プロビデンスは見ていた

深月珂冶

文字の大きさ
上 下
105 / 188
琥珀の慟哭

琥珀の慟哭26

しおりを挟む
 楠田にとって華子の第一印象はどうだったのだろう。
 私は思ったより、楠田は他の人に想われていたように見えた。

 それは先日の弁護士の古川、それに加えて、楠田に華子を紹介した保護監察官の藤山。
 楠田は孤独じゃなかったかもしれない。
 ただずっと、信用ならない大人と過ごした生活と、「人の本音」を知る瞬間を何度か見たのかもしれない。

 本当のことは、この過去を見ただけで解るものじゃない。
 気に掛けてくれる人がいるのを気付けないほど、楠田の心は闇を抱えていたのかもしれない。

 その心を開放したのが、華子だったのか。そんな気がした。
 まだまだ先がわからない。
 私は思い出の途中で、琥珀のブレスレットから手を離した。

 白い手袋を外し、洗面所で手を洗う。メイクを落とすのを忘れていたので、落とした。顔を洗うと、思考がすっきりとした。

 外の空気を吸うために窓を開ける。入ってくる風が冬を感じさせた。11月も終わる。私は不意に不安になった。
 
 それは【物に触れると過去が見える】能力がこれからどうなっていくのか。

 今のところ、何かの問題はない。
 ただ、この能力による代償があるのではないか。一抹の不安が私を覆った。

 心配しても仕方ない。私は気持ちを切り替えた。
 台所に向かい、コーヒーを入れる。私はそれを飲んだ。
 頭が冴えてくる。

 私と楠田以外に、【物に触れると過去が見える】能力を持つ人間はどのくらいいるのだろうか。

 確か、楠田の能力は父方の祖父からの継承だった。
 じゃあ、私の能力の継承は誰からのものだったのだろうか。

 私は過去を邂逅かいこうする。

 最初に過去が見えるようになった際、母親の由希子はその能力を驚いていたが、自然と受け入れた。
 それはその能力を持つ人を一度でも、見たことがあったのだろう。
 私の能力はどこから来たのだろうか。
 私は母親の兄の、きよし叔父さんなら、それを知っているのではないかと思った。

 受話器を取ると、潔叔父さんの電話番号に架ける。
 呼び出し音が数回鳴った末、潔叔父さんが電話に出た。

「こんにちは、お久しぶりです。リカコです」
【ああ、久しぶり。元気だったかな?】
「ええ。元気です。叔父さんと皆は?元気ですか?」
【元気だよ。リカコちゃんに会いたいって言っているよ。また来てくれよ】

 潔叔父さんは相変わらず元気だった。私からの電話を喜んでいるように思えた。私は意を決して質問する。

「叔父さんに聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」
【どうしたんだい?聞きたいことって?】
「実は私の能力って何処から来たの?」

 潔叔父さんは私の質問にしばし、言葉を失ったようだ。沈黙が少しだけ続き、潔叔父さんは口を開く。

【それはね、私たちの母親の姫美子ひみこ、つまり、リカコちゃんの祖母からの継承なんだよ。もっとも、私たちの母の能力は強かった。あまり楽しい話ではない。ごめん】

 潔叔父さんは言葉につまり、涙声になっていた。私の祖母はどんな人だったのだろうか。
 私は祖母の生前を知らない。思えば、祖母の話を母親から聞いたこともない。いつだったか、祖母のことを聞いたら母親は一瞬、眉間にしわを寄せた。
 けれど、すぐに表情を変え、話題をそらした。何が遭ったのか。

「なんか。ごめんなさい」
【いや。いいんだよ。いずれ話さないとけないことだったから。やっぱり由希子は君に話していなかったんだね】
「そうなんです。ふいに、この能力がどこから来たか気になったもので」
【そうか。気にはなるものだよね。私はね、リカコちゃんがこの能力を引き継いだのは宿命だと思う。神様からの神聖しんせいなるもの。正直、リカコちゃんが母親からの能力を引き継いだとき、衝撃だったよ】

 潔叔父さんはゆっくりと静かに言った。その声は穏やかで、重みのあるものだった。

「神聖なるもの。正直、解りません。じゃあ、この能力を持った人は最後、どうなるのでしょうか?」

 私の質問に潔叔父さんは少し息を飲み込む。何かを考えているのか、言葉に詰まっている。

【それは。そうだね。私たちの母親、姫美子は最後】

 電話の途中で、玄関からインターフォンが鳴る。

「すいません。また後でかけ直します」
【ごめん。これは電話で言えることじゃない。近いうちに私たちの家に来てくれないかな?】
「解りました。それではまた」
【ごめんね。待っているよ】

 私は潔叔父さんとの電話を終えた。私は潔叔父さんの言葉が気になった。
 祖母に一体何が遭ったのだろうか。
 母親は何故、祖母の話を避けていたのか。謎は深まるばかりだった。

琥珀の慟哭26 了
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

処理中です...