プロビデンスは見ていた

深月珂冶

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トパーズの憂鬱

トパーズの憂鬱 7

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 よく見ると、戸松とまつ由利亜ゆりあだった。

「由利亜さん?」
「あ、すいません。早く来てしまって」
 
 由利亜は店の前に何時いつから居たのだろうか。

「由利亜さん、何時から居たの?」
「えっと30分前くらいかな」

 由利亜は私を見て嬉しそうにした。

「学校は?」
「……休みました」

 由利亜は頭を掻く。

「休んで大丈夫なの?」
「どうしても、本当のことが知りたいんです」

 由利亜は私の腕を掴んだ。私は由利亜を見る。
 由利亜は真剣だった。

「解ったよ。ただ全てが見えるまでは時間が掛かるかもしれないし、見えないこともあるかもしれない。それだけは解ってほしい。いい?」
「はい」

 由利亜は首を縦に振った。由利亜の真剣さに私は応えたいと思った。

「じゃあ、今まで見えたことまで話すよ。とにかく店の鍵開けるよ」
「ありがとうございます!!」

 由利亜は元気よく言った。

 私は由利亜を店に入れると、椅子に座らせた。
 私はトパーズのネックレスが入っている宝石ケースを鞄から丁寧に取り出す。
 由利亜はその様子を見つめた。
 私は白い手袋をはめ、宝石ケースからトパーズのネックレスを宝石受けに置く。

「昨日までで見えたことを話します。いいですか?」
「はい。お願いします」

 由利亜は首を縦に振る。その様子は少しだけ緊張しているようにも見えた。
 私は息を吸う。

「まず。このネックレスはあなたの育ての母親 戸松文芽さんが友達の梶原《かじはら》美砂子《みさこ》さんへのプレゼントで渡されたものでした」

 由利亜は梶原美砂子という名前に反応を示した。

「梶原さんを知っていますか?」

 私は由利亜に質問した。由利亜は私を見る。

「知っているというか、私の本当の母親はその人だと思っています。ずっと母親の文芽と似ていないから可笑しいと思って市役所で調べたんですよ。で、親戚の叔母さんに聞いたら【養子】だって教えてもらって」
「そうだったんですね。美砂子さんが本当の母親で間違いないと」
「はい。でも、父親は解らなくて。本当の母親の美砂子は死んだらしくって。それについては親戚の叔母さんは教えてくれなくて」

 由利亜は辛そうな表情だった。文芽が本当の母親の話をしないのは、何か重要なことを隠しているのではないかと思った。

「そうだったんですね。実は、美砂子さんがこのトパーズのネックレスを貰い、彼氏とデートしているところ、その彼氏とのエピソードまでは見えました」
「デート?その相手の名前は解りますか?」
「ええ。叶井かない遊作ゆうさくさんです。知っていますか?」
「叶井遊作?知らないです」

 由利亜は叶井遊作を知らないようだ。遊作は父親じゃないのだろうか。

「知らないのですね。あと、遊作さんは美砂子さんと付き合っているとき、同時に職場の別の女性の澤地亮子さんともお付き合いしていました。所謂いわゆる、二股です」
「そうなんですね。二股……ひどい」

 由利亜は自分の母親が二股をかけられていたことに動揺していた。
 衝撃かもしれない。

「思い出は、美砂子さんと遊作さんが別れるところまで見えました」
「別れたんですね。じゃあ、父親は別にいる?」
「断言はできませんが。今のところは」

 由利亜はトパーズのネックレスを見た。

「じゃあ。今からまた続きを見ます。大丈夫ですか?」
 
 私は由利亜に質問した。由利亜は頷く。私はトパーズのネックレスに触れた。
 ゆっくりとスクリーンに映し出されるように、思い出は見えてきた。
 美砂子が文芽と電話をしている場面だった。

「文芽?私、美砂子だけど?」
【どうした?】

 文芽はすぐに電話に出た。

「彼氏と別れちゃったよ」
【……そう。それは辛いよね】

 文芽は少し驚いていた。

「でもさ、何か無理だし。多分、世間知らずって馬鹿にされていたかもね」
【……そんなこと】
「まあ、もう気にしてな……」

 美砂子は話しの途中で辛くなり、涙を流し嗚咽《おえつ》した。

【大丈夫だよ。美砂子。美砂子には絶対いい人いるよ】
「…そうかな。好きとかよく解らなくなっちゃったよ」

 美砂子の声は震えていた。本当に好きな人と付き合えて、幸せだった美砂子。
 その面影は嘘のように無くなった。美砂子の笑顔を奪った遊作は最低な人だ。

【あのさ、25日のことだけど】
 
 文芽は美砂子を元気づかせるために、待ち合わせについて切り出した。
 どうやら今、見えてる思い出は、遊作と別れてすぐの出来事のようだ。

「うん。何?」
【カラオケ行こうか?】
「いいね!行こう!最近、行ってなかったからね」

 美砂子は嬉しそうにした。
 文芽は美砂子の元気な声色に安心する。美砂子が言う。

「私、歌いまくる!」
【おお、スカっとしよう!】

 文芽は元気付けるように言った。

「うん。めちゃくちゃ楽しみ」

 美砂子と文芽は電話を終えた。
 美砂子は文芽との電話を終え、一息着く。

 折り畳みの携帯を仕舞う。美砂子は仕事場から文芽に電話をしていたらしい。
 帰る支度をしている。その様子を澤地亮子が見ていた。
 もしかしたら、澤地は個人的に美砂子が嫌いなのかもしれない。

 自分より若くて可愛い。特に若さを要求する日本社会において、若くて可愛い女性を敵視する人は多い。
 俗に言うお局も若くて可愛い女性を目の敵にすることもあるだろう。
 澤地の場合は、自分の好きな男性と付き合っていたことが大半の理由だ。
 その次いでに若くて可愛いことも原因としてあるだろうという気がした。

「梶原さん」
「なんですか?澤地さん」

 澤地は美砂子に近づき、話しかけてきた。美砂子は緊張する。
 その様子はまるで、蛇に睨まれた蛙のようにも思えた。

「梶原さん、これやって欲しいのだけど」

 澤地は大量のファイルを美砂子の机に置く。澤地が置いたファイルの音が響く。

「え、今日は残業ないはずですけど」
「どうしても、明日の会議で必要なのよ。新規施設の跡地のアイディアに必要なものを10部ずつコピーしてほしいのよ」

 澤地は有無を言わせない勢いで美砂子を見た。美砂子は唇を噛み締める。

「けど、私」
「早く帰りたいのは解るわ。けれどね、必要なの。解る?」

 澤地と美砂子のやり取りを見ていた他の女性社員がやってくる。名札に【城内きうち】と書いてあった。

「澤地さん、私、そのプロジェクトのメンバーなのでやります」
「あら、そうなの?解ったわ」

 澤地は心の中で舌打ちしているように見えた。城内は美砂子と目が合うと、『私に任せて』と合図した。
 私は職場に美砂子を助けてくれる人がいて安心した。


トパーズの憂鬱 7(了)
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