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琥珀の慟哭
琥珀の慟哭58
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南田弘一は目を閉じて、あぐらをかいていた。
独房は静まり返っていた。あれから弁護士の古川呼人は面会に来ない。
南田はそれでいいと思った。
外部の情報は知る術もないが、華子の生存だけは気になる。
しばらくすると、看守の宮野がやってきた。
「おい、差し入れ」
「あ、はいはい。どうも」
宮野の独房の柵の小さな受け渡し口を鍵で開けて、南田に差し出した。
「誰からです?」
「古川呼人さんから」
「古川さんか」
南田はそれに触れた。
ゆっくりと思い出が見えてきた。差し入れを選んでいる場面だった。
デパートで商品を選んでいる古川の様子は深刻な表情だった。
古川はスマートフォンの着信に気付き、電話に出た。
「あ、こんにちは。私が南田を担当している弁護士の古川です。あ、はいはい。あーそうですか。ご連絡ありがとうございます」
古川は電話を切ると、ため息をつく。
連絡の内容はあまり良いものじゃなかったらしい。
南田はそれが華子のことかと思った。
古川は差し入れが決まったのか、ペンとメモを取り出し何かを書き始めた。
それは南田へのメッセージだった。内容は次の通りだった。
『南田へ
元気にしているか?面会に会えなくて残念だった。差し入れを受け取ってくれ。あまり良くないことなんだが、柿澤華子さんがかなり危険らしい。このままだと。なぁ、お前はやっていない。そうだろう?』
そのメモを二つに折り曲げる。
古川はそのメモを差し入れにいれた。
南田は思い出の途中で、差し入れから手を離した。
宮野がその様子を見ていた。
「どうした?」
「あ、いやぁ。なんでもないです」
「顔色、悪いぞ」
南田の顔色は悪くなっていた。南田はため息をつく。
「すいません。宮野さん、一人にしてください」
「ああ。わかった」
宮野は無表情で南田の下を離れた。
南田は静かに涙を流した。
**************************
華子の後ろからやって来たのは、陸だった。
「お母さん」
「あ、陸。迎えに来てくれたの?」
「はい。お母さんに出来る限り一緒にいたいです」
陸は華子に会いたかったらしい。
心から華子を思っているように見えた。
「そう。ありがとう。じゃあ、一緒に行きましょう」
「嬉しいです」
「私もよ」
仲睦まじい親子の雰囲気だった。
二人は歩いて、ミーティングの場所に向かうらしい。二人は話をしていた。
「いずれ、もう一人の息子、祐を紹介するわ」
「祐さんですか。会ってみたいです」
「そう。あなたとは全く違う感じだけどね」
華子は楽観的に考えているようだった。
陸は祐に興味を示した。
歩く二人に声を掛けてくる人がいた。噂をすればの祐だ。
「お母様」
「あら、祐じゃない?どうしたの?」
「運転手さんを馘にしたって聞きました。危ないじゃないですか!」
祐は華子に食って掛かった。
陸は祐の肩を掴む。
「そんな怒らないで」
「あなたが静音理央こと、陸ですか?」
祐は陸の顔を見る。その表情は訝しげだった。
「そうですけど。お母さんだって理由が」
「あなたに関係ないでしょう!」
「関係あります!僕の母親ですから」
祐は不愉快そうな表情を浮かべる。華子が二人を宥める。
「まあ、二人とも落ち着いて」
「落ち着いてられますか。運転手さんは昔からお世話になってるのになんで」
祐は運転手を馘にしたことが納得行かずイラついている。
「そうね。私の我が儘よ、祐。許して頂戴。新しい運転手はすぐに手配するから」
「理由を教えて下さい」
「ここで言うのもあれだから、お店に入りましょう」
祐と陸は、華子に促されて喫茶店に入った。チェーン店の簡易なカフェだった。
華子が一人で座り、向かいに祐と陸が座る。
「あのね、私が死んだらの話なんだけど」
「お母様、いきなりなんですか?」
