プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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トパーズの憂鬱

トパーズの憂鬱 8

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 澤地はファイルのコピー&整理を城内に任すと、会社を出て行く。
 澤地の居なくなった後、美砂子は城内のディスクに行った。

「城内さん、ありがとう」
「いや、いいよ。澤地のパワハラで辞めてった人いたからね」

 美砂子は城内が澤地を呼び捨てに驚く。
 城内は美砂子より先輩らしい。澤地の職場いじめは以前からあるようだ。

「そうなんですね」
「うん。私もかつてやられたからね」

 城内は思い出しながら、苦い表情を浮かべる。結構、嫌な思いをしたのかもしれない。

「そうなんですか?」
「何か気に入らないって感情だけでやってるからね」

 城内はファイルをめくり、必要な箇所に付箋ふせんを貼る。

「私の時は、お土産とか私にだけ買ってないとか、挨拶無視。重要連絡事項を私だけ伝えないとかね。澤地が梶原さんを目のかたきにしてるのは別の理由があるっぽいけど。大丈夫?」

 城内は薄々、美砂子と遊作が付き合っていることに気づいているようだ。
 美砂子は城内を見た。

「実は、叶井さんと付き合ってました」
「何か余計なこと聞いちゃったね」

 城内はまずいことを聞いてしまったと思った。美砂子は首を振る。

「いいんですよ。もう別れているし」
「そう。澤地って叶井くんのこと好きだったもんね。前からかなり解りやすくやってたし。だから私を含め、他の女性社員も叶井くんに近付かないようにしてたからね」

 遊作はモテそうな雰囲気だ。けれど、女性たちが慕っている様子がない。
 その原因は澤地だったようだ。
 澤地に目をつけられたくない為、他の女性社員が近づいて来ない。
 ある意味で、遊作も被害者かもしれない。可笑しいのは、何故、皆、澤地に言えないのか。
 他にも別の理由があるように思えた。

「そうなんですね。澤地さん、そんなに叶井さんを」

 美砂子は驚いていた。城内はパソコンで入力しながら、美砂子に言う。

「澤地は労働局に訴えられても、会社を解雇されない。それは澤地がこの会社のCEOの娘だからなの」
「え?本当に」
「本当だよ。だから、逆らえない。梶原さんも気をつけなよ。ま、この会社を辞めるってのも方法の一つだよ」

 美砂子は城内の言葉に動揺していた。美砂子の動揺ぐあいに、城内は心配する。

「でも、叶井くんとは別れたなら大丈夫だと思うよ」
「そうですかね」
「大丈夫。梶原さん、お疲れ」
「じゃあ、お先失礼します」

 美砂子は鞄を持ち、会社を出た。秋の日の時間は短く、17時半を過ぎると暗い。
 街灯が道を照らし、視界は悪かった。

 美砂子はとぼとぼと、家に帰る為に電車に向かった。

 美砂子の表情は決して明るくない。遊作との別れは、美砂子にとって辛いものだったのだろう。

「仕事、転職したほうがいいのかな」

 美砂子は独り言を言った。道を歩いていると店があった。
 ウィンドウには、洋服やネックレスが飾ってある。
 美砂子はそれを見つめた。私は美砂子が可哀想に思えてきた。
 美砂子のこの先が幸せであってほしいと思った。

 美砂子に声を掛ける人がいた。

「あのー」
「なんですか?」

 美砂子は振り返る。そこには20代くらいの若い男性だった。

「あの20代の独身女性にアンケートなのですけど」
「アンケート?」

 美砂子はそれが詐欺だと思った。美砂子は無視するように立ち去ろうとする。
 男性は美砂子の手を掴む。

「離して下さい」
「本当にアンケートなんですけど」

 男性は詐欺に間違われたことに気付いたようだ。不快感を露にする。

「アンケートって何よ?メチャクチャ怪しい!」

 美砂子は振り切った。男性は手を離す。

「ごめん、悪かった。実は大学の論文で必要でさ」
「論文?」
「ああ。論文だよ。20代の独身男女のクリスマスの予定があるか」

 美砂子は微妙な表情を浮かべる。男性は笑う。

「馬鹿らしいですよね。ごめん」
「いや、いいですよ。別に」

 美砂子は弁解する。男性は目を輝かせた。

「協力くださいますか?」
「いいですよ、ただ私、別れたばっかなんで」

 美砂子は震えていた。泣きそうになっているのか。

「え?」
「二股掛けられてたんで。だから、クリスマスの予定ないです。あと、年齢は二十歳です」

 美砂子はてきぱきと言った。男性はそれをメモする。

「それはまた、酷い。でも、そんな奴ばかりじゃないですよ。世の中」
「そうですかね。だといいですけど」

 美砂子は遊作を思い出しているのか、目に涙を浮かべる。男性は慌てた。

「ちょっと大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫です」
「あ、そうだ。協力してくれたお礼に奢りますよ!行きましょう!」

 男性は美砂子の手を引き、連れていく。美砂子は黙って着いていった。
 私はもしかして、由利亜の父親はこの男性なのだろうかと思った。
 男性の雰囲気は明るかった。短髪で目がはっきりして、眉毛は太めで爽やかな顔をしていた。
 男性は美砂子を焼き鳥の居酒屋に連れて行った。がやがやと騒がしい空気だ。
 男性と美砂子はテーブル席に着く。

 美砂子は初めて入る居酒屋に少し驚いた。

「ここの焼き鳥、美味しいのでぜひ」
「はぁ」

 美砂子は辺りを見る。客層は比較的若い人ばかりだった。

「店員さん!」

 男性は店員を呼ぶ。男性店員が気付き、二人の席に来る。

「あ、和義かずよし!!」
「おう!幹正みきまさ

 男性の名前は和義で、店員とは顔見知りのようだ。美砂子は和義の顔を見た。



トパーズの憂鬱 8(了)
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