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第四章

その一 墓所:アメリカはどうなったのか?

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 しばらく階段を下ると、闇の中、うっすらと船底が見えてきた。
 ひんやりとしながらも、ねっとりと絡みついてくる空気が漂っている空間に、ボンヤリとした照明に照らされた巨大な木箱が無数に積み重なって、何処までも続いている。

 マヤは自分たちの足音に違和感を覚えた。
「……なんか下がじゃりじゃり――床に土がひいてあるぞ?」
 ガンマがジャンの肩に飛び乗った。
「いやはや、汚れちゃって敵わないや。まったく……」
 マヤはごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あのさ! 吸血鬼の棺には土が必要ってストーカーの本で読んだんだけど……」
「あれは創作だ。
 ここに土が蒔いてあるのは――多分、魔力や霊力に対する、アースの為だろうな。海に流すと周りに配置した海魔が変容しちまう。だから、この土に流す。
 ただ、土の許容量を超えた場合、魔力はこの船底に溜まっていくだろうから、そんな中に一般人が踏み込んだら、幻覚の一つも見るだろうな」
「ああ、成程……じゃ、じゃあ、これだけの魔力を出すものが、この先にあるってこと?」
 マヤの質問にジャンは頷く。
「それって、人? 物?」
「わからん。だから確認する。手っ取り早く爆薬で吹っ飛ばしたい所だが――」
 ガンマが頭を振った。
「慎重に行動した方が良い。下手をすれば、連鎖反応を起こして、この船――いや、フランスの半分くらいが消し飛んでしまうかもしれない。アメリカの二の舞は勘弁願いたいなあ」

 マヤが首を傾げた。
「アメリカ? あれって地震で――」
 ジャンは歩を進めながら、髭をしごいた。
「いや、真相は違う。
 お前も妙だ、とは思ってたろう。あれだけ大きい北アメリカの半分が一夜にして海に沈んだ――そんな地殻変動があれば、ヨーロッパだってただじゃすまない。違うか?」
「えぇ~……震源が太平洋側だった、って新聞に書いてあったから、あたし信じてたんだけど、違うの?」

 ジャンは片眉を上げ、マヤの額を小突いた。マヤは口を尖らせ、頭をぶんぶん振った。
「まったく、お花畑なおつむだよ」
「お花畑で悪うございましたー。利口な利巧な手品師様、真実ってのを教えてくれますかー」
 ジャンはうーむ、と腕を組んだ。
「真実は誰も知らん。知ったならば――さて、どうなることやら……」
「……もしかして、残酷大公絡みなの?」
「いや、多分違う。
 ……五年前、一九二五年のことだ。お前は十二歳だった。何か、病気にかからなかったか?」
「五年前? そうだな…………あ! 三月に風邪ひいて、すごい熱が出たっけ……。
 そうだ! それで、熱がひいて学校行ったら、アメリカが沈んだって話になって――」
「三月の二十三日。南緯四七度九分、西経一二六度四三分。その位置で、ある船がある事象に出くわした……らしい。
 そして――伝聞だが――その事象から発生した強大な魔力は、北アメリカの半分をゴッソリと消滅させた。俺はその時、ロシアにいたが、瞬間、魔力探知機が吹き飛んだほどだ。世界各地の素養のある人間が人事不肖に陥り、そのうちの何割かは発狂、もしくはそのまま死んだ」

 マヤは言葉も出ない。
 ソドムに来て、世界の秘密を知ったと思っていたが、それが間違いだと判ったからだ。
「お前も知ってる通り、今、北アメリカ及び南アメリカは、色々な理由をくっつけて、渡航禁止だ。特に北アメリカは、どんな理由があろうとも近寄ること自体を国際連盟で禁止した。
 勿論、好奇心で調べに行く奴は後を絶たないが――奴等が帰国した、という話はまったく聞かない。
 だが、そんな場所から、あのラヴクラフトは生還したんだよ」
「え? でも、アメリカからの難民は大勢――」
「東海岸やカナダからは大勢いるさ。
 幸いワシントンも無事だったから、知っての通りアメリカはバチカンに臨時政府を置いている。
 だが、ラヴクラフトはその時、西海岸にいた。映画の撮影に参加していたんだ。
 あいつは、惨劇の様子を収めたフィルムを持って、イギリスに現れ――まあ、そのフィルムの中身を見た人間が漏れなく発狂したんで、それは永久封印になったって噂だが――ともかく、それを大英博物館に託すと、当局に拘束される前に消えた、という話だ」
「消えた?」
「ああ。鍵のかかった部屋から煙のごとくな」
 マヤはヨハンセンの家で、二人がいつの間にか部屋から消えていたのを思い出した。
「……それからだよ、あいつが俺達の世界で噂になり始めたのは。
 失われた聖遺物の回収に地下深くの遺跡に向かったら、先客としてあいつが先に居た。
 ドジを踏んで孤島に幽閉されたら、先客としてあいつが先に居た。
 何処にでも現われ、いつの間にかいなくなる。だから――」
「だから?」
「どうも人間ではないという噂が立っている」
 ジャンがさらりと言った言葉がすぐには理解できなかったマヤだったが、ラヴクラフトが手を差し出した時に感じた、あの何とも言えない嫌な感じが蘇ってきて、体が震えだした。ジャンが背中をさする。

「大丈夫か?」
「ああ……。握手しなくてよかったよ。で、あの人は、その――悪人なの?」
 ジャンは頭を振った。
「わからん。そんな奴ばっかりだ」
 ずっと黙っていたガンマがふすっと息を吐いた。
「見えたぞ」
 前方にうっすらと大きなものが見えてきた。近づくにつれ、マヤの視線が上がっていく。

 台座は巨大だった。

 下に来るにつれて裾が拡がっており、その表面には上で見えた禍々しい光が明滅している。近づくにつれ、その光は見たこともない文字であることが判ってきた。文字は、下に来るにつれ壁面にぎっちりと書きこまれている。
「見ろ。この足跡は――残酷大公だな」
 ジャンが指差す方に大きなブーツの跡があった。それは幾つもついていたが、ほぼ同じ場所に集中し、一本の道を作っており、一際土が盛られている場所に向かっていた。
 二人が土を踏みながら近づいていくと、盛り上がった土が固められてアーチ状になっているのが見えてくる。そしてその奥に、鉄の扉があった。
「……やっぱり鍵、かかってるよね?」
 マヤの発言に、ジャンが口を開け、マヤを見た後、扉を見た。
「……残酷大公が鍵をかける、か。想像できんな」
 ガンマがふすっ鼻を鳴らし、床に降り立った。そのまま壁に近づくと、じっと見つめた。
「ジャン、これは外側から壊せないね。魔術で幾層にもコーティングしてあるようだ。爆発物や銃弾、大砲の弾でも無理だろうね」
「となると、ぶっ壊すなら中からやるしかないってわけか……」
「できるかい?」
「火薬はある」

 ガンマは天井を見上げた。
「なら、ここは君達にお任せしよう。中に入れば、多分残酷大公に知られるだろう。
 となれば、最終局面が始まる。君達が、彼に勝つか負けるかそれは判らないけれども、どうせなら君達には憂いなく戦ってほしいからね、僕は策を実行すべく、裏方に専念するよ」
 そう言うと、ガンマは二本足で立ち、マヤに手を振った。
「では、マヤちゃん。縁があったらまた会おう……おっと、これはちょっとした違反行為なんだがね、一つ君に言っておこう」
 ガンマはばらりとほどけ、インドの奇術のように、するすると天井に登って行く。マヤは目を瞬かせ、それを見上げた。
 天井から、ガンマの声が降ってきた。

「マヤちゃん、君は君だ。いいかい、君は君なんだ。
 僕が僕であるようにね。僕はレオンハルト・ガンマ・オイラー以外の何者でもない。
 君も、マヤ・パラディール以外の何者でもないんだ……」
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