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エメラルドの嘘
エメラルドの嘘 1
しおりを挟む私は3日間の休みを経て、営業を再開した。客の入りはいつもと変わらない。
始業開始時間は朝9時からだ。30分が過ぎた朝9時30分ごろ、電話が入る。
「はい。お電話ありがとうございます。川本宝飾店です」
「あの。宝石の買い取りをお願いしたいのですが」
女性のお客様だった。私はメモ帳を取り出す。
「どういったものでしょうか?」
「カルティエのエメラルドの指輪です」
指輪には思い出が詰まっていることが多い。
大切な誰かからのプレゼントだったりすることが多い。
「わかりました。お店には何時頃来られますか?」
「えっと。昼の1時くらいにはお伺いします」
「了承いたしました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。わかりました。美しい川と書いて美川と申します」
私は名前と、時間、買い取りの対象の宝石をメモした。
「美川様ですね。この度はありがとうございます。それでは、お待ちしております」
私は電話を切った。
メモを見る。【美川様 カルティエのエメラルドの指輪 13時ごろ来店】
エメラルドは5月の誕生石だ。「愛の石」と言われ、その歴史は長い。
紀元前4000年前のバビロンからだ。
古い宝石で聞くところによると、エジプトのクレオパトラもエメラルドに魅了されたらしい。
今日のお客様の美川が、どんな経緯でエメラルドを手放すに至ったのだろうか。
それがどんなエピソードでも、私は冷静に見るように決意した。
午前中は買い取りのお客さんは居なく、購入希望のお客さんが数人いた。
私は真剣に選んでいるような男性が目に入る。
恐らく【恋人へのプレゼント】を探しているのだろうか。
男性の身なりは高そうなスーツを着ていた。
「どんなものをお探しでしょうか?」私は声をかける。
「か、彼女へのプレゼントをサファイアにしようかと思いまして。く、9月の誕生日に渡せなかったもので」
「そうですか。予算はどのくらいで決めていますか?」
男性は緊張しているのか、たどたどしい。私は男性と目が合う。
男性はすぐに目を反らした。どうしたのだろうか。
「あの、どうしました?」
「あの。以前から、素敵な人だなって思っていて。あの、えっと。良かったら友達になってください」
男性は頭を下げ、私に手を差し出した。私は驚いた。
「いいですけど、プレゼントは?」
「あ。いや、その、実は口実で」
「ああ。そうですか」
私は思わず笑った。男性も釣られて笑う。
「また来ます」
男性は店を出て行った。
友達になるにしても、連絡先は聞かなくていいのだろうか。
私は変な人だなと思いながら、午前の仕事をやり過ごした。
昼が過ぎ、午後1時になった。流石に時間の丁度には来ることはない。
10分程度遅れで、お客さんの美川が来た。
「すいません。連絡をした美川です」
「はい。お待ちしておりました」
私は美川をもてなす。
美川は三十歳くらいの女性で、スタイルが良く目麗しい雰囲気だった。
本当に美人で、私は見つめてしまった。
「あの。なにか」
「あ、失礼しました。お美しくてつい」
「あははは。ありがとうございます」
美川の仕草や、表情は美しかった。私は緊張してきた。
「早速、買い取りして頂きたいものはこちらでして」
美川はカバンから指輪のケースを取り出す。この中に、カルティエのエメラルドの指輪が入っているのだろう。私はそれを丁寧に受け取る。
「これですね。ありがとうございます」
私は白い手袋を手に填める。指輪のケースから指輪を取り出し、それを宝石受けに置く。
これから、この宝石の思い出が見える。どんな思い出なのだろう。
私は期待と不安の中、指輪を見つめた。そんな私を美川を見ている。
指輪を触ると、ゆっくりと映画館のスクリーンのように見えてくる。
思い出が見えるときは、特に何処からという規則は無かった。
今回もこのエメラルドの指輪がプレゼントされるところから始まった。
若い美川は恐らく大学生くらいだろうか。
とても綺麗で読者モデルをやっていてもなんら、不思議はない雰囲気だった。
何処かのカフェで美川が恋人の男性といる。
「今日は久しぶりだね」
美川は相手に嬉しそうに話しかけている。相手の男性の顔はまだ見えない。
後ろ姿だけだ。美川の幸せそうな表情から、本当に好きな人なのだろう。
男性が喋る。
「ああ。俺も会いたかった」
「本当に?」
「ああ。本当だよ」
美川の名前は絢子というらしい。美川絢子。
改めて名前にふさわしい容姿を兼ね備えているように感じた。
私は二人の関係が相思相愛だと思った。
男性も嬉しそうだ。美川の彼氏がどんな人だったのか、凄く興味が湧く。
次第に見えてきた男性の顔に私は驚く。
なんとそれは、森本ヒカルだったのだ。
私は思わず、指輪から手を離す。
美川は私と目が合うと微笑んだ。
「どうしました?」
「あ。いえ」
「これ、昔の恋人から貰ったものなんです」
美川はぽつりとつぶやくように言った。
「そう、そうなんですね」
なぜか私は、見えたことを言えなかった。
「大学時代の彼からのプレゼントなんて、持っていてもしょうがないじゃないですか!」
美川は強がるように言った。何を強がっているのだろうか。
「はぁ。そうですか」
「もう彼のことは忘れたんです」
「そうなんですね」
私はなぜかもやもやした感情を抱いた。私は森本に恋愛感情などないはず。
ただの同級生で、仕事で関わっているだけだ。
過ぎった感情を気のせいにした。
エメラルドの嘘 1 (了)
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