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アメジストの涙
アメジストの涙6
しおりを挟む自分の迂闊さを呪う。その途端、思い出がゆっくりと見えてきてしまった。
ゆっくりと写し出されたのは、昨日の食事の後の場面。
江波は両親との食事が終わり、居間で寛いでいた。
江波の父親が言う。
「さっき勉強せずに、何を作っていた?」
「と……友達に渡すビーズでバッチ作っていたの」
江波は緊張した面持ちで言った。江波の母親は心配そうに見つめる。
「……そうか。今度の模試、成績悪かったら、解っているな」
「……はい」
重たい空気が居間を覆っている。私は苦しくなってきた。
この後、最悪なことが起きなければいい。その願いは虚しく終わる。
「あ、あと。お前は担任の水山恭一と言う男を気に入ってるようだな?」
江波の父親は睨むように言った。
「……どうして」
江波は青ざめる。江波は震えて、湯飲みを落とす。湯飲みのお茶が飛び散る。
江波はそれを慌てて拭いた。
「教師が若いからってうつつを抜かすな!それだから、勉強に支障が出る」
江波の父親は江波の胸ぐらを掴む。
江波の母親が「止めてください。お父さん」と言ったが、江波の父親は無視する。
江波の父親は、左手を突き上げ、江波の頬を平手打した。
「っ痛。殴る必要ないじゃん。先生と成績は関係ない!」
「私に口答えするのか!誰に食わせてもらっている」
江波の父親は更に、江波を殴ろうとする。
それを江波の母親が止める為に江波の父親の腕をとるが、振り払われる。
江波の母親は突き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
江波の父親は江波に蹴りを入れる。江波はぐったりとしてしまった。
私は苦しくなり、すぐに机から手を放した。
「あの。梨々香さんに会わせて下さい」
私はゆっくりと、江波の父親と母親に向かって言った。江波の父親は一瞬、眉をひそめた。
「風邪が感染ると大変なので、会わせられません。ごめんなさいね」
江波の父親は威圧的な空気を醸し出しながら、ゆっくり言った。私は少し怯む。江波の母親は焦っている。
「どうしても、どうしても駄目なんですか?」
「それは駄目なものは駄目だよ、川本さん。ごめんね」
江波の父親は譲らない。私は江波が本当に熱を出して休んだわけではないと確信した。
ここで、私がぐずると、江波が大変なことになると思った。
「変なこと言ってすいません。私はこれで」
「これからも、梨々香と仲良くしてくださいね」
江波の父親は微笑みながら言った。江波の母親は心配そうに私と江波の父親を見た。
私は嫌な気分の中、江波の家を出た。
江波を救うにはどうしたら、いいのだろうか。
私は家に帰る道の中、それをずっと考えた。
家に帰ると、母親の由希子が私を心配した。
「ねぇ。江波さん家から電話があったんだけど」
「電話?」
私は驚いた。直感的に江波の父親が私の家に電話をしてきたと思った。
先ほどのことが気に入らなかったのだろう。
「江波さんのお父さんから……もう家に来ないでくれって」
「………」
私は唇を噛み締める。母親は私の顔を覗き込む。
「なにが何が遭ったの?」
「……実は。その」
「ねぇ、もしかして、【物に触れると過去が見える】ことが原因?」
母親は恐る恐る聞く。
私は頷いた。母親は青ざめる。
「江波さんの家庭事情を見てしまって……」
「家庭事情って?」
「あの、その江波さんがお父さんから虐待されているというか」
「虐待。うそ、そんな酷い」
母親は目を丸くし、動揺している。母親の動揺は大きく、落ち着きをなくしていた。
「うん。見えてしまって……どうしたらいい?」
「どうしたら。そうね。児童相談所に連絡しないと」
母親はタウンページを開いた。
「リカコ、それはどれだけ見えたの?」
「模試の成績が悪くて殴っていたり、先生への好意を咎められて体を蹴られていた……今日休んでいるのも虐待っぽい」
私は思い出すだけでも辛くなった。
母親は児童相談所のページを見つけると、私に見せる。
「これ。今すぐに架けたほうがいい?」
私は戸惑う。今通報すれば、確実に児童相談員が江波の家に来るだろう。
その時、江波の父親は虐待の事実を完全否定してくるに決まっている。
その後は?その後の江波はどうなる?
「他に救う方法は無いよね?お母さん」
「……そうね。私も初めてのことで戸惑ってる。でも、その子は今、どうしているの?」
「さっき江波さん家で見えたのは、今日、学校を休む前の晩のことだったの。夕食後、顔を殴られ、体を蹴られていた。で、私が江波さんに会いたいと申し出たら断られたから」
母親はその話を真剣に聞き、苦痛の表情を浮かべる。
「じゃあ、やっぱ行政に任すしか」
「……だよね」
私と母親はしばらく、考え込む。母親は言う。
「解った。いざとなったらお母さんも協力するよ。何が出来るか、解らないけど」
「ありがとう」
「じゃあ、今から連絡するね」
母親は、江波家のことを児童相談所に通告した。
その晩、私は江波のことで頭がいっぱいだった。
江波は無事なのだろうか。怪我も、どの程度しているのか。
その晩は気になり過ぎて、中々、寝付けなかった。
アメジストの涙6 了
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