祐は呆れ気味に言った。陸は華子を気遣う。
「お母さんは調子悪いんですか?」
「いいえ、違うわ。二人ともゆっくり落ち着いて聞いて」
華子は二人を落ち着かせる。華子が言う。
「私が死んだら、その後を陸に継がせようと思うの」
その言葉に祐は顔を歪ませた。
陸は突然のことで、口をぽっかり開けたままになる。
祐が両手で机を叩きながら、立つ。
「お、お母様。それはどうして?」
「どうしてって。陸のほうが祐よりも人を纏める力があるから」
華子はにこやかに言った。
祐は納得いかない思いが爆発し強い口調で言う。
「今度は実の息子を使って、この柿澤を乗っ取ろうって計画……なんですね」
「あなたは何も解っていない。そういうことじゃないの」
「じゃあ、どういう」
「あなたは他人に厳し過ぎるし、人の痛みが解らないのよ。あなたが社長を解任になったのも、部下たちの不満があったからよ」
祐はそれが解っている故に、口を紡ぐ。
陸は二人の顔を見る。
「でね、私はそれを運転手さんに言ったの。そしたら、争いが起こるって不吉なこと言うから」
「……そんなことだけで、馘にしたんですか?」
祐は更に呆れた表情を浮かべた。
華子は運転手から聞いた話をするべきか迷う。
「あ、でも、その」
「なにか有るんですか?」
「何でもない。まあ、そういうことよ」
祐はため息をつく。陸が言う。
「お母さん、それは可笑しいよ。祐さんはこれまで柿澤家に貢献してきたんだから。祐さんに継がせるべきだと思う」
祐は陸の発言に驚く。
祐は少し戸惑う。華子はため息をつく。
「陸。あなたは解っていない。さっきも言ったけど、祐は人の痛みが解らないのが致命的よ」
祐は歯を食い縛る。祐の目元には涙がうっすらと見えた。
「痛みって。欠陥のある人間は近くにいてもらいたくない!それのどこが?」
「あなたは何も解っていない!そういうことよ!さて、話は終わりよ。祐。仕事に戻りなさい。私と陸はこれから磯貝さんとミーティングへ行くわ。行きましょう陸」
「はい。お母さん」
華子は立ち上がり、陸と共に店を出ていく。取り残された祐は拳を握り閉めて下を向いていた。
琥珀の慟哭58 了
独房は静まり返っていた。あれから弁護士の古川呼人は面会に来ない。
南田はそれでいいと思った。
外部の情報は知る術もないが、華子の生存だけは気になる。
しばらくすると、看守の宮野がやってきた。
「おい、差し入れ」
「あ、はいはい。どうも」
宮野の独房の柵の小さな受け渡し口を鍵で開けて、南田に差し出した。
「誰からです?」
「古川呼人さんから」
「古川さんか」
南田はそれに触れた。
ゆっくりと思い出が見えてきた。差し入れを選んでいる場面だった。
デパートで商品を選んでいる古川の様子は深刻な表情だった。
古川はスマートフォンの着信に気付き、電話に出た。
「あ、こんにちは。私が南田を担当している弁護士の古川です。あ、はいはい。あーそうですか。ご連絡ありがとうございます」
古川は電話を切ると、ため息をつく。
連絡の内容はあまり良いものじゃなかったらしい。
南田はそれが華子のことかと思った。
古川は差し入れが決まったのか、ペンとメモを取り出し何かを書き始めた。
それは南田へのメッセージだった。内容は次の通りだった。
『南田へ
元気にしているか?面会に会えなくて残念だった。差し入れを受け取ってくれ。あまり良くないことなんだが、柿澤華子さんがかなり危険らしい。このままだと。なぁ、お前はやっていない。そうだろう?』
そのメモを二つに折り曲げる。
古川はそのメモを差し入れにいれた。
南田は思い出の途中で、差し入れから手を離した。
宮野がその様子を見ていた。
「どうした?」
「あ、いやぁ。なんでもないです」
「顔色、悪いぞ」
南田の顔色は悪くなっていた。南田はため息をつく。
「すいません。宮野さん、一人にしてください」
「ああ。わかった」
宮野は無表情で南田の下を離れた。
南田は静かに涙を流した。
**************************
華子の後ろからやって来たのは、陸だった。
