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第四章

その六 墓所:犯人

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 笑い続ける狂気に負けぬよう頭を振ると、マヤは吠えた。
「だから、世界中の人間を殺すって!? あの変なレコードとか、あたし達みたいなホムンクルスをいっぱい作って、世界中の人間をぶっ殺そうってのか!」

 残酷大公はふひゅっと口を尖らせ、エレベーターシャフトを上昇し始める。
「よく知っておるな! その通りだ。お前さえいれば、手段はいくらでもある。世界中が吾輩に協力してくれるのだよ。世界の自殺にな!」
 残酷大公は腹を抱えて笑いまくる。マヤは呆然とした。
「あ、あんたの目的を知れば――」

 ジャンが浮きながら、マヤに手を伸ばし、肩に触れた。
「だから、俺達の口を塞ぐつもりなんだよ。
 マヤ、考えてみろ。関係各位の資料が破棄したのは誰だ? 何故サラエボ事件が起きた? 各国にとって、こいつは俺と同じなんだ。依頼をしたら、何でもやってくれる便利な、ちょっと扱いにくい道具。だからご機嫌をとるのに皆必死だ」
 マヤが信じられない、という顔をした。
「じゃ、じゃあ、みんなが望んで戦争を起こすってのか!?」

 残酷大公が頭を振った。
「愚かなり! 
 貴様は世界の中で生きてきて、世界がまるで見えていない!
 世界は『欲』で動くのだ! 『食欲』!『性欲』!『物欲』!
 善行も奉仕も、『後ろめたさの解消』や『自己満足』という『欲』! 
 煎じ詰めれば『人』とは『欲』! 
 そして『戦争』は様々な『欲』が織りなす巨大な壁掛けのようなもの。『世界』という部屋には『戦争』という壁掛けが無ければ殺風景なのだ!
 これは吾輩の考えではないぞ。『人』がそう『考える生きもの』であるという厳然たる事実があるのだよ!」

 残酷大公は両手を広げた。その背後に石像の足が見え、ついで歓楽街の喧騒が聞こえてきた。
 三人は吹き抜けを上がっていくと、通行人が気付き、歓声や悲鳴が上がり始める。
「故に吾輩の商売は、客が切れることはない!
 最も、商売として、信頼を上げるのには苦労したのだ……。
 最初は――そう、洋上の船で実験をしたものさ。
 出力の調整が難しいのだ。強すぎれば受信機は即死し、弱すぎれば何も起こらない。
 酷い時など、受信機が発狂して乗員全てに怨念を注いでしまい、そろいもそろって海に飛び込んでしまった! 後に残るのは今さっきまで何事もなく食事をしていたテーブルの残る無人船だ。
 それを幽霊船と噂するのには笑わせてもらったがな! 貴様らも下衆な新聞で読んだであろう?」
 ジャンが小さく答える。
「メアリー・セレスト号事件か……」
 マヤはその幽霊船の事件を知っていた。確かコナン・ドイルがそれを題材にして短編を書いていたはずだ……。

 残酷大公は胸をそらした。
「今の精度に持ってくるのには数々の実験が必要だったが――あと一歩だ!
 娘よ! お前から発せられた怨念は、お前から作った『新型の妹達』が受信し、互いに共鳴し合い、『増幅』する! 
 今度は意図的に対象者は複数にする! 
 世界は暗殺されるのだ! 
 吾輩が求めたのは『受信機と完全に同調できるエネルギー源』!」
「それがあたしってわけか? は! 名誉なこった!」
 マヤの怒りに、残酷大公は笑いで返す。
「はっははははは! 試運転の日は近いぞ、娘よ! 
 次はインドに行かねばならん! 
 イギリスの依頼で、ガンジーとかいう男を殺さねばならんのだ! 塩がどうとかで逮捕されて獄中にいるのだ。そこでお前から作り上げたヴィルジニーを刑務所に十人送り込み、共鳴実験を行うぞ!
 興味深いであろう? 刑務所内で何人死ぬのか? 刑務所外では何人死ぬのか?」

 マヤは残酷大公を睨んだ。
「……あたしの母さんのことを聞かせろ」
 残酷大公はぽかんとした顔をした後、くだらんと手を振った。
「あの女は、吾輩の部下の一人だ。お前をサラエボに運ぶだけの仕事。だが、お前を連れ去った。恐怖したのかもしれんし、お前を売りとばすつもりだったのやもしれん」
「どれでもないと言ったら!」
「はん? 情が移った、という気か? 見ず知らずの造り物に情を? 
 はっはははははは! 滑稽だ! 
 心、などというものは幻想なのだぞ? 
 思考の過程で生まれる、微弱な乱れ、それだけにすぎんのだ! 
 一瞬の後に、心は様変わりする。だから我が師は人間に絶望したのだ! 
 ……とはいえ、吾輩は錬金術師。いずれ無から人間を造るつもりではあるので、興味深い事案ではあるのだがな」
 残酷大公は肩を竦めた。

「ふむ、今となっては、あの女を始末する前に、真実を聞いておくべきだったか――」

 ジャンはマヤの肩を掴んだ。マヤは残酷大公の言葉を理解するのに数秒かかり、こちらを見るジャンの目に、残酷な事実を確信した。
「お、お前……あたしの村で土砂崩れを――あれは、お前が……」
「ほほ! そう言えば言ってなかったか! 
 吾輩は裏切者を許さない。反逆者も許さない。
 だから、あの女は隠れた。
 だが、吾輩が本気を出せば、フランスなら三日もあれば何とやら、だ!
 しかし、だ。フランスの片田舎なぞ、吾輩の靴が汚れるだけである!」
 残酷大公はくしゃりと顔を歪めた。
「とはいえ、貴様がどの程度の力を獲得したかを見たくもあった。で、あるからして、貴様の村の某は、実にくだらんはした金で、あの崖を崩したのだ」
 残酷大公は両手で涙をふくような恰好をした。
「まっこと、人の心という奴は、醜く汚らわしい。欲欲欲! 薄汚い欲!」

 マヤは叫びながら空中で手足をばたつかせた。
「てめえええええええっ、ぶっ殺してやるううううう!!!」
「吾輩を殺すぅ? 体をすりつぶしても、瞬く間に復活してしまう吾輩を?」
 ジャンは笑った。
「哀れな男だ!」
 残酷大公の笑みが広がる。
「吾輩が哀れと?」
「そうさ! 確かにあんたは、不死身だ。だが、血清が無ければ、どうしようもないんだろう? すりつぶされて、みじめったらしく数時間震えてるだけなんだろう?
 え、どうだ、カリオストロ大公?」
 残酷大公の顔が固まった。ジャンは続ける。
「いやいや、サン・ジェルマンと呼ぶべきか? オプリヌスと言うのはどうかな? 名を変えながら生き続ける哀れな境界線に立つ化け物め。
 血清を止めて、火山にでも飛び込んで、人のように死ぬ勇気すらない、愚か者だよお前さんは」
「……言うではないか手品師。貴様は吾輩の事が理解できると?」
「できんね。したくもない。大体俺は自分の事もよくわからんのだから。ただ、今のお前さんは間違いなく屑だ!」
 残酷大公は手を振り上げた。マヤとジャンは上に吹き飛ばされた。
 ジャンは、マヤを抱き寄せると、手を翳し、ワイヤーを天窓にひっかけ、決闘場に着地した。
 続いて着地した残酷大公は、マイクを懐から出した。

『国民諸君! 及びお客人達! ようこそ、ソドムへ! 
 悲しいことに、我が国に対する反逆行為が発覚した! 
 その容疑者たちがこの二人だ。この者達はこの船を破壊しようと奔走したのである!
 嘆かわしいことだ! 
 吾輩は国王として、この者達に怒りを感じる! 
 処刑すべきであると考える! 
 だが、しかし!』

 残酷大公は派手な服を脱ぎ捨てた。フェンシングの試合で着るスーツに似たものが現れた。ただし色は真っ赤だった。

『吾輩は慈悲をくれてやることにした! 
 この者達は、決闘を吾輩に申し込んだ! 
 なれば吾輩は受けて立つ!』

 執事姿の男が長細い皮ケースを開け、片膝をつくと残酷大公に震えながら掲げる。
 残酷大公はそこから両手でレイピアを二本取り出すと、頭上にかざした。

『この剣を! この者達に与える! 
 これをもって吾輩を殺害せしめれば、この者達に自由を!!』

 歓声と野次が荒れ狂い、残酷大公は大いに笑った。

『さあ、薄汚い欲に狂う豚どもよ! 賭けよ! 賭けよ!! 賭けよ!!!』
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