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琥珀の慟哭
琥珀の慟哭36
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森本は私を力強く抱きしめた。玄関になだれ込むように、森本と私は家に入っていく。
互いの熱が伝わり、更に身体が熱くなる。
森本は私をしばらく抱きしめた後、ゆっくりと身をはがし、私の顔を見る。
私はじっと見られているのが恥ずかしくなり、手で顔を覆う。
私の手を森本は掴み、顔を近づけ、キスをする。
角度を変えて、何度もキスをした。唇が離れ、森本が私の顔を見る。
森本は私のブラウスに手をかける。何をするのか解った。
私は森本の手を取る。
「ちょっと待って」
「え?何で」
森本は不満そうな顔を浮かべる。今ここで、それを止めるのはダメだと解っている。
だけれど、言っておこうと思った。
「あのさ。怪文のことだけど」
「え?それか。この後じゃダメか?」
森本のあからさまに落胆した表情をした。その様子がなんだか面白い気がした。
けれど、今はそんな面白がっている暇は無い。
「いや、その、思い出が見えなかったんだよね」
「はい?どういうこと?」
「だから、怪文の思い出が見えなかった」
森本は私の言葉をにわかに信じられなかった。私はどうにか説明しようにも難しくて困惑する。
「なぁ。もしかして、恥ずかしいのか?」
「ち、違うって。だから、怪文を書いた犯人が解らなかったんだって!」
森本は私が恥ずかしいから嘘をついていると思ったらしい。けれど、今、これを言っておかないといけないと思った。
「見えないって?」
「説明が長くなるから、いい?」
「しょうがないな」
森本はふくれているようにも見えた。その姿が可愛く見えたが、それは黙っておこうと思った。
私は春木から貰った怪文の思い出が全く見えないことを、森本に細かく説明した。森本は真剣に聞き、本当に驚いていた。
思い出が見えない。
思い出が見える体質になってから、こんなことは少なくとも一度もなかった。
森本は私が落ち込んでいるのが解ったらしく、慰めた。
「思い出が見えなかったと言っても、その怪文だけだろう」
「うん。そうだけど」
「だったら深く考える必要はない」
向かい合って座っていた森本は、私の腕を引っ張り、引き寄せた。
後ろから抱き抱えるように座った。
後ろから吐息が来て、落ち着かなかったが、そのまま話し続ける。
「俺がお前を守る。なるべく店に顔を出すよ」
「いや、実を言うと、しばらく休もうかなって思って」
森本は私の腰に手をあてた。その手がくすぐったくて、もだえた。
「そうか。じゃあ、心配ないか」
森本の顔が徐々に近づいてきて、キスした。先ほどの玄関でのキスを思い出し、じんわりと熱くなる。
このまま、私は森本と関係を持っていいのだろうか。ふと疑問に思えてきた。唇が離れ、森本が私の顔を見て言う。
「何か考え事か?余裕だな」
「本当に私でいいの?」
「リカコだからだ。リカコは俺が好きか?」
森本の目は真剣だった。恐らくずっと、私のことを思っていたように思う。その問いは森本の思いが詰まっているように思えた。
「うん。好きだよ」
「だったら問題ない」
「うん」
「いい加減、名前で呼んでくれないか」
「……ヒカル」
森本は幸せそうな顔で、私の顔を見る。私は照れくさくなって、顔を反らした。すると、森本は私の顔を掴んで自分のほうに引き寄せた。
「こっちを向け」
「いや、恥ずかしい」
「これからもっと恥ずかしいことするぞ」
「ま、そうなんだけど」
私はこれから先を想像し、更に熱くなる気がした。森本も自分で言っている側から、赤くなっているように見えた。
「赤いよ」
「お前もな」
森本はゆっくりと私を押し倒した。私はそれに身を委ねた。
私は近づいてくる森本の端正な顔に、ゆっくりと目を閉じた。
***********************
南田は伊藤から貰った手紙について考えていた。
伊藤の目的は一体、何か。深い目的は無いにしろ、怪しい気がしてならない。南田はその感覚こそが、自身にこれまで向けられてきたものに思えた。
気色悪いとはこういうことかと、南田は改めて思った。
手紙を貰った次の日、伊藤は南田を見るなり、笑顔だった。
「よう。おはよう。元気か?」
「どうもです。おはようございます」
南田は伊藤の服を触ろうとした。伊藤はすかさずそれを避ける。
「もしかして、見ようとした?」
「ああ。そうだ」
「そうかそうか。いいや、見ても君には刺激が強すぎる」
伊藤はにやにやと笑う。南田はその様子が妙にイラついた。
伊藤は南田の反応を面白く思っているように見えた。南田は伊藤に背を向ける。
「おいおい。そんな怒るなよ」
「いや、怒っていない。伊藤さんがからかってくるからですよ」
「俺か。あはははは。悪りぃ悪りぃ。機嫌直せ。俺のペンだ。これを見ろよ。それから君が俺を信じるか否かは決めたらいい。じゃあ」
伊藤は格子越しから、自身の黒いペンを置いて、行ってしまった。
南田は伊藤の姿が見えなくなると、そのペンをそっと触った。
そのペンは赤黒い汚れがついていた。血の跡だろうか。
その瞬間に思い出が見えてきた。
「お前は悪魔の子だ!」
「魔王の子ども。その端麗な容姿で数々の大人たちを騙してきたんだろう」
小学校低学年くらいの子供がいじめられている場面が映し出された。
七歳くらいの子供か。泣いている。二人の男性の大人が、子供を乱暴している。
どうやら、その子供は伊藤らしい。
南田は思わず言葉を失った。
「僕は。僕は悪魔の子じゃない」
「だったらなんで、そんな予言をした。何も役に立たない」
背の高い男性が伊藤の頭を掴み、にらみつけた。
伊藤は涙を流し、傷だらけだった。その姿はあまりにも痛々しく、南田は気分が悪くなった。
「ちがう、ち、がう。僕は御母さんの言うとおりに」
「顔だけはいいよなお前。お前のその顔を見ていると、嗜虐心を煽るよな。なあ、お前、俺の言うこと聞けよ」
もう一人のでっぷりと太った男性が伊藤の顔を持ち上げる。年端のいかない伊藤は、今よりもかなり幼い。けれど、顔立ちはやはり端正だった。
「た、助けて」
でっぷりと太った男性が自身のズボンのジッパーを下げる。背の高いほうの男性が笑いながら言う。
「え。お前、欲情してるのか?」
「ああ。前からコイツを汚したいって思っていた」
でっぷりと太った男性はにやにやと虫唾が走る顔で言った。伊藤の顔が青ざめる。南田は見ていられないと思った。けれど、何故か、このまま伊藤がやられるように思えなかった。
「うわ、さすがロリコン」
「うるせぇ」
「僕は悪魔の子じゃない!」
伊藤は背の高い男性に押さえつけれていたが、振り払った。
「っち。クソがき」
けれどもあっけなく、伊藤は背の高い男性に捕まえられる。顔を抑えられ、上を向けさせられる。
南田は見ていられなくなり、手を放した。
南田は吐き気がした。小さな子供に難癖をつけて、性の捌け口にする大人。そんな大人を以前、見かけた。
それは華子の勧めで参加したボランティアの三沢清二だ。
相談所に来る年端のいかない子供を騙しては、性の捌け口にしていた。立場の弱い子供は何も言えない。自分の居場所のない子供たちを守るはずの大人。それが子供を餌食にしている。
南田はそんな三沢の毒牙に掛かった中学二年の伊織という女子生徒を助けようと思った。
だから、南田は三沢を殴った。ぼこぼこに殴った。急に思い出し、気分が悪くなる。
伊藤はどうして、そこまでして関わろうとするのか。
南田は甚だ疑問だった。子供が性的虐待されるシーンは死ぬほど、見たくない。
以前も、たまたま見てしまったことがある。悲惨極まりない。
南田は伊藤がやられそうになった後、どうなったかだけ気になった。
意を決して、再び、ペンに触れた。
琥珀の慟哭36 了
互いの熱が伝わり、更に身体が熱くなる。
森本は私をしばらく抱きしめた後、ゆっくりと身をはがし、私の顔を見る。
私はじっと見られているのが恥ずかしくなり、手で顔を覆う。
私の手を森本は掴み、顔を近づけ、キスをする。
角度を変えて、何度もキスをした。唇が離れ、森本が私の顔を見る。
森本は私のブラウスに手をかける。何をするのか解った。
私は森本の手を取る。
「ちょっと待って」
「え?何で」
森本は不満そうな顔を浮かべる。今ここで、それを止めるのはダメだと解っている。
だけれど、言っておこうと思った。
「あのさ。怪文のことだけど」
「え?それか。この後じゃダメか?」
森本のあからさまに落胆した表情をした。その様子がなんだか面白い気がした。
けれど、今はそんな面白がっている暇は無い。
「いや、その、思い出が見えなかったんだよね」
「はい?どういうこと?」
「だから、怪文の思い出が見えなかった」
森本は私の言葉をにわかに信じられなかった。私はどうにか説明しようにも難しくて困惑する。
「なぁ。もしかして、恥ずかしいのか?」
「ち、違うって。だから、怪文を書いた犯人が解らなかったんだって!」
森本は私が恥ずかしいから嘘をついていると思ったらしい。けれど、今、これを言っておかないといけないと思った。
「見えないって?」
「説明が長くなるから、いい?」
「しょうがないな」
森本はふくれているようにも見えた。その姿が可愛く見えたが、それは黙っておこうと思った。
私は春木から貰った怪文の思い出が全く見えないことを、森本に細かく説明した。森本は真剣に聞き、本当に驚いていた。
思い出が見えない。
思い出が見える体質になってから、こんなことは少なくとも一度もなかった。
森本は私が落ち込んでいるのが解ったらしく、慰めた。
「思い出が見えなかったと言っても、その怪文だけだろう」
「うん。そうだけど」
「だったら深く考える必要はない」
向かい合って座っていた森本は、私の腕を引っ張り、引き寄せた。
後ろから抱き抱えるように座った。
後ろから吐息が来て、落ち着かなかったが、そのまま話し続ける。
「俺がお前を守る。なるべく店に顔を出すよ」
「いや、実を言うと、しばらく休もうかなって思って」
森本は私の腰に手をあてた。その手がくすぐったくて、もだえた。
「そうか。じゃあ、心配ないか」
森本の顔が徐々に近づいてきて、キスした。先ほどの玄関でのキスを思い出し、じんわりと熱くなる。
このまま、私は森本と関係を持っていいのだろうか。ふと疑問に思えてきた。唇が離れ、森本が私の顔を見て言う。
「何か考え事か?余裕だな」
「本当に私でいいの?」
「リカコだからだ。リカコは俺が好きか?」
森本の目は真剣だった。恐らくずっと、私のことを思っていたように思う。その問いは森本の思いが詰まっているように思えた。
「うん。好きだよ」
「だったら問題ない」
「うん」
「いい加減、名前で呼んでくれないか」
「……ヒカル」
森本は幸せそうな顔で、私の顔を見る。私は照れくさくなって、顔を反らした。すると、森本は私の顔を掴んで自分のほうに引き寄せた。
「こっちを向け」
「いや、恥ずかしい」
「これからもっと恥ずかしいことするぞ」
「ま、そうなんだけど」
私はこれから先を想像し、更に熱くなる気がした。森本も自分で言っている側から、赤くなっているように見えた。
「赤いよ」
「お前もな」
森本はゆっくりと私を押し倒した。私はそれに身を委ねた。
私は近づいてくる森本の端正な顔に、ゆっくりと目を閉じた。
***********************
南田は伊藤から貰った手紙について考えていた。
伊藤の目的は一体、何か。深い目的は無いにしろ、怪しい気がしてならない。南田はその感覚こそが、自身にこれまで向けられてきたものに思えた。
