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Final Chapter

6:星を観とかない?

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 えーっと、新録って事でね、結論から言いますと、僕は助かりました。
 委員長が雪洞を掘って、窓ガラスをハンマーで割りまして、まー、顔が真っ白であーとか悲鳴を上げてる僕を助けてくれたんですね。いや、結構きついっすね、自分の映像見ながら声あてるってのは……まあ、要はですね、僕の遺言ビデオは僕が助かりまして、この度、ようやく発売されることになりましたこのDVDの『副音声』になった、と。
 で、まあ、記憶違いで全然映像に合わない所とか、やっぱ駄目かなって所は、新録で差し替えたりしてます。よーく聞いていただくと、僕のテンションとか録音環境の違いとかが判って面白いですよ。まあ、ある人物はそのままフルネームでOKってことになりましたが……これ回収されたりしないよね?

 あ、それと、今回のDVD,向こうの町の映像とかも普通に入ってますね。行き逢い神もそうです。
 あの後、僕らの番組を観ていたある人から、某廃棄場でビデオカメラが見つかった、と連絡がありまして、驚いて向かってみますと、成程、あの時機械の中に置いてきたカメラなんです。バッテリーは完全に切れて、外観は物凄い年月が経ってるみたいになってましたが、普通に動きましたし、中の映像も無事でした。
 ちなみに某廃棄場にて、僕らは遥か昔に廃棄された、あの『宇宙があった機械』の現物にとうとう出会えました。錆びて所々穴が開いていましたが、間違いなくあの機械です。従業員の方よれば、カメラは機械の中に、今さっき置きました、みたいにポンと立てて置いてあったそうです。

 ばーちゃんは、『神様の検閲』を通った、ってことだなと言ってました。

 僕もそう思います。

 いや、しかし、行き逢い神の映像とか、撮った本人ですら、ニセモノに見えちゃうのがまた何とも……。これ本物ですって連呼するのも変ですし、そう連呼すると、そうやって信憑性を持たせようとしてやがる、とかコメントが来そうですし、延々と堂々巡りですねえ。これが悪魔の証明ってやつなんですかね?

 さて、長い事喋って今更色々説明してるってのは間抜けなんですが……あ、はい、喋ります喋ります。

 車から引きずり出されると、真っ先に飛び込んできたのは巨大な篝火かがりびでした。轟々と燃えるそれから、結構離れているのに、顔がすぐに熱くなってきます。
 僕は、うー、とか、あーとか言ってますが、ホントマジでそれしか声が出ないんだよね。寒いってのも感じなくなってて、委員長が膝枕で手を擦ってくれてるのに、なーんにも感じない。で、ヒョウモンさんがお茶のカップを出してきても、ついでにカメラを回していても、なーんにもできない。
 口移しで飲ませたら、とヒョウモンさんがマジトーンで言います。委員長は一瞬だけ、迷っているように見えますが――あ、はいはい、睨まないでよ、もう。
 ともかく委員長は実に委員長らしく、カップに入ったお茶に雪を突っ込んで温度を下げると、僕の顔にばちゃりとかけました。
 で、間髪入れずタオルで顔をガシガシ拭く! 美容院のように回して捻る! あっという間に僕の意識がしゃんとしまして、途端に歯がガチガチ言い始めました。

「オジョーさん! 意識戻ったわよー!」
 いきなり世界に焦点が合いました。
 僕がいるのは、あの公園です。橋の上から車ごと運ばれてきたのでしょう。雪に埋もれたトイレの入り口がぽっかりと洞穴みたくなっています。その横からオジョーさんが走ってくると、脇に抱えた毛布で僕を包み始めました。

「監督さん、呪いは解きましたが、一応病院で低体温症かどうかを見てもらいましょう!」
「の、の、の、呪い、とは?」
 委員長が僕に肩を貸してくれました。
「『雪の後ろを歩むもの』に掴まれると、さっきのあんたみたくなるのよ。意識が混濁し、心も体も冷えて、生きた死体みたいになっちゃうの。掴まれてから、速い人だと数分。あんたはメールのアレから考えるに数時間……何をどうしたら、そんなに粘れるわけ?」
「……さあ? じ、自分語り、とか?」
「なんっっじゃそりゃ……。ま、ともかくそうなるともう駄目ね。幾ら暖めても効果が無い。で、苦し紛れというか、思いつきで、あんたがやったみたいにお湯をかけてみたら、これが効果テキメンってわけ!」
 ヒョウモンさんがカメラを構えつつ、肩を竦めました。
「あたしも掴まれてヤバかったんだから。で、ばーちゃんとオジョーにお風呂に投げ込まれたの。これって一種の虐待じゃね?」
 ばーちゃんが、ザクザクと歩いてくるとヒョウモンさんの頭をぺしりと叩き、それから僕を抱きしめました。
「バカタレ! そして……よくやった!」

 怒られて褒められた。そう、このくらいシンプルな方が判り易くて良いです。
「ばーちゃん、あ、あいつはどうなってるの? まだ、いるの? 弱点は――」
 ばーちゃんは頷きました。
「動画を見た。お前の想像通り、弱点は熱だ。しかも、あいつらよく燃えるんだよ。ほら」
 ばーちゃんは篝火を指差しました。
 はい? と僕。
 オジョーさんがハンドバーナーを嬉しそうに両手で持って、えへっと笑っています。
 や、やったのか、と呆れる僕に委員長は片眉を上げました。
「凄かったわよ……。夢に見そうな光景だった」
「ああ、そう……。あ、でも、もう解決したんだ! はー、やれやれ、ホッとしたあ。ばーちゃん、僕家に帰ってうどん食べたい……ん?」

 全員が僕をぽかんと見ています。と、トイレの横からヤンさんが走ってきました。ダウンのフードの中から、リョータちゃんがビヤァーと鳴いています。
「おーい……おっ! 助かったか! 良かったなあ! 後でうちで飯奢ってやっからな! っと、それどころじゃねえな。またきやがったぞ!」
 へ? と声を上げる僕の横で、委員長がポケットをごそごそやると、赤くて長細い物を取り出しました。発煙筒です。委員長はふーっと長く息を吐きました。
「『雪の後ろを歩むもの』なんだけど……結構いるのよ」
「……は?」
 ばーちゃんは委員長に僕を橋の上に連れてけと指示すると、オジョーさんと一緒に業務用の大きなサーキュレーターを運んで行きます。その後ろをバッテリーとカメラを持ったヒョウモンさんが続きます。委員長が話しを再開しました。
「町中に雪塚――これ、連中が何かを埋めた跡のことをそう呼んでるんだけどね、たくさんあるのよ。で、どうも雪塚にずっと埋められてるとね――」
 どうなるの? と僕。委員長は頭を振りました。
「あたしも一回だけしか見てないから、断言はできないんだけど、色々聞いた話を総合すると、カチカチになっちゃうの。で、連中はそれを掘り起こして、空中――いや、掴んでかな? まあ、ともかくシャリシャリシャリって、かき氷みたく……多分、そうやって『食べる』のよ」
 僕はごくりと息を飲みました。芯まで、いや、魂まで凍ってしまったら、あいつらにそれこそ風に舞う粉雪みたいにさらさらのふわふわにされて食べられていた……。

 食べる?

「あれの姿ってちゃんと見えた? 口とかってあるの?」
 見てないの? と驚いた委員長は、そういやそうか、と空を仰ぎました。
「雪がやんだのが、一時間くらい前だからね。それまでは吹雪の中で、あいつらシルエットで時々見えるって感じだったからなあ……。ともかく向こうが圧倒的に有利。でも、あんたがSNSでロシアのニュースの事を挙げて、弱点を言ってくれたのが町中、いや、国中に拡散してさ、いや、凄いよ? 今圏外だけど、アンテナ復活したら通知で携帯ぶっ壊れると思うよ」
「……バズッた?」
「もはや、火だけに炎上だね」

 僕らはいつかの日のように、橋桁に並んで公園を見下ろしました。リョータちゃんの甲高い鳴き声が響きます。委員長がヤンさんを指差しました。
「あれね、レーダーみたいなものなの。連中が近づいてくると、犬とか猫とかが激しく鳴くのよ。キンジョーさんは太郎丸を連れて、今カニさんと巡回中。で、反応があったら、ああするわけ」
 大きな篝火の向こうでサーキュレーターが唸りを上げ始めました。すると舞い上がる粉雪で、『雪の後ろを歩むもの』が姿を現します。僕はうっと声を出しました。

 大きさは行き逢い神と同じくらい、二階建ての家位でしょうか。体と思われる部分はひょろ長く、肩のような一番上の左右対称の瘤から糸のような腕らしきものが伸び、その先に鍵状になった大きな熊手のような手が付いてます。あれで、雪を集めて烏を埋めていたのでしょうか? 首は無くて、だけど胴体の真ん中に縦長に巨大な顔らしきものが見えます。口と思われるものを開閉し、風の唸り声のような声をあげました。

「あれはガス状なの」

 ガス? 気体? 僕は驚くと同時に窓が閉まっていた事に納得しました。きっと、僕を保存するために、ガス状になって中に入り込み、窓を閉めたのでしょう。
「ばーちゃんの予想ではガスの重い部分や濃い部分で足跡をつけたり、物を触るんだろうって。だから雪が降って、風が吹いてる間は、『そこら辺にいる』って感じでさ、襲いかかる時だけ『まとまる』みたいな? だけど、熱さをぶつけられると密度が変わっちゃうんで混乱して怯むみたいなの。しかもガス自体が可燃性だから――」
 ヤンさんとオジョーさんが走り寄ると、火を点けました。あっという間に『歩むもの』は巨大な火柱になり、甲高い悲鳴をあげながら大股でトイレをまたぎ、あの篝火を踏みつぶし、その所為で更に火勢を強め、川に向かって進もうとしました。

 ばしゅっという音と煙の匂い、そして赤い光が僕の頬を染めます。
 横を向くと委員長が発煙筒を引き抜いていました。真っ赤な火に照らされた彼女は、ええっと、かわ――カッコ良かったです! 台本通りには読みませんよ、まったくもう!
 まあ、ともかくぼけーっとしてた僕の横で、委員長は振りかぶると、逃がすかっと叫んで発煙筒を『歩むもの』に投げつけました。前にも言いましたが、委員長のスポーツ手裏剣の腕前はバツグンで、狙い違わず、発煙筒は『歩むものの』の胴体の顔に突き刺さりました。ああ、おぉおおおっと『歩むもの』は膝から崩れ落ちると、そのまま丸まり、あっという間に大きな篝火になってしまいました。
「……大変な夜だなあ」
 僕の言葉に委員長は、ふふっと笑いました。
「まあね。ヒョウモンさんが撮ったから後で見せてもらうと良いわよ。カニさんが大活躍した、ファミレス前攻防戦とか一見の価値ありよ」

 橋は少し高い所にあります。だから、見渡せば、町のそこかしこで大きな篝火が燃えているのが見えました。後で判りますが、この日、篝火になった『歩むもの』は僕達の町だけで五十体弱。全国では――それはまとめページがあるようなのでそちらをご覧ください。
 いや、それにしても、よく見えすぎる……。
「停電してるの?」
「そう。夜明けまでには復旧するってカニさんは言ってたけど、どうかなあ」
 そう言ってから委員長は僕の顔を見て、にやりと笑いました。

「ねえ」
「何?」
「星を観とかない?」

 そう言うと委員長は空を指差しました。
 僕は見上げます。停電のおかげでしょうか、見たこともない、素晴らしい星空が広がっていました。
「……答えはCMの後でいいかな?」
 僕の答えに委員長は、アホだなあと言いながら笑ってくれました。
 それから、まあ、ばーちゃんが呼んだカニさん達の車に乗って病院に行くまで、二人並んで星を見ていたわけですが――ええ、とっても素敵な時間でしたとも!

 はい! というわけでね、リョータちゃんもビヤァーと鳴いておりますが、終わりの時間がやって参りました。(まじかよーもっと話せよービヤァー、オッサン! オッサン!)
 いや、外野うるさいよ! あんたらも喋りなさいよ! 結構重労働なんだぞ、これ!

 ……だんまりかよ。ああ、はいはい……ええっと、本編中削られたヤンさん大活躍の『あの屋敷』等はDVDがちゃんと発売されたら、ボーナストラックで収録という事です!
 それでは、名残惜しくはありますが……長い時間お付き合いいただきありがとうございました! 

 また動画サイトでお会いしましょう!

 了
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