プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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琥珀の慟哭

琥珀の慟哭30

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 人の痛みは、その人自身にしか解らない。華子の言葉は自身の経験を呈しているように思えた。
 華子が裕次郎と出会うまでの苦労は、どんなものだったのだろうか。

「だから、私は南田君としっかり話をしてみたいと思う、彼自身、人との関係を拒絶しているようにも思えたから」
「そうですか。ありがとうございます。今度、藤山鉄工所でバーベキューをやるんです。良かったら華子さん、来てもらえませんか?」
「わかりました。それは何時やりますか?」
「今度の日曜日です。南田君には内緒にしておきますから」

 藤山はバーベキューの開催概要の書かれた紙を華子に渡す。華子はそれを見つめた。

「藤山鉄工所ではこういった催しをよくやっているのですか?」
「よくではないですけど、初夏にはバーベキューをやることにしているんです。ま、勿論のこと、自由参加ですけどね。南田君は私に気を遣って必ず参加します。手伝いもしてくれたりね」

 藤山は楠田を思い出しながら言った。藤山鉄工所での楠田は行儀がよかったのかもしれない。

「そうですか。じゃあ、楽しみですね」

 こうして、華子は日曜日の藤山鉄工所のバーベキューパーティーに参加することになった。
 藤山は満足そうに華子の家を出て行った。
 華子は一人になると、自分のスケジュール帳にバーベキューの予定を書き込んだ。
 華子はスマートフォンを取り出すと、運転手に電話を架ける。

「宮城さん?華子です。あの、今度の日曜日ですけど、藤山様のご厚意で、藤山鉄工所のバーベキューに参加することになりました。時間は十一時です。お願いします」
【解りました。華子様。バーベキューですか?いいですね】
「宮城さんも参加されます?」
【え?いいんですか?】
「私から藤山様に言っておきますね。多分、大丈夫だと思うけど」
【ありがとうございます。華子様】
「いえ。いいのよ。こちらこそ、いつもありがとうね。じゃあ。おやすみなさい」

 華子は運転手に予定を連絡し終えると、居間で寛いだ。

 華子は祐と、その妻と同居しているが、身の回りをやってくれるメイドや執事などは居なかった。 それは非常に意外だった。
 祐はまだ仕事で、その妻はどうやら旅行に行っているようだ。
 華子は郵便物を確認する。その郵便物の中に、宛名がないものが一通見つかった。

 華子はそれを手に取る。真っ白な封筒に、【柿澤華子様】と書かれているだけだった。華子はその手紙の封を開ける。

『柿澤様。突然のお手紙を送る不躾をご許しください。私は柿澤祐様の奥様、柿澤かきざわ日名子ひなこ様の知り合いの猪瀬いのせるいです。
日名子様について、折り入ってお話がございます。日名子様は祐様の奥様に相応しくない。着きまして明日の午後、13時に渋谷のハチ公前までお待ちしております。ご都合が着かないようでしたら、下記までご連絡ください。Tel 080-××××-○○○○』

 華子はこの手紙が悪戯いたずらのように思えた。けれど、何を思ったのか、華子は電話の子機を取り出すと、興信所に電話を架け始めた。

「あ。すいません。いつも、お世話になっております。私、柿澤コーポレーションの元取締役の柿澤華子ともうします」
【柿澤様。お久しぶりです。白井興信所です。本日はどういったご依頼で】
「あの。本当に気が進まないのだけど、私の息子、柿澤祐と結婚した日名子さんについて調べてほしいの。旧姓は宮澤日名子というの。あと、猪瀬塁という人物についても調べて」

 華子の声色は不愉快さに満ちていた。不安が入り混じるような雰囲気だ。

【息子の祐様の奥様を調べろと。これまた華子様どうして?身内を調べるって。あと、猪瀬塁って誰ですか?】

 華子は深いため息をつく。電話口の白井興信所は心配する。

【大丈夫ですか?】
「実はね。今日、怪文が届いて。日名子さんについて何か知っているって猪瀬塁という人が書いていて。私は祐を信頼して、日名子さんとの結婚を承諾したのよ。でも、どうにも気になってね」
【そうでしたか。解りました。では、お調べいたしますね。お急ぎでしょうか?】
「そうね。早ければ早いほうがいいわ。お願いします」
【承知しました。では、調査が終わりましたら、こちらから連絡しますね。スマートフォンへの連絡が良いですかね?】
「はい。お願いします」

 華子は興信所の白井との電話を終えた。祐の妻、日名子はどんな人物なのだろうか。怪文を送ってきた猪瀬は何者なのか。
 この怪文が嘘か、本当か。解らない。
 華子は手紙を再び読む。手紙に書いてある「猪瀬塁」という名前をインターネットで検索する。
 めぼしいヒットなどなく、何も出てこない。当たり前だが、一般人の名前を検索しても出てこない。

 思い出は切り替った。

琥珀の慟哭 30 了
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