「お母さん」
「あ、陸。迎えに来てくれたの?」
「はい。お母さんに出来る限り一緒にいたいです」
陸は華子に会いたかったらしい。
心から華子を思っているように見えた。
「そう。ありがとう。じゃあ、一緒に行きましょう」
「嬉しいです」
「私もよ」
仲睦まじい親子の雰囲気だった。
二人は歩いて、ミーティングの場所に向かうらしい。二人は話をしていた。
「いずれ、もう一人の息子、祐を紹介するわ」
「祐さんですか。会ってみたいです」
「そう。あなたとは全く違う感じだけどね」
華子は楽観的に考えているようだった。
陸は祐に興味を示した。
歩く二人に声を掛けてくる人がいた。噂をすればの祐だ。
「お母様」
「あら、祐じゃない?どうしたの?」
「運転手さんを馘にしたって聞きました。危ないじゃないですか!」
祐は華子に食って掛かった。
陸は祐の肩を掴む。
「そんな怒らないで」
「あなたが静音理央こと、陸ですか?」
祐は陸の顔を見る。その表情は訝しげだった。
「そうですけど。お母さんだって理由が」
「あなたに関係ないでしょう!」
「関係あります!僕の母親ですから」
祐は不愉快そうな表情を浮かべる。華子が二人を宥める。
「まあ、二人とも落ち着いて」
「落ち着いてられますか。運転手さんは昔からお世話になってるのになんで」
祐は運転手を馘にしたことが納得行かずイラついている。
「そうね。私の我が儘よ、祐。許して頂戴。新しい運転手はすぐに手配するから」
「理由を教えて下さい」
「ここで言うのもあれだから、お店に入りましょう」
祐と陸は、華子に促されて喫茶店に入った。チェーン店の簡易なカフェだった。
華子が一人で座り、向かいに祐と陸が座る。
「あのね、私が死んだらの話なんだけど」
「お母様、いきなりなんですか?」
祐は呆れ気味に言った。陸は華子を気遣う。
「お母さんは調子悪いんですか?」
「いいえ、違うわ。二人ともゆっくり落ち着いて聞いて」
華子は二人を落ち着かせる。華子が言う。
「私が死んだら、その後を陸に継がせようと思うの」
その言葉に祐は顔を歪ませた。
陸は突然のことで、口をぽっかり開けたままになる。
祐が両手で机を叩きながら、立つ。
「お、お母様。それはどうして?」
「どうしてって。陸のほうが祐よりも人を纏める力があるから」
華子はにこやかに言った。
祐は納得いかない思いが爆発し強い口調で言う。
「今度は実の息子を使って、この柿澤を乗っ取ろうって計画……なんですね」
「あなたは何も解っていない。そういうことじゃないの」
「じゃあ、どういう」
「あなたは他人に厳し過ぎるし、人の痛みが解らないのよ。あなたが社長を解任になったのも、部下たちの不満があったからよ」
祐はそれが解っている故に、口を紡ぐ。
陸は二人の顔を見る。
「でね、私はそれを運転手さんに言ったの。そしたら、争いが起こるって不吉なこと言うから」
「……そんなことだけで、馘にしたんですか?」
祐は更に呆れた表情を浮かべた。
華子は運転手から聞いた話をするべきか迷う。
「あ、でも、その」
「なにか有るんですか?」
「何でもない。まあ、そういうことよ」
祐はため息をつく。陸が言う。
「お母さん、それは可笑しいよ。祐さんはこれまで柿澤家に貢献してきたんだから。祐さんに継がせるべきだと思う」
祐は陸の発言に驚く。
祐は少し戸惑う。華子はため息をつく。
「陸。あなたは解っていない。さっきも言ったけど、祐は人の痛みが解らないのが致命的よ」
祐は歯を食い縛る。祐の目元には涙がうっすらと見えた。
「痛みって。欠陥のある人間は近くにいてもらいたくない!それのどこが?」
「あなたは何も解っていない!そういうことよ!さて、話は終わりよ。祐。仕事に戻りなさい。私と陸はこれから磯貝さんとミーティングへ行くわ。行きましょう陸」
「はい。お母さん」
華子は立ち上がり、陸と共に店を出ていく。取り残された祐は拳を握り閉めて下を向いていた。
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