プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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琥珀の慟哭

琥珀の慟哭48

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 華子は裕次郎の前に婚姻歴があり、その人との間に子供がいた。
 華子の表情からそれが事実だと証明しているように見えた。華子は祐を見る。

「そうね。いずれ、話すときが来ると思っていた」
「僕はある程度まで知っています。お母様の恩師、青井あおい静子しずこさの息子、青井いぶきという人でしょう。お母様がいぶきさんとご結婚なさったのは二十四歳のとき」

 祐は淡々と、華子に向かって言った。華子はそれを静かに聞く。祐は続ける。

「その翌年の二十五歳のとき、りくという子供ができた。いぶきさんに多額の借金があり、それを肩代わりする代わりにお母様と離婚しろと柿澤家が迫った。お母様は柿澤家に嫌悪しつつも、これ幸いと、柿澤への復讐のため、お父様と結婚。お父様との間に子を宿さなかったのも、いぶきさんへの義理だったんですか?」

 祐は華子を睨みつける。華子は祐をじっと見つめた。
 華子は首をゆっくりと縦に振った。

「そうね。裕次郎さんとの子供を作らなかった。復讐もあなたの言うとおりよ。陸はいぶきさんと暮らして、私は会うことを許されなかった。その内に元々、身体の弱かったいぶきさんは亡くなり、陸も十歳もしないうちに亡くなったと聞いたわ」

 華子の目には涙があふれていた。元旦那も、子供も既にこの世にいないのか。
 それはあまりにも辛辣しんらつだ。

「それを聞いてからの私は復讐を願っても何もならないと思った。だからこそ、今自分の置かれた場所で生きていこうと決めた。裕次郎さんは本当に私を思ってくれていた。だから、この柿澤に貢献してきたのよ」

 祐が華子を見る目は冷たい。それ以外に何か問題でもあるのだろうか。
 これまでの会話の想像でしかないが、これが何か引き金になっているのだろうか。

「……お母様。本当に陸さんがお亡くなりなっていると、確認したんですか?」
「ええ。ちゃんと青井家にも確認しましたし、興信所に依頼もしましよ。お墓も」

 祐は苦い表情を浮かべる。
 祐の表情を見る限り、他に何かがあるようにも思えた。
 もしかして、華子の実の息子、陸は生きているのだろうか。

「お母様。僕はお父様を軽蔑します。お父様はお母様の愛情を受けたいがために、最大の嘘をつきました」
「な、何を言っているの?え?」
「陸さんは死んでいないんですよ」
「……どういうこと?」

 祐の表情は華子の青ざめた様子と変わり、悪魔のような表情を浮かべていた。
 改めて祐の残酷さが浮き彫りになった。

「いぶきさんが亡くなった後、陸さんと青井家に対して、柿澤家が「別人として生きること、今後、柿澤華子との一切の関わりを絶つ代わりに、生涯を保障する」と持ちかけた。お母様が確実に陸さんの死を確認するであろうと思い、お墓も死亡確認も偽装。全てを偽装。これもお父様がお母様からの愛情を受けたいがためにですよ」

 華子は目の前での祐が話す内容についていけないようだった。
 頭が混乱し、言葉が出ないように見える。祐は華子の顔を覗き込む。

「お母様。僕はお母様をいじめたいわけじゃない。これが原因で、今回の問題が起きているんです」
「……っ。どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。陸さんは今回の、沖縄のビルオーナーの磯貝さんと共同経営者です」

 華子は動揺し、持っていたカップを床に落とす。祐は苦々しい表情を浮かべる。

「僕はお父様を軽蔑しますが、この会社を守る義務がある。だからこそ、今回の件は慎重にならざるべきなのです」

 華子は落としたカップを片付けようとするも、動揺で手を傷つける。華子の右の薬指から血が滴った。

「っ。それは本当なの?」
「興信所で調べたので本当です。僕はこの件から足を洗うべきだと思いますよ。いくら磯貝菊雄さんが元柿澤コーポレーション社員と言っても。ちなみに陸さんの名前ですが」
「でも、困っているんでしょう?」

 華子は戸惑っている。
 割れたコーヒーカップを片付け、切れた指に絆創膏を貼った。祐はため息をつく。

「っはあ。全く。そんなだから、隙をつかれるのです」
「隙って。祐だって、世間体ばかりじゃない。日名子ひなこさんのことだって。協議離婚をするなんてね」

 祐は不適な笑いを浮かべる。華子は祐が恐く思えて、黙り込んでしまった。
 祐が言う。

「お母様。僕は柿澤家に養子に来た時点で幸運だと思ったんですよ。僕の思う存分の未来を描いてやろうと。その為だったら、僕の足かせになる存在を切る。そういうことですよ?」

 華子は祐の残酷なまでの貪欲さにおののいた。
 祐は華子の怯えている様を笑う。

「大丈夫ですよ。僕はお母様を最後まで守りますからね。安心してください」

 祐は華子の手を取る。華子はその手を振り払う。

「祐が何を考えているか、解らないわ。祐。この件はやっぱ私に任せてもらえないかしら?」
「お母様に何が出来るんです?だって、陸さんの会社なんでしょう?何があるか」
「そうね。祐の言うとおりよ。陸が私の息子なら、なんとかなるんじゃないかって。だから、私に任せて。お願い」

 祐は華子をじっと見つめる。その様子は本当に任せていいのか見ているというより、睨みつけているように見えた。
 祐は鼻で笑う。

「っふふふ。いいでしょう。じゃあ、お母様がやってくださいよ」
「いいでしょう。解ったわ。私にやらせて」
「楽しみにしています。じゃあ、僕は行きます」

 祐は部屋を出て行った。残された華子は祐の出て行ったドアを見る。
 華子はため息をつく。スマートフォンを取り出すと、磯貝に電話をかける。

「こんにちは。柿澤華子です。磯貝さんですか?」

 磯貝はすぐに電話に出たようだ。待ち合わせの連絡は滞りなく終わり、華子は電話を切った。電話を終えた華子はため息をつく。
 華子は鏡で自身の顔を見て、両手で顔を叩いた。

 ここで思い出はゆっくりと切り替った。
 いよいよ、事件の当日なのだろうか。私は変な汗が出てきた。
 私はこの事件の犯人が誰なのか。私は何となくだが、祐が怪しい気がしてきた。
 今までの息子の話が祐の作り話で、華子が填められているのではないかとすら思えてきた。

琥珀の慟哭48 了
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