、何よりも疲れる。先生によっては厳しかったりする。だから、誰もやりたがらない。そんな中、黒美が言う。
「白井さんがやるべきだと思いまーす」
生徒たちがざわついていく。
「なんで、白井さん?」
「意味分からんけど。白井がやればいいと私も思う」
「黒美さんが言うならね」
生徒が口々に言う様子に黒美が大きな声で遮る。
「いいよね。白井さん」
「は?勝手に決めないでください」
「いい提案だと思うんだけど」
黒美は白井の強めの口調に怯むことなく、強く返した。
「アンタさ。自分が良い人とか自分のほうが意見通ると思っているからって何様なの?」
白井の発言に生徒がざわつく。やはり私以外も、白井が黒美を良く思っていなかったのを気づいていたのかザワつく。
「え。嫉妬もしかして?え?」
「うわ。白井って」
「何か不穏《ふおん》だね」
本当に白井は黒美のことを敵視しているのだろうと思った。
けれど、黒美の行動は強引のように思った。
白井の発言は嫉妬じゃなく、黒美の行動によるものかもしれない。黒美が笑う。
「何様とかじゃなくって。白井さんがやればいいと思うんだよねぇ。みんなー。そうだよね」
黒美の言葉に他の生徒が反応する。
私はここで黒美の白井への発言や、強引な提案が酷く思えた。本当に良い人はなんだろうか。
黒美は自分にとって「気に入らない人」をつるし上げて、敵を作り上げているように思えた。
白井の反論の言い方も悪かったかもしれないが、勝手な提案を推し進めたのは黒美だ。
私はもやもやとした気分になる。ほとんどの生徒は黒美の味方だ。私は口を開く。
「あのさ。黒美さん。黒美さんはクラスのリーダーだけど、白井さんだって自分で決める権利があるよね。白井さんの言い方がきつかったかもしれないけど。あと、何か 白井さんを吊し上げてるみたいだからどうかと思うよ」
私は勇気を振り絞った。黒美の刺すような視線が恐い。
白井が黒美に感じていたことは、これのことなのだろう。黒美は自分の評判のためには惜しみなく“良い人ぶる”のだろう。そんな風に思えてきた。
「そうだ。じゃあ。多数決で決めようよ。私のやったこと、つまり白井さんがやるべきだとみんなに言ったことが正しいか、田中さんの言い分が正しいかさ。まずは田中さんの言い分が正しいと思う人」
黒美は自信満々だった。決して自分が負けないと思っているのだろう。私は息をのむ。
生徒の八割が手を上げてくれた。私は居心地が悪いが、少しだけ心が軽くなる。黒美を見ると唇《くちびる》を歪ませていた。
「……散々みんなに優しくしてきたのにねぇ。あー。私が悪かったですよぉ。勝手にすれば?」
「黒美。そんな言い方ないんじゃない?」
「は?」
白井は黒美に説教を始める。黒美はうざそうに、白井を見た。
「幼なじみだから、これまで黙っていたけどさ。「良い人」に思われたいからって取り繕《とりつくろ》うの止めたら?」
「は?うっざ。アンタのそういうとこが前から嫌いだったんだよね」
黒美は教室から出て行く。白井と黒美は幼なじみだったらしい。
黒美の態度に多くの生徒が動揺している反面、口々に何かを言っているが私はそれを聞きたくなかった。
天使のような人はいない。私は確信した。人は天使になんてなれない。
私はいつの間にか、黒美の後を追って教室を出た。
了 54:05
私も黒美への印象は良いほうだ。私が黒美を良い印象だと思ったのはこんな出来事だ。
「ヤバイ」
テスト直前で私は自身の筆箱に消しゴムがないことに気づいた。これからテストが始まるのにどうしようと思ったときだ。
「これ」
黒美が私に消しゴムを貸してくれたのだった。正確にはくれたらしい。
「ありがとう。後で返すね」
「いいよ。それより、テスト頑張ろうね」
黒美は爽やかな笑顔を見せて、自身の席に戻って行った。その時までは黒美と話したこともないが、とても良い人に見えた。
表現するなら「天使のような人」かもしれない。
クラスの人気者だというもの頷ける。黒美の評判は本当だったのだろうとこの時、確信した。
黒美の評判を良く思わない人がいることに、私は驚いている。
