プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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琥珀の慟哭

琥珀の慟哭39

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 それまで無表情だったように見えた宮野にしっかりと表情があるように見えた。

「気に掛けているって。それは迷惑ですよ」
「俺に言える資格はない。だが、伊藤は優秀な看守だ」

 南田は宮野の考えが解らない。何をしたいのか。
 南田は宮野の顔を見る。宮野はただ無表情で見るだけだった。

「宮野さん。少し近づいてもらえますか?」
「なんだ?」

 宮野は疑問に思いつつも、近づいてきた。南田は宮野の時計に触る。

 ゆっくりと思い出が見えてきた。

 50代くらいの女性が青ざめた顔をしていた。生気を失くしている。その女性を宮野が支えていた。

「沙羅が……沙……羅が」
「母さん。落ち着いて」

 どうやら女性は宮野の母親のようだ。娘の沙羅が何か遭ったらしい。
 その様子から殺害されたようだ。宮野は苦しそうな表情を浮かべた。

「どうして、どうしてぇえええ。いやぁああああああ」
「落ち着いて、母さん。俺もどうしたいいか」
「そういえば、あなたの同僚の   伊藤いとう さとるっていたわよね。元は教祖だった覚様って人。あの人のせいなんじゃないの!」

 母親は宮野に食ってかかる。宮野は困った表情をしていた。
 いくらなんでも伊藤が原因なはずがない。宮野は母親を落ち着かせる。

「落ち着いてくれ。覚は確かに俺の同級生で親友だ。あいつは確かに昔、悪い予言をした。けれど、それは見えたまんまを言ったんだ」

 南田は伊藤と宮野が親友だったことに驚いた。宮野は今の無表情じゃなく、感情豊かだった。

「違う。 れん。悪魔の子の伊藤覚と関わっているからよ!あなたの所為で、沙羅は、死んだのよ!沙羅を返して!返して!」

 母親は宮野の胸を何度も叩く。苦しそうに顔をゆがませる宮野。
 沙羅を殺した犯人はどうしたんだ?犯人は捕まったのだろうか。
 南田は疑問に思った。思い出は切り替わった。

 今度は伊藤と宮野が話をしている場面だった。伊藤が言う。

「沙羅ちゃんのことは本当に残念だったと思う」
「ごめん。伊藤。俺の母さんが」
「いいって。俺は人に罵られ、忌み嫌われるのには慣れている」

 伊藤は遠い目をしていた。その目は何もかもを諦めた目だった。
 南田は疑問に思った。宮野は伊藤が未だに未来が見えることを知っているのだろうか。

「なぁ。お前は未来が未だに見える…のか?」
「………どうして、そう思う?」
「質問に質問で返すなよ」

 伊藤は図星な質問にはぐらかそうとしている。
 南田にはそれがわかった。宮野も気づいているのか。

「……そうだ」
「………やっぱそうか。じゃあ、沙羅が殺されるのも知っていたのか?」

 伊藤は目を伏せて、ゆっくりと頷いた。宮野は声を荒げる。

「何だよ!それ!どうして、教えてくれなかった!」

 宮野は伊藤の肩を強く掴む。伊藤は痛みで顔をゆがませる。

「俺は。不吉な予言をすれば、また俺は悪魔の子扱いされる!じゃあ、俺がもし、本当に沙羅ちゃんが殺されるかもしれないって言ったら、信じたか?」

 伊藤は宮野の顔を覗き込む。宮野は言葉を失う。何も言えなくなっている宮野に言う。

「俺の能力ってさ。自分の信じたいこと、幸福な未来ばっかりが見えるわけじゃない。けれど、みーんな幸福な未来を見ろと。で、いざ不吉な未来を言えば、俺を悪魔の子だって」

 伊藤は宮野に背を向けた。宮野は何も言えない。伊藤は続ける。

「俺はこの未来が見える能力を人に使う気はない。それで人の未来を操作する気もない」
「……っだとしても言ってくれたら」
「沙羅ちゃんのことは本当、残念だと思う。けど、ごめん。やっぱ俺とお前は住む世界が違う」
「ああ。そうだな。俺もそう思う。じゃあ、絶交だな」
「…………」

 伊藤は宮野に背を向けている。宮野は涙目になっていた。
 南田は現在の様子とあまりにも違う宮野に驚いた。宮野が去ろうとした瞬間に伊藤が言う。

「近いうちに、 武田たけだひとしという男が、 警視庁けいしちょう 捜査一課そうさいっかの森本ヒカルに逮捕される」
「は?」
「これが親友への最後の 餞別せんべつだ」

 伊藤は宮野に背を向けて行った。宮野は茫然とその姿を見た。南田は思い出の途中で手を離した。

 宮野が南田を見る。南田は見返す。

「どうかしたか?」
「いえ。別に」

 南田は目を合わせずに言った。

琥珀の慟哭39 了
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