悪役令嬢の復讐事件簿

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ケース1-3

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 雨音が激しさを増し、暗闇の中で冷たい水滴が男の肌に叩きつける。全身がずぶ濡れになり、痛みと寒さが混じり合って感覚を鈍らせる。だが、目の前の影は微動だにしない。そのシルエットだけが、あたかも雨粒を拒むかのように、黒い霧の中で静止している。

「どうして…どうしてここまでしなきゃならないんだ…」男は息を荒げながら、言葉を絞り出すように呟く。

影は一瞬も動かず、ただその場に立っている。次の瞬間、まるで風が吹き抜けたかのように、低く冷たい声が再び耳に届いた。

「お前は…選んだんだ。全てを…自分で選んだ。」

その言葉に、男の胸の奥に潜んでいた恐怖が一気に膨れ上がる。思い出すのは、かつての選択の数々。利己的な決断、背後に残してきた人たちの顔、交わした裏切りの約束。そして…目の前の影の存在を見過ごした瞬間。

「そんな…俺は…仕方なかったんだ…」男は震える声で言い返す。しかし、その声は雨音にかき消されて、自分自身の耳にも届かないほどかすかだった。

「仕方なかっただと?」影が一歩前に踏み出した。その足音は重く、地面に響き渡るようだ。続けて、声が冷たく鋭く響く。「お前が見捨てた者たちは、どう思っているだろうな?お前の言う『仕方なかった』という言葉で、救われるとでも思っているのか?」

男はその言葉に返す言葉が見つからない。ただ、口を開けたまま、雨に打たれて立ち尽くすしかなかった。

「俺は…後悔している…」やっとのことで声を出すが、その声には確信が欠けている。自分でもわかっている。後悔しているという言葉が、どれほど空虚で意味のないものであるかを。

影は静かに男の方へ歩み寄る。その足取りは軽やかだが、その歩幅は絶望の深淵へと向かっているようだった。そして、二人の距離が縮まるにつれて、男は自分の心臓が胸を突き破るように早鐘を打つのを感じる。

「後悔では足りない…もう遅すぎるんだよ…」影は冷酷な声で言い放つ。

その言葉と共に、影の手が再び男に向けられる。手には光る何かが握られている。それが何であるかを理解する前に、男は急に強い衝撃を感じた。胸の中に鋭い痛みが走り、息が詰まる。目の前が揺れ、視界が一瞬で暗転する。

「…これで…終わりだ…」

最後の意識が遠のく中、男はその冷たい声を聞きながら、全てが静かに沈んでいくのを感じた。闇は全てを飲み込み、雨の音だけがコンクリートジャングルに響き続けていた。やがてその音も次第に遠ざかり、すべてが静寂に包まれる。

そのとき、男の口元にわずかな微笑みが浮かんだ。ほんの一瞬、儚い安堵の表情が消え去る前に――。
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