2 / 62
序章
その二 ある村の全滅と一つの謎
しおりを挟む
アルバンは酒を飲む。
「でも、俺は逃げなかった。軍人だからな。それに誰か助けられるかもと思ったんだ。あれだけ戦争で酷い目にあって、何年も病院に入ってたのに、結局また飛び込んじまった。馬鹿だね。
まずは――そう、酒場に行ってみた。小競り合いはあそこでいつも起こるからな。上から見たら酒場はまだ明かりがついていたんだ。ところが……」
「どうしました? 何か見たんですか?」
アルバンは顔をしかめた。
「村の入り口に鉄柵があるんだが、その薔薇の飾りの上で青い光が揺れていた……」
「……ほう?」
「やはり、信じてないな? ならもっと信じられない事を言ってやる。
村に入ったら、そこら中の家の屋根付近や看板の上で青い光が揺れていたんだよ。
呆気にとられて、それを見てたら、何処かでまた銃声さ。それで正気に返ってな、薄気味の悪い町の中を、俺は酒場を目指し走った。で、飛び込んで、水をくれと叫んだが、誰も答えない。
仕方なく階段を上がって二階に行った……。
酒場の亭主とそのおかみさん、息子夫婦とその子供が死んでた。銃じゃなくてナイフだ。床も壁も血だらけさ。俺は一階に戻ると電話をかけた。駐在の所にかけたが繋がらないから、酔っ払いの引き取りを共同でやってる隣の村の警察にかけた。
寝ぼけた太ったおっさんが来るのに一時間。あれは人生で一番長い時間だったな」
「あなたが発狂して村民を皆殺しにした、という線は?」
アルバンは悲しそうに笑った。
「待ってる間に、それは俺も考えたよ。警官も最初はそう思って、俺に手錠をかけた。俺だってそうするからな。
ところが、かろうじて生きてる奴が一人いて、ああ、これは駐在のマーカスとかいう奴だったかな。これが死ぬ前に、病院の先生にやられたって証言した。
途端に俺は応援に格上げさ。警官の何とかっておっさんは、冗談かと思って一人で来たんだ。
震えてたな。
まあ、俺は漏らしちまったんだから、あいつの方が度胸はあったわけだ!」
アルバンはけっけっけと笑うと、再びぐびりと酒を飲んだ。
「それから二人で病院に行った。患者と看護婦が全員死んでた。刺されたり切られたり……子供をあんな風に殺すなんて……」
アルバンのぼんやりとした目は、遠くの惨劇を眺めていた。
「カーテンに血が飛び散っていて、色んなものが割れていた……あの野郎、途中で得物を変えやがった……でかい斧で殺して回ったんだ。
くそっ……俺がいれば……」
「他の家は見て回ったんですか?」
「ああ。どの家もダメだった。何しろ村で一人の医者だったからな。みんな家にあっさり入れちまったらしい。
悲鳴を聞いて駆け付けたらしい奴らが、裏口でまとめて殺されてるのも見た……。
村長も死んでた。なんと敵対してた大地主と一緒にな。あいつら実は仲が良かったんだな」
アルバンはボロボロと泣き出した。
「人間のすることじゃない……。
そこで俺は思い出した。
あの先生って奴は俺の前から村に住んでたが、やっぱり余所者でね。俺の見る所、居心地悪そうにしてたんだよ。一度風邪をひいて診てもらったが、ヘラヘラして卑屈に笑ってた。看護婦も馬鹿にしたような態度をしてた。ありゃ住民にいいようにこき使われて鬱憤がたまってたんだな」
「……で、その先生とやらは?」
アルバンは涙にぬれた夢見るような目で、うっとりと呟いた。
「自分の家の玄関で首を吊ってたよ……」
アルバンの独白が終わると、巨漢は大きく息を吐いた。そして懐から黒革の手帳を取り出すと何事か書きつけた。
「やれやれ……今までの事件と同じく酷いですなあ……それに、またも人魂とは……」
「……あんた、信じるのかい? 俺ですら信じてないのに……」
アルバンは疲れたようにそう言うと、枕に頭を沈めた。
「……どうだい、参考になった……かい、死神さん?」
「さてね……新聞の見出し記事以上の事はあまり聞けなかった、というのが本当のところです」
「新聞……あんた記者かい?」
「違いますよ。ふむ、少々お酒が過ぎたようですな。これは困った」
「……俺の事も新聞に書い……たのかい?」
巨漢はため息をついた。
「私は記者じゃないですよ。
まあ、どこぞの誰かが情報を垂れ流したんで、あなたの名前はもう有名になってますがね。『村民五十八人を殺害! 恐怖の殺人鬼アルバン!』てね」
アルバンは体を起こした。
「違う!」
巨漢は片眉を上げ、アルバンのベッドに紙包みを置いた。
「そうは言っても世間的に、あなたは殺人鬼ということになっておりましてね。
ああ、お隣の村の太った警官さんは、事故でお亡くなりになってしまいましてね。
わかりますでしょう? 当局は揉み消しに入ったようです。
アルバンさん、お話を聞かせてもらったお礼を差し上げましょう。その中に入っている鍵でここを出て、メモにある住所にいらっしゃい。命は助けて差し上げられますよ」
アルバンはギラギラとして目で紙包みをひっくり返すと唸った。
「猶予は?」
「五日です。おっと、その足では無理か――今、私と出ますか?」
アルバンは頷いた。
「頼む。これじゃ走れないからな。それとな、違うっていうのは、違うぞ」
「いや、あなたが犯人だとは……」
アルバンは頭を激しく振った。
「そうじゃない。あの村の村民は全員で五十八人だ」
アルバンは自分の胸に手を翳した。
「俺を入れてな」
巨漢は身を乗り出した。
「……一人多いと?」
「でも、俺は逃げなかった。軍人だからな。それに誰か助けられるかもと思ったんだ。あれだけ戦争で酷い目にあって、何年も病院に入ってたのに、結局また飛び込んじまった。馬鹿だね。
まずは――そう、酒場に行ってみた。小競り合いはあそこでいつも起こるからな。上から見たら酒場はまだ明かりがついていたんだ。ところが……」
「どうしました? 何か見たんですか?」
アルバンは顔をしかめた。
「村の入り口に鉄柵があるんだが、その薔薇の飾りの上で青い光が揺れていた……」
「……ほう?」
「やはり、信じてないな? ならもっと信じられない事を言ってやる。
村に入ったら、そこら中の家の屋根付近や看板の上で青い光が揺れていたんだよ。
呆気にとられて、それを見てたら、何処かでまた銃声さ。それで正気に返ってな、薄気味の悪い町の中を、俺は酒場を目指し走った。で、飛び込んで、水をくれと叫んだが、誰も答えない。
仕方なく階段を上がって二階に行った……。
酒場の亭主とそのおかみさん、息子夫婦とその子供が死んでた。銃じゃなくてナイフだ。床も壁も血だらけさ。俺は一階に戻ると電話をかけた。駐在の所にかけたが繋がらないから、酔っ払いの引き取りを共同でやってる隣の村の警察にかけた。
寝ぼけた太ったおっさんが来るのに一時間。あれは人生で一番長い時間だったな」
「あなたが発狂して村民を皆殺しにした、という線は?」
アルバンは悲しそうに笑った。
「待ってる間に、それは俺も考えたよ。警官も最初はそう思って、俺に手錠をかけた。俺だってそうするからな。
ところが、かろうじて生きてる奴が一人いて、ああ、これは駐在のマーカスとかいう奴だったかな。これが死ぬ前に、病院の先生にやられたって証言した。
途端に俺は応援に格上げさ。警官の何とかっておっさんは、冗談かと思って一人で来たんだ。
震えてたな。
まあ、俺は漏らしちまったんだから、あいつの方が度胸はあったわけだ!」
アルバンはけっけっけと笑うと、再びぐびりと酒を飲んだ。
「それから二人で病院に行った。患者と看護婦が全員死んでた。刺されたり切られたり……子供をあんな風に殺すなんて……」
アルバンのぼんやりとした目は、遠くの惨劇を眺めていた。
「カーテンに血が飛び散っていて、色んなものが割れていた……あの野郎、途中で得物を変えやがった……でかい斧で殺して回ったんだ。
くそっ……俺がいれば……」
「他の家は見て回ったんですか?」
「ああ。どの家もダメだった。何しろ村で一人の医者だったからな。みんな家にあっさり入れちまったらしい。
悲鳴を聞いて駆け付けたらしい奴らが、裏口でまとめて殺されてるのも見た……。
村長も死んでた。なんと敵対してた大地主と一緒にな。あいつら実は仲が良かったんだな」
アルバンはボロボロと泣き出した。
「人間のすることじゃない……。
そこで俺は思い出した。
あの先生って奴は俺の前から村に住んでたが、やっぱり余所者でね。俺の見る所、居心地悪そうにしてたんだよ。一度風邪をひいて診てもらったが、ヘラヘラして卑屈に笑ってた。看護婦も馬鹿にしたような態度をしてた。ありゃ住民にいいようにこき使われて鬱憤がたまってたんだな」
「……で、その先生とやらは?」
アルバンは涙にぬれた夢見るような目で、うっとりと呟いた。
「自分の家の玄関で首を吊ってたよ……」
アルバンの独白が終わると、巨漢は大きく息を吐いた。そして懐から黒革の手帳を取り出すと何事か書きつけた。
「やれやれ……今までの事件と同じく酷いですなあ……それに、またも人魂とは……」
「……あんた、信じるのかい? 俺ですら信じてないのに……」
アルバンは疲れたようにそう言うと、枕に頭を沈めた。
「……どうだい、参考になった……かい、死神さん?」
「さてね……新聞の見出し記事以上の事はあまり聞けなかった、というのが本当のところです」
「新聞……あんた記者かい?」
「違いますよ。ふむ、少々お酒が過ぎたようですな。これは困った」
「……俺の事も新聞に書い……たのかい?」
巨漢はため息をついた。
「私は記者じゃないですよ。
まあ、どこぞの誰かが情報を垂れ流したんで、あなたの名前はもう有名になってますがね。『村民五十八人を殺害! 恐怖の殺人鬼アルバン!』てね」
アルバンは体を起こした。
「違う!」
巨漢は片眉を上げ、アルバンのベッドに紙包みを置いた。
「そうは言っても世間的に、あなたは殺人鬼ということになっておりましてね。
ああ、お隣の村の太った警官さんは、事故でお亡くなりになってしまいましてね。
わかりますでしょう? 当局は揉み消しに入ったようです。
アルバンさん、お話を聞かせてもらったお礼を差し上げましょう。その中に入っている鍵でここを出て、メモにある住所にいらっしゃい。命は助けて差し上げられますよ」
アルバンはギラギラとして目で紙包みをひっくり返すと唸った。
「猶予は?」
「五日です。おっと、その足では無理か――今、私と出ますか?」
アルバンは頷いた。
「頼む。これじゃ走れないからな。それとな、違うっていうのは、違うぞ」
「いや、あなたが犯人だとは……」
アルバンは頭を激しく振った。
「そうじゃない。あの村の村民は全員で五十八人だ」
アルバンは自分の胸に手を翳した。
「俺を入れてな」
巨漢は身を乗り出した。
「……一人多いと?」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
要塞少女
水城洋臣
歴史・時代
蛮族に包囲され孤立した城を守り抜いた指揮官は、十四歳の少女であった。
三国時代を統一によって終わらせた西晋王朝の末期。
かつて南中と呼ばれた寧州で、蛮族の反乱によって孤立した州城。今は国中が内紛の只中にあり援軍も望めない。絶体絶命と思われた城を救ったのは、名将である父から兵法・武芸を学んだ弱冠十四歳の少女・李秀であった……。
かの『三國志』で、劉備たちが治めた蜀の地。そんな蜀漢が滅びた後、蜀がどんな歴史を辿ったのか。
東晋時代に編纂された史書『華陽國志』(巴蜀の地方史)に記された史実を元にした伝奇フィクションです。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
北宮純 ~祖国無き戦士~
水城洋臣
歴史・時代
三国時代を統一によって終わらせた晋(西晋)は、八王の乱と呼ばれる内紛で内部から腐り、異民族である匈奴によって滅ぼされた。
そんな匈奴が漢王朝の正統後継を名乗って建国した漢(匈奴漢)もまた、僅か十年で崩壊の時を迎える。
そんな時代に、ただ戦場を駆けて死ぬ事を望みながらも、二つの王朝の滅亡を見届けた数奇な運命の将がいた。
その名は北宮純。
漢民族消滅の危機とまで言われた五胡十六国時代の始まりを告げる戦いを、そんな彼の視点から描く。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】
みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。
曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。
しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして?
これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。
曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。
劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。
呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。
荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。
そんな謎について考えながら描いた物語です。
主人公は曹操孟徳。全46話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる