83 / 188
琥珀の慟哭
琥珀の慟哭4
しおりを挟む手紙と一緒にこの琥珀のブレスレットが入っていたのだろうか。
弥生は涙を流していた。
「どうして……どういうこと?」
弥生は涙を流していた。
「あの子は……本当に」
あの子とは誰のことなのだろうか。
弥生はぽつりぽつりとつぶやく。部屋のテレビが着いていたのか、夕方のニュースが流れてきた。
【今日○月×日午後○時ごろ、警察は南田弘一容疑者を任意同行しました。南田容疑者は、磯貝菊男さんを殺害し、柿澤華子さんに暴行を加えた容疑での取り調べです】
弥生はその画面を呆然と見つめた。弥生は嗚咽し始め、その場に崩れ落ちた。
家の玄関のドアが開く音が聞こえる。
「ただいま」と言う声と共に、弥生の旦那と思われる男性が帰ってきた。
男性は弥生に気付くと、その様子に心配する。
「どうしたんだ?弥生?」
「何でもないのよ。ちょっと辛いことを思い出して」
「辛いこと?あのことか」
「いいの。私が悪いのだから。でも、私にはどうにもできなくて」
男性は弥生の手を取る。
「弥生だって色々あったじゃないか。なぁ、だから仕方ないじゃないか」
「……仕方ない?そうね。そう思えたらどんなに楽か」
弥生の涙は止まらなかった。私は弥生が、とても母親思いなのだろうと思った。
男性は弥生を抱きしめる。
「俺は何もできないし、君の過去を受け入れて、結婚したつもりでいる。だけど、こんなに苦しんでいるなら、過去と向き合わないといけないのかもしれない」
「……そうね。前に話したけど、私が生んだ弘輝のことだけど」
私は弥生の口から出た「弘輝」という名前に息を飲んだ。
弥生は楠田弘輝の本当の母親なのだろうか。
私は咄嗟にケースから手を離し、机に置く。
一体、どういうことだろうか。
柿澤弥生は楠田弘輝の本当の母親なのか?
だから、実の息子の無実を証明したいということなのだろうか。
じゃあ、母親の華子からの手紙には何が書かれていたのだろうか。
私は息を吸い、再びブレスレットの入ったケースを持つ。見えないことを願いながら、その琥珀のブレスレットが入ったケースを金庫に仕舞った。
金庫に錠をかけると、私は店に戻る。
今日もそれほど、変わったことはなかった。
ただ、私は気持ちが落ち着かないでいた。
楠田の本当の母親かもしれない弥生。
楠田は幼いころに、両親が家を出て行った。弥生は楠田を棄てた。
ネグレストというものだ。
そんな楠田は愛情を知ることもなく、少年犯罪を犯した。
弥生も責任を感じているのだろう。でも、それは遅すぎるようにも思える。
弥生は楠田の能力に気付いていたのか。
【物に触れると過去が見える】。この能力を気味悪がって楠田を捨てたのだろうか。
私は楠田を思うと、苦しくなった。私は弥生に対して、嫌悪感が湧いた。
私は弥生のためじゃなく、楠田がやっていないかもしれない罪に問われないためにやろうと思った。
「すいません」
お客さんの声で、私は気づいた。
「はい。なんでしょう」
「あの。以前、アクアマリンの指輪の購入を相談した藤崎です」
「あ。ああ、お久しぶりです」
私は目の前の藤崎との再会に少し、嬉しくなった。
「おかげさまで、彼女と和解できました」
「そうなんですね。良かった。では、指輪。どうなさいますか?」
藤崎の顔色は良かった。本当に心からの幸せを享受しているようにも見えた。
藤崎のこれからが幸せであることを願った。
「はい。指輪は前回と同じもので」
「解りました。ティファニーのアクアマリンの指輪ですね」
私は該当の物を藤崎の前に出す。ケースを開けて、中身を見せる。
「それで大丈夫です!あの、今度、彼女と一緒にここに来ますね!」
「解りました。それではお待ちしております」
藤崎は機嫌が良さそうに店を出て行った。
藤崎の表情はこの前より、穏やかだと思った。
藤崎に幸せが舞い込んできている。
私は少し嬉しくなった。さっきの陰鬱とした空気が少しだけ晴れた気がした。
幸せになってほしいと心から願った。
琥珀の慟哭4 了
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

消えた弟
ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。
大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。
果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる