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第二章 ヤミテラ

7-2:戦闘

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 私も腰を低くしたまま、進み始めた。
 可能な限り早足で、車の影に隠れながら、意味なくジグザグに進んでみたりする。

 前方に分岐が見えてきた。
 中央の四車線はトンネルに繋がり、両サイドの四車線はそのまま上を進んでいく。
 またも発射音が聞こえた。
 どこからかは判らない。
 トンネルの上――か?
 私の前方、車の影から十人前後の集団がトンネルに駆け込んだ。
 私は何度か腰を浮かすが、その度に発射音が聞こえ躊躇った。近くなのか遠くなのか、大勢なのか少数なのか、上からなのか下からなのか、ここに至って色々聞こえ始めて判断がつかない。
 このまま行くべきなのか、それとも――

 トンネルの上にふらりと人影が現れた。

 首をだらりと前にたらし、左の脇腹が赤く染まっている女性――ゾンビだ。
 発射音が聞こえ、彼女は肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。
 目が合った――ように思った。
 彼女は両手を上げ、唸り声を上げた。距離は二十メートル以上離れているのに、その声ははっきりと聞こえた。
 彼女は私の方をじっと見つつ、ガードレールに体を当てながら左に移動していく。
 私はそれをじっと立って見続け、ようやく自分が襲われようとしているのに気がついた。
 すうっと背中を冷たい指で撫でられたような感触。

 私はトンネルに駆けこんだ。
 風が強くなったのか、ごおっという音が聞こえる。
 オレンジ色の照明に照らされた車の中は、殆ど無人だった。
 試しにドアに手をかけると、簡単に開く。災害時の対応に従い、鍵をかけたまま車を放置してあるのだ。まあ、考えてみれば、放置したところで、これだけ車が密集していたら乗り逃げされることは、まず無いだろう。
 トンネルの長さは大したことは無いのだが、出口の方から絶え間ない発射音が聞こえ、それが反響している。先に入った人達が、戻ってきていないという事は、このまま進んでも平気――のような気がする。

 私は進もうとして前によろけた。
 あまりにも曲げすぎていた所為か、腰が突っ張っているようだった。
 ゆっくりと背筋を伸ばすと、腰に手を当て、胸を反らす。ごきりと良い音がして、思わず溜息が漏れた。
 ゾンビの只中で、ぎっくり腰なんてのは嫌だな――などと苦笑していた私の耳に、物音が聞こえた。
 カツン――カツン、と断続的な音。後ろから近付いてくる音。ヒールの音。
 そして、唸り声。
 振り返ると、私と彼女の距離は車四台分ぐらいだった。
 いつの間に、と私は考えながらじりじりと後ずさりした。汗がつっと額から垂れ、右目に入った。軽い痛みよりも、視界が半分無くなることに私は焦り、目を擦る。
 ぐうっと彼女は唸り、右手を私の方に掲げた。
 長い髪がかかった顔は、中々美人であったが、所々に真っ黒い穴が開いていた。

 え? 
 モデルガン、じゃなかったのか?

 またも出口の方から発射音。ということは――近くにまだたくさんいるわけだ。このままだと、挟み撃ちになるかもしれない。

 私は彼女に背中を見せ、走り出した。自分の靴音が反響し、彼女が走らないのは判っているのに、怖くて怖くて堪らなかった。
 トンネルを走り出ると、強い日差しと熱気が襲ってくるが、私は構わず走り続けた。
 水と豚肉で、一体どのくらい私の体力は回復したのか。ゲームのように数値で見れればいいのだが……子猫や幼児のように、いきなり電池切れなんてことはあるのだろうか?

 道路がぐっと上がって、元の八車線になり、また前方に同じようなトンネルが見えてくる。
 不思議な事にゾンビは見えない。
 私は走る速度を落とし、黒い車のサイドミラーを掴むと、立ち止まった。疲労と熱さがどっと襲ってきて、体を折ると、汗が凄まじい勢いで顔からアスファルトに垂れていく。
 涼しい風が吹いてきたので、顔を上げると、トンネルの前の車の影に、こちらを見る顔がたくさん見えた。一瞬ゾンビかと思い、足がびくりと跳ね上がるが、どうも私ではなく遥か後ろを見て、話しあっているようだ。

 私は振り返った。

 今通り抜けてきたトンネルの上は満員だった。
 武装した集団が、車の上を渡りながら発砲し、その周りに、ゾンビが数えきれないくらいいた。トンネルに入る際に聞いた風の音は、連中の唸り声だったのだ。
 私は前方に目を戻す。
 大勢の唸り声がそこら中から聞こえる気がする。

 いる。
 きっと、この先にも大勢いる。
 K橋に行くなら、ここを上に行かないと駄目だ。
 地図ソフトで見ると、このトンネルは結構長いのだ。
 だけども――

 前方のトンネルの上にゾンビが何体か現われた。
 一体見たら、百体はいるかもしれない。

 なら、今と同じ方法でやり過ごし、引き返していけばいいか……。

 どちらにしろ、動かなくてはダメだ。横道に入るのも手だが、土地勘もないし、見通しのいい場所じゃないと挟まれたらそこで終わりだ。最悪、建物に入ってやり過ごす手もあるが、白髪の男性が言っていたように、鍵をかけられてしまう可能性がある。というか、自分がビルに逃げ込んだなら、ゾンビが入って来ないように、入口にバリケードを築くだろう。

 私は走り出した。
 走ってばかりだが、悪い夢を見ている時のように、走らずにはいられない。

 そのまま、トンネルに飛び込むと、徐々に速度を落とす。
 カツンと足音が後ろで響き、私は跳ねるように振り返った。
 さっき車の影にいた人達が、私に続いてトンネルに入ってきていたのだ。私に一番近い場所にいた髭面の男性が、片手でゴメンというポーズをとった。
 私は前方に視線を戻した。
 同じオレンジのライト――が途中から無くなっている。
 あれ? と思いながら、歩を進めると、横づけに停まった四駆の向こうで、大型トラックが斜めにトンネルに飛び込んでいるのが見えてきた。荷台を後ろにして落ちており、二台の車がそれを受けてぺしゃんこになっている。荷台の扉はひしゃげて、半部開いていた。
 私を含め、皆が足を止め、呆然とそれを見ていた。
 そして、徐々に視線が上に上がっていく。

 トンネルは途中から屋根が無かった。
 直方体のコンクリートの梁があるだけで、自然光を取り込むスタイルなのだ。
 その梁を突き破って、トラックは上の車道から落ちてきているのだ。
 そして――上を歩くゾンビが見えた。

 とんでもない数だった。
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