気色悪いとはこういうことかと、南田は改めて思った。
手紙を貰った次の日、伊藤は南田を見るなり、笑顔だった。
「よう。おはよう。元気か?」
「どうもです。おはようございます」
南田は伊藤の服を触ろうとした。伊藤はすかさずそれを避ける。
「もしかして、見ようとした?」
「ああ。そうだ」
「そうかそうか。いいや、見ても君には刺激が強すぎる」
伊藤はにやにやと笑う。南田はその様子が妙にイラついた。
伊藤は南田の反応を面白く思っているように見えた。南田は伊藤に背を向ける。
「おいおい。そんな怒るなよ」
「いや、怒っていない。伊藤さんがからかってくるからですよ」
「俺か。あはははは。悪りぃ悪りぃ。機嫌直せ。俺のペンだ。これを見ろよ。それから君が俺を信じるか否かは決めたらいい。じゃあ」
伊藤は格子越しから、自身の黒いペンを置いて、行ってしまった。
南田は伊藤の姿が見えなくなると、そのペンをそっと触った。
そのペンは赤黒い汚れがついていた。血の跡だろうか。
その瞬間に思い出が見えてきた。
「お前は悪魔の子だ!」
「魔王の子ども。その端麗な容姿で数々の大人たちを騙してきたんだろう」
小学校低学年くらいの子供がいじめられている場面が映し出された。
七歳くらいの子供か。泣いている。二人の男性の大人が、子供を乱暴している。
どうやら、その子供は伊藤らしい。
南田は思わず言葉を失った。
「僕は。僕は悪魔の子じゃない」
「だったらなんで、そんな予言をした。何も役に立たない」
背の高い男性が伊藤の頭を掴み、にらみつけた。
伊藤は涙を流し、傷だらけだった。その姿はあまりにも痛々しく、南田は気分が悪くなった。
「ちがう、ち、がう。僕は御母さんの言うとおりに」
「顔だけはいいよなお前。お前のその顔を見ていると、嗜虐心を煽るよな。なあ、お前、俺の言うこと聞けよ」
もう一人のでっぷりと太った男性が伊藤の顔を持ち上げる。年端のいかない伊藤は、今よりもかなり幼い。けれど、顔立ちはやはり端正だった。
「た、助けて」
でっぷりと太った男性が自身のズボンのジッパーを下げる。背の高いほうの男性が笑いながら言う。
「え。お前、欲情してるのか?」
「ああ。前からコイツを汚したいって思っていた」
でっぷりと太った男性はにやにやと虫唾が走る顔で言った。伊藤の顔が青ざめる。南田は見ていられないと思った。けれど、何故か、このまま伊藤がやられるように思えなかった。
「うわ、さすがロリコン」
「うるせぇ」
「僕は悪魔の子じゃない!」
伊藤は背の高い男性に押さえつけれていたが、振り払った。
「っち。クソがき」
けれどもあっけなく、伊藤は背の高い男性に捕まえられる。顔を抑えられ、上を向けさせられる。
南田は見ていられなくなり、手を放した。
南田は吐き気がした。小さな子供に難癖をつけて、性の捌け口にする大人。そんな大人を以前、見かけた。
それは華子の勧めで参加したボランティアの三沢清二だ。
相談所に来る年端のいかない子供を騙しては、性の捌け口にしていた。立場の弱い子供は何も言えない。自分の居場所のない子供たちを守るはずの大人。それが子供を餌食にしている。
南田はそんな三沢の毒牙に掛かった中学二年の伊織という女子生徒を助けようと思った。
だから、南田は三沢を殴った。ぼこぼこに殴った。急に思い出し、気分が悪くなる。
伊藤はどうして、そこまでして関わろうとするのか。
南田は甚だ疑問だった。子供が性的虐待されるシーンは死ぬほど、見たくない。
以前も、たまたま見てしまったことがある。悲惨極まりない。
南田は伊藤がやられそうになった後、どうなったかだけ気になった。
意を決して、再び、ペンに触れた。
琥珀の慟哭36 了
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