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トパーズの憂鬱
トパーズの憂鬱 5
しおりを挟む森本は私をじっと見返す。
「何?」
「まだ気付かないか。そうか。俺は川本が好きだけど」
「はい?」
私は一瞬、耳を疑った。
森本は私の右手を掴む。私は振り払おうとするが、がっしりと掴まれた。
「ちょっといきなり言われても」
「別に急いでいない。ただ言っただけだ」
森本はいつになく真剣そのもので、普段の様子と違った。私は下を向く。
「川本が俺をどう思っているか、知りたい」
「どうって」
私は益々、恥ずかしくなる。鼓動が煩く聞こえ、体が熱くなる気がした。
「俺の勘違いだったら、手を離す。そうじゃないなら」
森本は私の手を引っ張った。それも強い力で、簡単に振りほどけなかった。
私は森本の顔を見る。森本は私から目を離さない。
「私も森本が」
遮るようにスマートフォンが鳴る。森本のスマホが鳴っていたようだ。
「ごめん。出る」
森本は私の右手を掴んだまま、電話に出る。
「はい。森本です」
真剣に話をしている、何か事件でもあったのだろうか。
「解りました。はい。今から向かいます」
森本は私を見て、電話を切った。
「ごめん。行かないといけなくなった。またな」
森本は名残惜しく私の手を離した。
「わかった」
「また返事を聞かせてくれ。じゃあ、また」
森本は踵を返し、行ってしまった。私は森本の後ろ姿を見つめた。
居なくなった途端、さっきまでのことが恥ずかしくなってくる。
両思いだったのか。私は今まで全く気付かなかった。
森本が私を好きだった。それまでそんな素振りがあったのだろうか。
その兆候があったかも謎のように思えた。森本は何時から私を好きだったのだろう。
色々と混乱する中、私は家路を歩いた。
家に帰ると、静けさが私を出迎えた。独り暮らしの一軒家は寂しい。
両親が死んで8年が経過した今でも慣れない。
私は玄関のドアを開け、電気を着ける。留守録に伝言がないか確認した。
セールスの電話と、電気工事に関しての電話だった。
川本宝飾店の県外A店舗を任せている春木からの連絡があった。
私は留守録を再生する。
【2018/11/12 16:38。一件の留守番電話を再生します】
【川本さん、お疲れ様です。何か川本さんの噂を聞きつけて、宝石の過去を見てほしいって人がいまして。それについて連絡ください。急ぎませんのでお待ちしています】
過去を見てほしい。その人はどうして過去を見たいのだろう。
今はそれを考える余裕がない。すぐには連絡せず、また余裕ができた時に連絡しようと思った。
由利亜から預かったトパーズのネックレスを鞄から出す。
私は手を洗い、夕飯の支度を始めた。夕飯を食べ、私は少し休憩する。静かにぼんやりとしていた。
お風呂に入り、パジャマに着替えた。
由利亜から預かったトパーズのネックレスをケースから取り出す。
私は意を決してトパーズのネックレスに触る。
ゆっくりと思い出は見えてくる。
文芽が美砂子にトパーズのネックレスを渡して数ヶ月が経過したころのようだ。
美砂子はトパーズのネックレスを首に着けている。
会社の事務をしていた。
「ねぇ、梶原さん。これ、お願いしたいのだけど」
「はい、解りました」
美砂子は年上の女性社員から仕事を頼まれている。美砂子の名字は梶原らしい。
しかし、その女性社員は美砂子を嫌な目で見ていた。
「ちょっと澤地さん、梶原さん1日で終わらないよう」
他の男性社員が澤地に注意した。
「1日で終わらせろなんて言っていないよねぇ。梶原さん」
澤地は梶原を睨むように言った。美砂子は少し怯えつつも、返事をする。
「え、あ。そうですね。言っていないです」
「そうよねぇ。じゃ、頑張って」
お局の上司の澤地は、美砂子を敵視しているようだ。
昼休憩になったのか、美砂子は弁当を持ち、会社の屋上に行くようだ。それを澤地は睨み付ける。
美砂子はそれに気づかない。
エレベーターに乗る。そのエレベーターには、先ほど、美砂子を助けてくれた男性社員も乗っていた。
「さっきはありがとう。遊作」
美砂子は男性社員に言った。男性社員の名前は遊作というらしい。名字は名札に【叶井】と書いてあった。
「いや、いいよ。彼女が嫌な目に遭ってたら助けるものだろう」
「ありがとう」
どうやら、助けてくれた遊作は美砂子の恋人らしい。
「ところでそのネックレスいいね」
「でしょう?友達から貰ったの」
「へぇ。今度俺もプレゼントさせてよ」
「ありがとう!楽しみにしている」
とても微笑ましい空気が流れてくる。
私はもしかしたら、上司の澤地は遊作が好きだったのだろうかと思った。
エレベーターは屋上に着く。美砂子と遊作はエレベーターを降りる。
真っ先に屋上のベンチに向かう。
二人は座ると、美砂子がお弁当を出す。手作り弁当だった。美砂子と遊作はとてもお似合いだった。
この順調な二人にも何かが遭ったのだろうか。
その場面は終わり、思い出は切り替わった。
今度は美砂子と遊作がデートをしている場面だ。
交際はとても上々で、私は何故か安心した。
このまま二人は上手くいき、無事に由利亜が生まれる?のだろう。そうあってほしいと思った。
美砂子と遊作が花園遊園地のベンチでソフトクリームを食べている。
花園遊園地は市内で流行っている遊園地だ。
創業は長く50年あまりだ。市内に住む人なら誰でも来たことのある場所でもある。
ジェットコースターからメリーゴーランド、お化け屋敷などなど。
一般的な遊園地と何ら変わりない。特色は四季折々の花である。季節の花が植えてあり、綺麗だった。
「なぁ。澤地さんからまだ嫌がらせされてる?」
遊作が美砂子に聞く。
「うん。何かずっとかな」
どうやら女上司の澤地からの職場いじめは続いているらしい。
「そうか。ごめんな」
「何で遊作が謝るの?」
「あ、いや、その」
遊作は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
私は遊作と澤地が付き合っていたんじゃないかと思った。その予測は当たる。
「ごめん。本当にごめん」
遊作は頭を下げる。
「ちょっと何?まさか」
「実は俺、美砂子と付き合う前、澤地と付き合っていた」
美砂子は目を泳がせる。動揺が見てとれた。
美沙子はにわかに信じられなかった。
けれど、美砂子はその事実が過去であってほしいと願いを込めて、遊作を問いただす。
「付き合っていたの?でも、それは昔?でしょう?」
「ううん。まあ、そうなんだけど」
遊作はあたふたとした。他に隠し事をしているようだった。
「そうなんだけどって?」
「そうなんだけど。最近まで澤地、いや亮子とも続いていた」
「は?」
美砂子はソフトクリームを地面に落とす。美砂子は手に着いたソフトクリームに気付かず呆然とした。
澤地の下の名前は亮子という名前らしい。
「ごめん。本当に。今は勿論、別れてるし。美砂子、一筋だ。信じてくれ」
遊作は美砂子に頭を下げ、手を握る。美砂子は衝撃のあまり言葉を失った。
遊作は最低な奴だ。20歳の若い女性を騙しているようなものだ。
美砂子は上の空で、遊作を見る。美砂子は泣き出す。
遊作は泣き出した美沙子を抱きしめようと、手を近づけた。けれど、美砂子はそれを払った。
「ひどい」
「ごめん。本当に。亮子とは美砂子と付き合う前の一年くらい前からで」
「そんなのを聞きたいんじゃない。私を騙して楽しい?私だけだって嘘だったの?」
美砂子は声を張り上げて言った。遊作は一生懸命に美砂子を宥めようとする。
「本当にごめん。俺が優柔不断だったから。あのときは、美砂子も亮子も好きだった。亮子は」
「聞きたくない!」
美砂子は遊作の手を振り切った。美砂子はベンチから立ち上がる。遊作を涙目で見つめた。
「さようなら」
「え?ちょっと待って」
遊作は美砂子の手を掴む。美砂子は手を払った。
「もう無理よ」
「話を聞いてくれ」
「聞きたくない」
美砂子は遊作を置いて、遊園地を出ていく。
美砂子は泣いていた。泣きながら公衆電話ボックスを見つけると、その中に入る。
10円を入れ、電話番号を押す。美砂子は文芽に電話を架ける。
数回の呼び出しコールの末、文芽が出たようだ。
「文芽?私、美砂子。ちょっと声が聞きたくて」
電話口の文芽は美砂子の異変に気付いたようだ。
【どうしたの?美砂子】
「うん。彼氏のこと、信用できなくなっちゃった」
美砂子は涙を堪えながら言った。
【そう。何があったの】
「実はね」
美砂子は文芽に遊作のことを話し始めた。
私は思い出の途中で、トパーズのネックレスから手を離す。
恐らく美砂子にとって叶井遊作は初めての彼氏だったのだろう。
その彼氏が職場の上司と、自分を二股掛けていた。
全く酷い話だ。私は美砂子と遊作の子が、由利亜じゃないことを願った。
ネックレスを丁寧にケースに仕舞う。時刻を確認すると、23時35分だった。
寝る支度をする。明日の朝また見ることにしよう。
明日の開店時刻を若干、遅らすことにした。
トパーズの憂鬱 5 (了)
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