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4:鬼

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「説明してくださいよ! さ、さっきのあれは何だったんすか!? あの廃墟で俺に何が起きたんすか!?」
 俺は車に転がり込むと、用意してあった着替えの中からトランクスを拝借した。

 マド寿美カーはワンボックスカーである。
 美子曰く、色々改造したとのことで、成程、屋根の上には巨大なアンテナ――というには凶悪なデザインの金属の塊が取り付けてあった。大きく二重に並んだ歯がずらりと並んだトラバサミのようなもので、しかも真ん中にはとがった杭みたいな太い金属中が先端を空に向けている。美子が言うには協力無比なアンテナだそうだ。
 車内は一席ごとにモニターが設置され、内壁のいたる所に剥き出しの金属が打ち付けてある。何度か番組内で夜間に熊に襲われたり、竜巻に巻き込まれたりするシーンがあったが、それに打ち勝ったのはこのおかげ、と美子は言っていた。

 車は廃墟を離れ、ゆっくりと山道を走っていた。美子は深くシートにもたれてスマホをいじっている。
「……パンツのサイズ、あってたでしょ?」
「い、いや、ぴったりだけどもさ……ってか、なんで着替えが用意してあんのよ!?」
 咥え煙草でハンドルを握っていた村篠さんが笑った。
「いつも常備してあんだよ。女性陣のやつもある。汚れた奴はビニールに入れたな?」
「は、はあ……あ、このパンツは洗ってお返ししますんで――」
 美子が別にいいわよ、と片眉を上げた。
「それあげるから。汚れた奴の洗濯もこっちでやるしね」
「え? ええっ!? いや、でも――」
 美子はにやりと笑う。
「全然OKだから。ぶっちゃけ失禁レベルはいつものことだしね。今回は脱糞レベルを想定してたけど、そっちは流石に自分でやってもらうけどもさ」
「い、いや、今もカメラまわってんだろ? その……主役がそういう事を言っちゃうのはどうなのかと……」
 ほほほ、とおばちゃんが笑い声を上げる。
「やだぁ、久しぶりに常識的な意見を聞いたわね。そうよねぇ、女子高生が失禁だの脱糞だの、いくらピー音で消されるからってねぇ?」
「うっさいわ! あのねえ女子高生に幻想――まあ、いいや。ムラシーそろそろ止めて」

 車が止まった。
 ちょっと広い空き地みたいな場所だ。
「……え? どうしてこんな場所で止まったの?」
 俺の問いに美子はシートから体を起こした。
「……ちょっと真面目な話をするわよ」
「あらぁ、珍しい」
 おばちゃんの混ぜっ返しを無視して美子は俺の目をじっと見た。
「さっきの廃墟で鬼の話をしたわね?」
「ああ、うん。ああいう場所には鬼が湧くっていう……」
「簡単に言うわよ。自殺、殺人、まあ悪い事が起きた場所ってのは、そういう事に関する様々なかすが残るの。そういう物が積み重なると鬼が湧く。ここまではいい?」
「い、いや、よくないって! いきなりオカルト全開の事言われても、理解っていうよりもからかわれてるって感じで――」
「それでいいわ。いきなり理解したって言われたらぶん殴ってるわよ。ともかく、あたしらはそういう場所を調査して潰してまわってるわけ」
「はい?」

 俺は呆気に取られて車内を見回す。相変わらず運転席と助手席の間に置かれたカメラはまわっているようだが、おばちゃんも村篠さんも、こちらをにこりともせず見ていた。
「あの……ドッキリ――」
「そう思ってくれててもいいけどもぉ、ちょっと覚悟しときなさいよぉ、助手君」
 おばちゃんはそう言って、両手を組み合わせ人差し指でブリッジを作った。
「おい、美子、やんのか?」

 村篠さんが美子の事をマドモアゼルと言わない?
 急に心臓が速く打ち始めた。
 なにか――酷くマズい事になっていないか?

 美子を見る。
 彼女は俺をにらんでいた。
「いいわよ。やっちゃって」
 村篠さんがスマホを取り出す。
「で、まあ……そういう場所を潰す最速の方法ってのは、所有者に許可を取って――」
 村篠さんがスマホをタップした。ゴンッと重く大きな音が聞こえた。一瞬遅れて車が揺れ、同時にバババッとゲリラ豪雨が始まったような音が聞こえ始めた。窓の外を見ると、小石や木の枝が上から降ってきている。
「そういう場所を爆破するのよ」
「うおおおおおい!?」
 成程、森の奥の方から白煙が上がっている。
「いや……え? いいの? あの……」
「で、問題は、湧いた鬼が住処を奪われた場合どういう行動に出るかなのよ。規模が小さい奴ならぶっ壊された場所で一人寂しく勝手に消滅するんだけどね、規模がでかいとなると住処すみかを求めて動き回るわけ」
「す、住処って――新しい廃墟、とか?」
「鬼ってのは常に飢えてんの。滓が降り積もった場所が近くにあるなら、そこに棲みつくかもしれない。でも、ここらにはないの。しかも、あそこにいた鬼は『あんたを殺そうと』したでしょ?」

 俺は絶句した。
 つまり、さっきのあれはいわゆる『とり憑かれた』ってやつだったわけだ。

「真っ昼間にあんたを殺そうとした。つまり相当飢えてたわけ」
「で、でも、あそこは、その――」
 ごくりと唾を飲み込む。
「自殺の名所ってことで有名で、肝試しに来た人も結構いるんでしょう? だったら――」
 美子はにやりと笑った。
「肝試しってのは色々向こうの連中にも不利な面があるのよね」
「へ?」
「それに誰でも彼でもってわけにはいかないのよ。あれ――まあ、くびれ鬼だと思うけど――くびれ鬼とシンクロできる素質とか精神状態じゃないとダメなわけ」
「そ、それって……」
「あんたは思ったよりも素質があったわけよ」
「お、俺が霊能力者だって言いだすのかよ!?」

「あんたはエンパスよ」

「え、エンパス?」
「ちなみに本日、この山には私ら以外誰もおりません」
「…………え? それって、もしかしてヤバいんじゃ……」
「だから覚悟しろって、おばちゃんが言ったわけよ」
 カチリ、と村篠さんとおばちゃんがシートベルトを着ける。美子も俺を見ながらゆっくりとベルトを着ける。俺も慌ててベルトに手をかけた。

 ざざざざっという音が段々大きくなってくるのに気が付いた。

 風?
 窓から見ると、確かに木の枝が揺れている。ただし、俺達の乗る車の直線状だけだ。
 いきなり肩を掴まれシートに押し倒された。
「とっととベルト! おばちゃん、結界! 上!」
 美子の叫びと同時に車体がぐっと沈み、ついで揺れ出す。地震ではない。まるでカクテルシェーカーの中にいるような、容赦のない激しく乱雑な揺れだ。ベルトを着けていても窓ガラスに頭を数度打ち付け、たまらず両手で頭を抱える。
 ぎきゅっ、と金属が軋んだような音がした。反射的に窓の外を見る。巨大なきりのようなものが、鋭い先端をこちらに向け、窓ギリギリの所で震えていた。錐の根元は半透明になり虚空に消えている。
「な――なんじゃあこりゃあ!?」
「くびれ鬼の足よ。あたしら全員を車ごと潰して、あんたに憑依ひょうい……っていうより体を強引にねじ込んで新しい住処を探させるってとこかしら」
「こ、これが鬼……」
 錐は細かく震えながら窓に近づくが、やはり半透明の膜みたいなものに阻まれているらしい。
「凄いでしょ、おばちゃんの結界」
「……え!? へ? これ、おば――あ、あの……」
 絶句する俺におばちゃんが振り返る。相変わらず指を組み合わせ――印を結んでいた。
「助手君、何か言いたそうねぇ?」
 おばちゃんは額に汗が浮かんでいたが、微笑んでいる。俺はうんうんうんと頷く。が、あまりにも聞きたいことがありすぎた。なので、口からポンと飛び出したのは――

「あの……名前教えてもらっていいですか?」

 俺以外の三人が同時に吹き出した。特に美子は涙を流しながら笑っている。俺も釣られて笑ってしまった。
「ぶははははは! あ、あんた最高! クッソ最高! ほら、見てみなさいよ!」
 美子に促されて窓の外を見ると錐はずいぶん離れた場所で震えていた。
「あ、あれ? はなれて? はい?」
 美子は俺の肩をばんばんと叩いた。

「こういう連中は人間の『陽』の感情から出てくるエネルギーに弱いわけよ! だから肝試しってのは、こういう連中にとっては不利なわけ! そういうのって大体デートか、陽気な学生の集団でしょ? 陽キャは強いんだな、これが!」

 ああ、そういうことなのか。
「ってことで、ここでダメ押しよ!! ムラシー! ブツは持ってきてるわね!?」
「あっけどよ、毎度このくだりは使われてもモザイクだらけで音声もカットだろ? もうやんなくて良いんじゃねーの?」
「ええい、私がやりて―んだよ! さ、イダケン! タイトル読めぃ!!!」
 美子は座席の後ろの網ポケットからDVDを取り出すと、俺に手渡す。
「えーっと、『嬉し恥ずかし義母との一夜。ダメっ! 私たち親子なのよ!』……ってガッツリAVじゃねーかよ!?」
「イグザクトリーッ! では、再生!!」

 大音量である。
 山奥で、化け物に襲われながら大音量でAVである。

「な、なんなんだよ、これ!?」
 俺は声を張り上げた。ご丁寧にもいきなり本番シーンからの再生である。喘ぎ声の向こうから美子が腕組みでふふんと不敵に笑う。
「エロいでしょ!? 鬼の類はこういうのを見てる人の陽の気に弱いのよ! エロDVD見てる最中に怪奇現象にあったなんて話は聞かないでしょ!?」
「いや、それは恥ずかしいから言わねえだけだろ! ってか喘ぎ声とピストンがうるせえよ! そんなに嫌なら押しのけて風呂出ろよ!!」
「もう助手君は野暮ねぇ。モノが硬くて長くて振りほどけないってシーンなのよぅ?」
「うるせえよ、おばちゃん! ってか本名教えろよ!」
「あら!? 本名知ってどうする気ぃ!? まさかあたしを襲うの!? エロDVDみたいに!」
「あー、こいつの胸俺タイプだわ。イダケンちゃんはどうなの? もしかして貧乳派?」
「やかましいよ! あ、すいません村篠さん。でもですね、このような状況下でじっくりAVを鑑賞して胸の好みをつまびらかにするというのはいかがなものかと」
 ぎゃっはっはっはと美子は笑い転げ、スマホを取り出した。
「いやー、イダケン逸材だわ。参ったね、怖がらして辞めさせる気だったんだけど」
「は、はい!?」
 呆気にとられる俺をちらりと見ると、美子は画面をタップした。
 途端にゴンッと鈍い金属音がし、二度三度と車体が揺れた。
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