99 / 188
琥珀の慟哭
琥珀の慟哭20
しおりを挟む私は閉店の作業が終わると、店の鍵を掛け、シャッターを閉めた。
カフェバーの『ショーシャンク』に向かう。
ショーシャンクはアメリカンなカフェバーだった。店内は狭く、中に入るとすぐにカウンターがある。バーの店員が私に気がつく。
「いっしゃいませ」
「あ。こんばんは。待ち合わせしていまして」
「待ち合わせですね。もしかして、古川様と?」
「あ。はい。そうです」
店員は古川を知っているらしい。私は辺りを見渡した。
カウンターの壁際にグレイのスーツを着こなした姿勢の良い男性が居た。
その男性は四十代後半くらいで、目鼻立ちがはっきりとしていた。
男性は私の姿を確認すると、軽く会釈をして、席を立つ。
ゆっくりと、私に近づいてくる。
「こんばんは。初めまして、私が弁護士の古川呼人と申します」
古川は私に一礼をし、自己紹介をしてきた。
「初めまして、川本リカコです。今日はよろしくお願い致します」
「では、私のお隣で宜しいですか?」
「あ。はい」
私は古川に促され、隣に座る。
「川本さん。何にします?私のおごりです」
古川は私にメニューを見せる。
「いえ。いいですよ。自分で支払います」
「そうとは言わずに。私が呼び出したのですから」
古川は譲らなかった。少し頑固な人なのかもしれない。
「解りました。では、オレンジジュースを」
「マスター。川本さんにオレンジジュースをお願いします」
古川はマスターに注文を申し付けた。私は古川を見る。古川は私の視線に気付き、微笑する。
「私の都合に付き合ってくださってありがとうございます」
「いいえ。私も色々とお聞きしたいことが」
「そうですか。まず、私から謝らせてください」
古川は真剣な表情だった。古川の立ち振る舞いは丁寧で、穏やかな雰囲気だった。
「謝るとは?」
「ことの発端は私です。華子様のブレスレットを弥生さんに託したのは、私なんです」
やはり、華子の琥珀のブレスレットを弥生に託したのは古川だったらしい。私は予想通りで、特に驚かなかった。
「そうでしたか。でも、謝る必要は何もないですよ?」
「冤罪かもしれない。これは私たちの願望で、そうじゃない可能性もある。その時、川本さんにも嫌な思いをさせてしまう」
古川は頭を下げた。
「頭を上げてください。そんなことはないです。確かに今回の件は驚きました。けれど、謝る必要はないです。私がやると決めただけですから」
「そうですかね。私は川本さんが楠田君の逮捕に関与していると知っています。川本さんは楠田君が危害を加えた女子生徒のお友達だったんですよね?」
「まあ。確かにそうですけど。確かに十三年前、楠田君がやったことは許せません。ただ、今回は見過ごせないからです」
私は自身の気持ちを吐露した。古川は私の話を真剣に聞く。
「そうですか。あの、失礼ですが、本当に川本さんも【物に触れると過去が見える】のでしょうか?」
「ええ。そうですよ。ただし、私の場合、自分が知りたいと思ったことを都合よく見えるわけじゃないです」
「そうですか。私は楠田君から自身の能力について、聞いたことがあります。川本さんとは少し違うようで」
「違う?それはどんな?」
楠田の能力は【物に触れると過去が見える】能力で間違いない。少し違うというのは、能力の差異なのか。
楠田は私より能力が高いのではないかとすら思えてきた。
「はい。どうぞ」
バーテンがオレンジジュースと、古川が頼んだ飲み物が目の前に置かれた。古川もアルコールではなく、アイスコーヒーを頼んでいた。
「あ、川本さん。どうぞ」
「すいません」
私はオレンジジュースを飲む。古川が言う。
「楠田君が言うには、自分が今、見たいと思った過去を自在に見ることができるそうです。と、言うのは、今、たとえば、川本さんが何していたかを川本さん自身の持ち物から見えれるそうです」
私は驚愕した。思えば十三年前、楠田は電信柱を触り、私が何処に向かったか知ることができた。
それもすんなりと見えていたような印象があった。その能力が強いことで、散々な目に遭ってきたのかもしれない。
「もしかして、それは一度、見えただけじゃなくて、何回でも見れるのでしょうか?」
私は思わず質問してしまった。古川は静かに首を縦に振った。
「それじゃあ、全てお見通しなのですか」
「そうでしょうね。かれこれ、私は楠田君の弁護士を十三年やっています。本当に驚くことばかりです。初めて出会ったときから、私の過去を言い当ててきましたから。千里眼のようなものかもしれませんね」
私は想像以上の楠田の能力に驚きと同時に、深い同情の念を抱いた。
琥珀の慟哭20 了
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

消えた弟
ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。
大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。
果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる