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Chapter1

12:動く絵

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 オジョーさんはあの時高校の二年生で、後でお友達の方々と話したところ、世話好きで勉強もできて運動もできる優しい人――反面、思い込んだら一直線で手段を択ばない人だそうです。
 暴走トラックとか突撃ダンプカーとか物騒な渾名がついているらしいですが、個人的には実に頼もしい人です。

 僕等は番組を作っていて噂とか怖い話を追っている、この交差点についての噂を知らないかと聞きました。
 オジョーさんは後でまとめていた髪をほどきました。意外にも腰辺りまでの長髪です。
「ううん、私は知りませんねえ。ここの近所に住んでいるわけではありませんので」
 委員長は片眉を上げました。
「失礼ですが、こちらで何を?」
 ああ、とオジョーさんは両手をパチンと合わせました。
「実は今、ゴミ拾いにハマってるんです!」

 この後の話は本編では省略されておりますが、要約しますと、最初は学校の授業の一環でボランティアでゴミ拾いを何となくやっていたけども、汚い場所が綺麗になる、例えば十円玉を洗剤で磨いてみたら、やだ美しい……みたいな快感にハマってしまい、暇を見つけてはゴミを拾ってる、という事らしいです。

「勿論、色々問題がありますから、『うち関連』の敷地を中心にやっておりますの」
 だからして、僕達はオジョーさんと呼んでるわけです。あ、ここは個人情報に関わりすぎるからカットかな? ゴミ拾いがいかに気持ち良いかを手足をばたばたさせながら熱っぽく語っていたオジョーさんに、委員長がオーケーオーケーちょっといいですか、と停止サインを送りました。
 もう、なんですの、とぷぅっと膨れるオジョーさん。
 どっちが子供だかわからない、そんな場面が僕達の行く先には多いです。

「高校の方で怖い噂とかって聞いたりしてませんか?」
 オジョーさんは目をぱちくりさせた後、ゆっくりと頷きました
「あり……ますわ。えっと……監督さん、でいいですか? 監督さん……」
 オジョーさんは喉に何かがつかえたように、ぐっと唸りました。それから、ゆっくりと声を絞り出しました。
「あの……動く絵……そういう噂知ってます? 壁の絵が動く話なんですけど……」
 え! と僕達二人。いや、そりゃあ、ばーちゃんが飲み屋で聞いてくるくらいなんだから、SNS総本家の一つである高校生が知らない訳はないんですが、出会ったばかりの人から聞かされるとそわそわします。
 委員長が知ってます、と頷きました。
「あたし達、学校で噂を集めてるんですが、かなりの子が、それを目撃してるそうです」
 オジョーさんはふう、と息を吐きました。
「そ、それはお気の毒に……」
 へ? と僕達。
 ん? とオジョーさん。
「だって、あの怖くて残酷な話ですよ? そ、その犬の血が――」
 僕は詳しくお願いします、とオジョーさんの顔をアップにしました。
 オジョーさんはカメラ目線で眉をひくひくと上下させ、大きく溜息をつきました。それから手招きをすると僕達を道路の脇に連れて行きました。

 歩道の隅にしゃがみ込むと、置いてあった鞄からポットと紙コップを取り出し、良く冷えたお茶を、粗茶ですが、と注いでくれます。
 ごっつぁんです、と委員長。
 うふふ、とオジョーさん。
 僕は喉が渇いていたので、一気に飲み干しました。
 おかわりは? と聞かれましたので、いえ、大丈夫です、と紙コップをアスファルトに置きました。
 オジョーさんは、小学生には少々キツイ話かもしれませんので、ちょっと描写を省きますね、と前置きして話を始めました。

 ――ある女の子がコンビニに行きました。時刻は深夜です。
 近道のビル街の裏を歩いていると、彼女は犬を飼っていたことがあるのですぐに判ったのですが、甲高い犬の、それも痛がっている声が聞こえました。
 慌ててそちらに走り、ビルとビルの間を覗くと灰色の服を着た人達が数人いて――

「灰色の服? それって――もしかしてジャージですか? 灰色のジャージ」
 僕の質問にオジョーさんは、それは――と止まってしまいました。
 僕は、すいません、続けてくださいと言いました。
 すいません、何しろ噂話ですので、ディテールはもやっとしてるんです、と言いながら話は再開されます。

 ――その人たちは性別は不明ですが、手にバットや長い棒を持っていました。そして、その足元には犬が何匹も倒れているのです。その女の子は、あっ! と声を上げました。灰色の人達はぎくっと体を震わすと、さっと向こうに逃げて行きました。
 女の子は犬達に駆け寄りました。辺りは血の匂いが凄かった――そうです。
 暗い路地なので下は血の色で真っ黒に見えました。殆どの犬達は既に死んでいました。だけど足を折られているらしい一匹は生きていて震えながらこちらを見上げてきました。
 その時、目の端で何かが動きました。
 彼女がいるのはビルの間の狭い路地です。
 誰かが後ろから? そう思って後ろを向こうとして――

「それで?」
 今度は委員長が激しく食いつきます。オジョーさんは金網を頭でガシャリとやりました。
「目の前の壁に何か細長い虫みたいな物が動いている。え? と思ってスマホで照らしたら、それはずっと上に続いていて、見上げていくと、それは大きな女性の絵で、動いていたのはその髪の毛……あ、あら? 監督さん、随分お鼻の穴が、その……」
 委員長がカメラを僕に向けました。
「オジョーさん、質問です。その絵『自体』も動いていたんですか? それと、その絵って次の日にもそこにあったんですか?」
 オジョーさんは目を大きくすると、何度も頷きました。額には汗が浮かんでいます。
「そう! 見上げた女の人の絵も動いていて! 真っ白な目が細くなって、耳まで裂けたお口が舌なめずりをして! ……いたんだそうです。
 その絵はぐーっと壁を滑るように下がってきて、女の子は頭が真っ白になっちゃって動けなかったんだけど、足が折れた犬が大きく吠えて、それではっとして、その犬を抱きかかえると、あ、その犬は子犬で酷く震えていて……ともかく一目散に後ろも見ずに逃げて、後ろでは、その――とても嫌な音が……」
 委員長がうわっと小さく言って紙コップを地面に置きました。僕は質問しました。
「こう……ぼりぼりと食べる音ですか?」
 委員長がうぅと唸り、オジョーさんはふるふると首を振りました。
 え? と僕。

「その……ちゅーちゅーすする音です」

 僕はギョッとして固まりました。
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