堕落のマリア(R18)

深月珂冶

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大家の素顔

※大家の素顔※

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「っはあ」
「俺も気持ちよかったよ」

 来宮くのみやと女性は向き合うと、激しくディープキスをし始めた。
 ここで、女性の顔が見え、真理亜まりあは再び驚いた。
 その女性はさきほど、来宮と話をしていた人だった。
 
 この二人は付き合っているのだろうか。女性のつややかな表情が印象的だった。
 真理亜はショックというより、妙な興奮を感じた。
 むらむらとした感覚がわき、自制を利かせた。
 互いの口が離れ、来宮がこちらを向いた。

 真理亜と目が合うと、来宮は驚きも恥じらいもせず、ただ色気のある目で微笑む。
 真理亜は完全に気付かれたと思い、すぐに窓を閉めてレースカーテンをした。

 真理亜は確実に、次に会ったとき気まずいと思った。
 真理亜は落ち着くために、台所の浄水器じょうすいきひねり、水をコップに入れる。
 それを一気飲みした。真理亜は来宮が遊び人だと確信した。
 だから、結婚している自分を誘ったのだと思った。
 真理亜は来宮が遊び相手が欲しくて、アプローチしてきたのか?
 改めて、気をつけようと思った。
 
 けれど、真理亜は先ほどの興奮が抑えられず、そわそわする。
 真理亜は「落ち着け」とつぶやき、深呼吸をした。
 ひとまず、真理亜は自分のポケットから、来宮からもらった連絡先の紙取出し、ゴミ箱にてた。

 真理亜はしばらくすると、スマートフォンにラインのメッセージが来ているのに気付く。
 スマートフォンを見ると、芳子からのメッセージだった。

『真理亜さん
仕事、思ったより早く終わりそう。
13時くらいにそちらに来れそうです!ではまた!』

 真理亜はそのメッセージを読み終わると、『了解』と一言だけ返信し、スマートフォンを置いた。
 来宮から貰った連絡先の紙を思い出した。

 真理亜は見てしまった光景が脳裡のうりに焼きつき、落ち着くどころか、余計に気が散った。
 とりあえず、来宮とはあまり話さないようにしようと考えた。

 そうこうしているうちに、昼食の時間になった。
 真理亜は昼食を食べる気にならず、バナナだけを食べた。
 真理亜はふと疑問に思った。
 このマンションに住む来宮に好意を寄せている人たちは、来宮自身の実態じったいを知っているのだろうか。
 知っていてもいなくても、私には関係ない。真理亜は自分に言い聞かせた。

 昼の12時が過ぎると、マンションのインターフォンが押された。
 真理亜はインターフォンの画面を見る。そこに写っていたのは、大家の来宮だった。

「はい。どうしました」
 
 真理亜は毅然きぜんとした態度で応対した。インターフォン越しの来宮は面白そうな表情を浮かべていた。

【真理亜さん。ちょっといいかな】
「ちょっとって?」
【解っているでしょう?】

 真理亜はインターフォンを閉じ、玄関を開ける。来宮はさっきの表情と違い、さわやかな笑顔だった。

「あの、ことですよね?」
「そうそう」
「言いませんから」

 真理亜は来宮の顔を見なかった。来宮は大声で笑う。

「あはははは。いや、そういうんじゃないんだよ。別に言ってもいいんだよ?ただ、あれを見た真理亜さんの反応を見たかっただけだから」
「……っ。っていうか、外でやるとか常識じょうしきうたがいますよ」
「ごめんごめん。誰も見ていないかと思ったからね。いつもは部屋でね」

 真理亜はいつもその女性とそういうことをしているのかと思った。
 真理亜は来宮の顔を見る。来宮はすかさず、真理亜の顔を覗き込む。

「やっと見てくれた」
「……軽蔑けいべつしました」
「軽蔑かぁ。女性の気持ちに応えているだけなんだよ。彼女が僕とシたいなら、それに応えているだけだ。真理亜さんだって、旦那さんに応えている。それと一緒さ」
「じゃあ、私に連絡先の紙を渡したのは、セックスのお誘いですか?」

 真理亜は直球に質問した。来宮は再び笑う。

「っはははは。まあ、それもあるけど、僕としては真理亜さん自身を単純に知りたいと思ったんだ」

 来宮は真理亜の手を取り、目線を合わせてかがんだ。
 来宮の大きいな目が、真理亜の顔を映し出す。来宮の声はバリトンの通る声だった。
 真理亜は近すぎる距離に、離れようとするも、しっかりと腕をつかまれた。

「……私は結婚していて、子供もいます。何を言っているんですか?」
「でも、それはそれだよ。僕はそれを承知で言っている。それに……時々、真理亜さんの表情が『本当にこれでいいのか』って見えて。それを見ていたら、何か」

 来宮は真理亜に熱のこもった視線を向けた。真理亜は直視できず、次第に体が温かくなってきた。
 真理亜は自身が赤面しているのを悟られたくなく、下を向く。

「……無理にとは言わないさ。でもね、いつでも僕は待っているからね」

 来宮は真理亜の腕をゆっくりとはがした。

「……どうして、そう思うんですか?」
「どうしてって?理由はないよ。ただ女性は結婚しても女性であるべきだと僕は思うからだよ」

 来宮は真理亜のでこにキスをすると、玄関を出て行った。
 玄関の向こうに消えた来宮を真理亜はドア越しに見つめた。

『本当にこれでいいのか』。真理亜は核心を突かれた気がした。
 このまま、普通の主婦として何事もなく終えていく。
 平々へいへい凡々ぼんぼんでいいのか。真理亜は自分の中で、くすぶる何かを感じた。

 居間に戻ると、真理亜はゴミ箱に棄てた来宮の連絡先の紙を取り出した。
 それをしばらく見つめた。

※大家の素顔※ 了
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