プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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アメジストの涙

アメジストの涙15

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 思い出は切り替わった。
  江波と母親が父親と会った日の夜だ。つまり、江波と母親が刺される直前だろう。
  私は身が引き締まった。

  夜の夕飯を終え、祖父の三島重雄を交えて三人で話をしている。三島が心配している。

「そんなことがあったのか。祐二くんが何か危害を加えてくることはないのか?」

 江波が言う。

「大丈夫だって。だって、お父さんだよ?」

 母親はため息をつく。母親が言う。

「あの人が変わったのは、今の会社に勤めてからよ」

 江波は母親を見た。

「あの人は勤める前、起業して失敗しているのよ。あの人の父親は、それを責め立てていた」

 私はその話を聞き、苦しくなった。父親は、その父親からの精神的虐待を受けていたのだろう。
 江波は初めてその話を聞いたようだった。三島も複雑な表情を浮かべる。

「出来損ない。努力はしたのかと。梨々香が生まれる前にあったことなのよ。散々言っていた。あの人は『あんな親父になりたくない』って。けど、なったことに気づいていない」

  母親は涙を流しながら言った。江波は母親に寄り添う。三島が言う。

「そうだな。梨果子と結婚するために、家に来たときの祐二くんは違ったな」

  沈黙の時間が流れる。江波が言う。

「もうダメなのだと思う。違う道を生きるしか道はないんだよ」
「そうね。もう無理よね。私も仕事先を見つけないとね」
「うん。お母さん、私、学校は公立受けるよ」
「そう。行きたいとこ、私立じゃなかった?」
「うんうん。お父さんに言われてそう言っただけだから」
「いざとなったらお爺ちゃんが援助するからな。心配するなよ!」

 三島は力強く言った。私はその会話が切なくなった。
 この後、二人は刺されて、三島は取り残される。やるせない思いになる。

 場面は再び、切り替わる。
 私は刺されるところは見たくない。強く思ったが、それを許すことはなく、見えてきた。
 窓ガラスが割れる。江波が眠っている部屋の近くの廊下だ。父親が割って入ってくるのだろう。

 割った人物の後ろ姿が見えてくる。その人物は、父親ではなかった。
 私は動揺する。父親は殺していない?
 その人物は耳にピアスをしており、短髪の黒髪。
 身長は160cmにも満たない。

 見たことのあるシルエットだ。
 江波が眠っている部屋に向かう。
 江波の部屋に入るとその人物は、眠っている江波の口元に手を当てた。

 江波が目を覚ます。目を見開いた江波は動揺している。知っている人物か?
 その人物が江波に言う。

「刺されたくなかったら、やらせろ」
「……!」

 その人物は江波の首元にナイフを着ける。
 江波は暴れる。その人物のお腹を蹴りあげ、更に急所を蹴り上げた。
 その人物は痛みで屈む。

「クソ!」
「何でこんなことするの?」
「は?そんなの前からお前が気に入ってたからだよ」

 その人物の顔が見えてきた。それは江波の近所に住んでいた楠田くすだだ。
 江波が虐待されていることを漏らしていた生徒だ。

「騒いだら刺すぞ」

 楠田は再び、江波に駆け寄る。

「大人しくやられろ」
「い…や」

 楠田は江波の両手を片手で一束に掴み、江波の口を手で塞ぐ。
 私は衝撃で恐くなった。私は震えが止まらない。
 江波と楠田のやり取りの音が聞こえたのか、母親がやってくる。

「梨々香、どうしたの?何があったの?」
「お、お母さん!」

 江波は声を上げる。楠田は舌打ちをし、江波の腹を刺した。真っ赤な血が滴る。
 母親はドアを思い切り開けた。

「あなたは!」
「どうも。梨々香さんのお母さん。梨々香さんが僕と仲良くしてくれなくて、刺しました」

 母親は真っ青になる。

「何でこんなことを!」
「梨々香さんが悪いんですよ、僕に振り向いてくれないから」

 楠田は更に梨々香を刺そうとする。それを母親は止めようと、ナイフを持つ手を取る。
 しばらく揉み合いになった。
 私は卑怯な楠田に反吐へどが出た。犯人は父親でなかった。

「お、お母さん」

 江波は母親を呼ぶ。母親は楠田とナイフを取り合うが、楠田は力が強く、ナイフは母親に刺さってしまった。
 楠田が笑う。

「少年法って有難いっすよね。人殺しても、死刑にならないし」

 母親は痛みで屈む。その背中に更に突き刺す。

「止めて!」

 江波の叫びが木霊こだました。楠田の両耳にあったピアスは片耳が無くなっていた。
 
 そこで思い出は見えなくなった。

アメジストの涙15 了
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