確実に一人は、彼女を良く思っていない。白井《しらい》クミだ。
白井は黒美と接触もしないが、睨みつけていたことがあった。
私はその瞬間を見てしまった。私以外の人も気付いているか解らない。私は白井の一方的な嫉妬だと思い、本当に醜いなと思った。
クラスの役割決めのときのことだ。クラスの生徒全員がそれぞれに好きな役員就くために立候補していく。
複数人の候補者になるとジャンケンで決めていく。誰もがやりたがらない役員の「プリント係」が残る。
「プリント係」はその日の全授業の宿題のプリントを職員室に取りに行ったり、提出した宿題を回収して先生に渡す係だ。
かなり体力的にも大変だし、何よりも疲れる。先生によっては厳しかったりする。だから、誰もやりたがらない。そんな中、黒美が言う。
「白井さんがやるべきだと思いまーす」
生徒たちがざわついていく。
「なんで、白井さん?」
「意味分からんけど。白井がやればいいと私も思う」
「黒美さんが言うならね」
生徒が口々に言う様子に黒美が大きな声で遮る。
「いいよね。白井さん」
「は?勝手に決めないでください」
「いい提案だと思うんだけど」
黒美は白井の強めの口調に怯むことなく、強く返した。
「アンタさ。自分が良い人とか自分のほうが意見通ると思っているからって何様なの?」
白井の発言に生徒がざわつく。やはり私以外も、白井が黒美を良く思っていなかったのを気づいていたのかザワつく。
「え。嫉妬もしかして?え?」
「うわ。白井って」
「何か不穏《ふおん》だね」
本当に白井は黒美のことを敵視しているのだろうと思った。
けれど、黒美の行動は強引のように思った。
白井の発言は嫉妬じゃなく、黒美の行動によるものかもしれない。黒美が笑う。
「何様とかじゃなくって。白井さんがやればいいと思うんだよねぇ。みんなー。そうだよね」
黒美の言葉に他の生徒が反応する。
私はここで黒美の白井への発言や、強引な提案が酷く思えた。本当に良い人はなんだろうか。
黒美は自分にとって「気に入らない人」をつるし上げて、敵を作り上げているように思えた。
白井の反論の言い方も悪かったかもしれないが、勝手な提案を推し進めたのは黒美だ。
私はもやもやとした気分になる。ほとんどの生徒は黒美の味方だ。私は口を開く。
「あのさ。黒美さん。黒美さんはクラスのリーダーだけど、白井さんだって自分で決める権利があるよね。白井さんの言い方がきつかったかもしれないけど。あと、何か 白井さんを吊し上げてるみたいだからどうかと思うよ」
私は勇気を振り絞った。黒美の刺すような視線が恐い。
白井が黒美に感じていたことは、これのことなのだろう。黒美は自分の評判のためには惜しみなく“良い人ぶる”のだろう。そんな風に思えてきた。
「そうだ。じゃあ。多数決で決めようよ。私のやったこと、つまり白井さんがやるべきだとみんなに言ったことが正しいか、田中さんの言い分が正しいかさ。まずは田中さんの言い分が正しいと思う人」
黒美は自信満々だった。決して自分が負けないと思っているのだろう。私は息をのむ。
生徒の八割が手を上げてくれた。私は居心地が悪いが、少しだけ心が軽くなる。黒美を見ると唇《くちびる》を歪ませていた。
「……散々みんなに優しくしてきたのにねぇ。あー。私が悪かったですよぉ。勝手にすれば?」
「黒美。そんな言い方ないんじゃない?」
「は?」
白井は黒美に説教を始める。黒美はうざそうに、白井を見た。
「幼なじみだから、これまで黙っていたけどさ。「良い人」に思われたいからって取り繕《とりつくろ》うの止めたら?」
「は?うっざ。アンタのそういうとこが前から嫌いだったんだよね」
黒美は教室から出て行く。白井と黒美は幼なじみだったらしい。
黒美の態度に多くの生徒が動揺している反面、口々に何かを言っているが私はそれを聞きたくなかった。
天使のような人はいない。私は確信した。人は天使になんてなれない。
私はいつの間にか、黒美の後を追って教室を出た。
了 54:05
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる