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第二章

その四 ソドム:マヤ、ヨハンセンにからかわれる

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「……ところでお嬢さん、一つ質問よろしいですかな?」
「はい? なんですか?」
「ジャン・ラプラスのことですよ。いつから、つきあっているのですか?」
「……はい? いや、ですから、あの、私達、そういう間柄では――」
 マヤの話を聞かず、ヨハンセンは馴れ馴れしく喋り出した。
「いえね、あれが前に来た時に、一週間ぐらい居て友人になったんですがね、人付き合いはいいが、自分のことを全然話さないうえに、気が付けば一人で寂しそうに煙草を吹かしたりしている。そんな男が今回はあなたの横にいて、あなたと腕を組み、私らが見たこともない、だらしない顔で笑っているときた!
 私らの間じゃ、すでに大ニュースでしてね~。私の妻もホッとした、な~んて言っておりまして!」
「……だらしない顔、してたかなあ? あの、本当にジャンさんとは――仕事でちょっと」
 ヨハンセンは驚いた顔になった。
「え? あ、こりゃ、しまった! 失礼な事を言ってしまって、てっきり――」
 マヤは何となく辺りを見回して、ヨハンセンに小声で聞いた。
「……ジャンさん、あたしといて嬉しそうに見えたの?」
 ヨハンセンは激しくうなずいた。
「あれは喜んでますよ! あいつはいい男ですよ。ふざけたことばかり言ってる皮肉屋ですが、頭もいいし手品の腕もたつ。面倒見が良くて責任感もある! そうでしょう?」
「ま、まあ……確かに色々凄くて、その……何となくですが、ちょっとだけ優しいかな……」
 ヨハンセンは更に激しくうなずいた。
「でしょでしょ! お嬢さん、さては気になってるが、口に出せないと見ましたが――じゃあ、定番のデートスポットを教えましょうか? 普通なら男の方から誘うもんですが、まあ、逆でもね! 思い起こせば私もそうでした。こんな腹ですからね! 子供の頃からそりゃあ、私は自分に自信が無かった! そんな私を強気な家内がぐいぐいと――」
 遠い目で語り始めるヨハンセンをマヤは慌てて遮った。
「いや、ほら、私たち昨日会ったばかりで、そんな――」
 ヨハンセンは更に驚いたように目を丸くした。
「昨日の今日で、そんな仲に!? これはもはや運命ですな!」
「い、いや、だーからー! 仕事でね? 大体二入で、ご飯を食べただけで――」
「なんと、もう二人っきりで食事をした!」

 ヨハンセンが口を丸く開け、こりゃ大変だと呟くのを目にし、マヤはジャンの『噂が立つ』という言葉を思い出した。
「と、とにかく、そのパンフレット貰っときます! あと、あたしとジャンさんは――友人だから! そ、そういうのじゃないんですよぉ!」
 マヤは激しく首をぶんぶん振りながら、あははと笑った。
 
 ……なんで、笑ってんだ、あたしは?

「これは大変失礼いたしました! お気に触りましたら謝ります。でもその、青天の霹靂と言いますかね、私の言わんとするところお判りでしょう? まさか、あいつに――」
「ちょっと待って! 『まさか』ってのは酷いんじゃないですか!? あの人は――ジャンさんは、その、ちょっと生臭いし、もったいつけた皮肉屋で、すぐに人の事を馬鹿にしますけど――」

 ドアがノックされた。ジャンの声がドアの外から聞こえた。
「マヤ、俺は片付けが終わったぞ。父親はそこにいるのか?」
「はへ!? いや、いない! あの、ロビーで待ってて! 着替えるから!」
 い、今のヨハンセンさんとの会話、聞かれただろうか?

 ヨハンセンはマヤをじろじろと見ていたが、うむ、と唸って静かに頭を下げた。
「では、私はこれで失礼いたします」
「あ、いえ、その、ありがとうございました」
「はは、お礼は結構です。それとジャンとなるべく一緒にいた方がよろしいですよ。これは真面目な話です。船内は危険な場所もありますからね」
 そう言うとヨハンセンはウィンクをして出て行った。

 真面目な話って……あのおっさん、やっぱあたしをからかってたのか……。
 マヤはのろのろとベッドに腰掛けるが、あまりの柔らかさに、ひゃあと悲鳴を上げた。あたふたとクローゼットに向かい着替えをしようとした。

 かたり、と音がした。

 振り返っても、誰もいない――が、窓が微かに開いていた。吹き込む潮風に、ベッドの天蓋が揺れ――何かが一瞬見えた。
 マヤはぎくりと体を硬直させた。
 真っ白な女性の影。だが、目を瞬かせると、勿論そこには何もなかった。風で揺れた天蓋の影――ヴィルジニーはいない。
 マヤは廊下に飛び出すと、叫んだ。
「ヨハンセンさん!」
 一瞬の間の後、ヨハンセンが廊下の奥から小走りに戻ってきた。
「如何なさいました、マヤ様?」
「実は父の他に、ある人を探しているんです!」
「え! わ、私は科学者なんて知りませんぞ!」 
「はい? いや、あれです、招待状のVって人! 多分ヴィルジニーって名前の女性なんですけど、お客か従業員でいませんか? 色白で、背が高くて金髪で――」
 ヨハンセンは腕を組んだ。
「う~~~む……名前が一致する人は、いないように思いますが、なんせお客様を含めると数が多い上に、長逗留している人は、髪を染めたりしますからなあ……。
 いや、いないな! うん、いないです!」
「確か、ですか?」
 ヨハンセンは頷いた。
「間違いなく。ヴィルジニーという名のお客様は現在は一人もおりません。私は結構な地位におりますからね! 勿論、偽名の類に関しては判りませんが……。
 ところで、従業員では、ヴィルジニーという女性は一人おります。ですが――」
「いるの!?」
「はい。けれども、老人ですな。執行部の部長です。招待状のVはそのかたかと」
「老人? じゃあ……あ! 下の、貧民街の方は?」
 ヨハンセンは眉をしかめた。
「タルタロスの事は判りかねます。残酷大公様ですら実情を把握しておられませんから」
「タルタロス?」
「下の渾名ですよ。何でもギリシアかどっかの神話からとったとか。ささ、早く着替えを。ジャンが待ってますぞ!」
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