74 / 188
アメジストの涙
アメジストの涙15
しおりを挟む思い出は切り替わった。
江波と母親が父親と会った日の夜だ。つまり、江波と母親が刺される直前だろう。
私は身が引き締まった。
夜の夕飯を終え、祖父の三島重雄を交えて三人で話をしている。三島が心配している。
「そんなことがあったのか。祐二くんが何か危害を加えてくることはないのか?」
江波が言う。
「大丈夫だって。だって、お父さんだよ?」
母親はため息をつく。母親が言う。
「あの人が変わったのは、今の会社に勤めてからよ」
江波は母親を見た。
「あの人は勤める前、起業して失敗しているのよ。あの人の父親は、それを責め立てていた」
私はその話を聞き、苦しくなった。父親は、その父親からの精神的虐待を受けていたのだろう。
江波は初めてその話を聞いたようだった。三島も複雑な表情を浮かべる。
「出来損ない。努力はしたのかと。梨々香が生まれる前にあったことなのよ。散々言っていた。あの人は『あんな親父になりたくない』って。けど、なったことに気づいていない」
母親は涙を流しながら言った。江波は母親に寄り添う。三島が言う。
「そうだな。梨果子と結婚するために、家に来たときの祐二くんは違ったな」
沈黙の時間が流れる。江波が言う。
「もうダメなのだと思う。違う道を生きるしか道はないんだよ」
「そうね。もう無理よね。私も仕事先を見つけないとね」
「うん。お母さん、私、学校は公立受けるよ」
「そう。行きたいとこ、私立じゃなかった?」
「うんうん。お父さんに言われてそう言っただけだから」
「いざとなったらお爺ちゃんが援助するからな。心配するなよ!」
三島は力強く言った。私はその会話が切なくなった。
この後、二人は刺されて、三島は取り残される。やるせない思いになる。
場面は再び、切り替わる。
私は刺されるところは見たくない。強く思ったが、それを許すことはなく、見えてきた。
窓ガラスが割れる。江波が眠っている部屋の近くの廊下だ。父親が割って入ってくるのだろう。
割った人物の後ろ姿が見えてくる。その人物は、父親ではなかった。
私は動揺する。父親は殺していない?
その人物は耳にピアスをしており、短髪の黒髪。
身長は160cmにも満たない。
見たことのあるシルエットだ。
江波が眠っている部屋に向かう。
江波の部屋に入るとその人物は、眠っている江波の口元に手を当てた。
江波が目を覚ます。目を見開いた江波は動揺している。知っている人物か?
その人物が江波に言う。
「刺されたくなかったら、やらせろ」
「……!」
その人物は江波の首元にナイフを着ける。
江波は暴れる。その人物のお腹を蹴りあげ、更に急所を蹴り上げた。
その人物は痛みで屈む。
「クソ!」
「何でこんなことするの?」
「は?そんなの前からお前が気に入ってたからだよ」
その人物の顔が見えてきた。それは江波の近所に住んでいた楠田だ。
江波が虐待されていることを漏らしていた生徒だ。
「騒いだら刺すぞ」
楠田は再び、江波に駆け寄る。
「大人しくやられろ」
「い…や」
楠田は江波の両手を片手で一束に掴み、江波の口を手で塞ぐ。
私は衝撃で恐くなった。私は震えが止まらない。
江波と楠田のやり取りの音が聞こえたのか、母親がやってくる。
「梨々香、どうしたの?何があったの?」
「お、お母さん!」
江波は声を上げる。楠田は舌打ちをし、江波の腹を刺した。真っ赤な血が滴る。
母親はドアを思い切り開けた。
「あなたは!」
「どうも。梨々香さんのお母さん。梨々香さんが僕と仲良くしてくれなくて、刺しました」
母親は真っ青になる。
「何でこんなことを!」
「梨々香さんが悪いんですよ、僕に振り向いてくれないから」
楠田は更に梨々香を刺そうとする。それを母親は止めようと、ナイフを持つ手を取る。
しばらく揉み合いになった。
私は卑怯な楠田に反吐が出た。犯人は父親でなかった。
「お、お母さん」
江波は母親を呼ぶ。母親は楠田とナイフを取り合うが、楠田は力が強く、ナイフは母親に刺さってしまった。
楠田が笑う。
「少年法って有難いっすよね。人殺しても、死刑にならないし」
母親は痛みで屈む。その背中に更に突き刺す。
「止めて!」
江波の叫びが木霊した。楠田の両耳にあったピアスは片耳が無くなっていた。
そこで思い出は見えなくなった。
アメジストの涙15 了
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる