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序章

その二 ある村の全滅と一つの謎

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 アルバンは酒を飲む。
「でも、俺は逃げなかった。軍人だからな。それに誰か助けられるかもと思ったんだ。あれだけ戦争で酷い目にあって、何年も病院に入ってたのに、結局また飛び込んじまった。馬鹿だね。
 まずは――そう、酒場に行ってみた。小競り合いはあそこでいつも起こるからな。上から見たら酒場はまだ明かりがついていたんだ。ところが……」
「どうしました? 何か見たんですか?」
 アルバンは顔をしかめた。
「村の入り口に鉄柵があるんだが、その薔薇の飾りの上で青い光が揺れていた……」
「……ほう?」
「やはり、信じてないな? ならもっと信じられない事を言ってやる。
 村に入ったら、そこら中の家の屋根付近や看板の上で青い光が揺れていたんだよ。
 呆気にとられて、それを見てたら、何処かでまた銃声さ。それで正気に返ってな、薄気味の悪い町の中を、俺は酒場を目指し走った。で、飛び込んで、水をくれと叫んだが、誰も答えない。
 仕方なく階段を上がって二階に行った……。
 酒場の亭主とそのおかみさん、息子夫婦とその子供が死んでた。銃じゃなくてナイフだ。床も壁も血だらけさ。俺は一階に戻ると電話をかけた。駐在の所にかけたが繋がらないから、酔っ払いの引き取りを共同でやってる隣の村の警察にかけた。
 寝ぼけた太ったおっさんが来るのに一時間。あれは人生で一番長い時間だったな」
「あなたが発狂して村民を皆殺しにした、という線は?」
 アルバンは悲しそうに笑った。
「待ってる間に、それは俺も考えたよ。警官も最初はそう思って、俺に手錠をかけた。俺だってそうするからな。
 ところが、かろうじて生きてる奴が一人いて、ああ、これは駐在のマーカスとかいう奴だったかな。これが死ぬ前に、病院の先生にやられたって証言した。
 途端に俺は応援に格上げさ。警官の何とかっておっさんは、冗談かと思って一人で来たんだ。
 震えてたな。
 まあ、俺は漏らしちまったんだから、あいつの方が度胸はあったわけだ!」
 アルバンはけっけっけと笑うと、再びぐびりと酒を飲んだ。
「それから二人で病院に行った。患者と看護婦が全員死んでた。刺されたり切られたり……子供をあんな風に殺すなんて……」
 アルバンのぼんやりとした目は、遠くの惨劇を眺めていた。
「カーテンに血が飛び散っていて、色んなものが割れていた……あの野郎、途中で得物を変えやがった……でかい斧で殺して回ったんだ。
 くそっ……俺がいれば……」
「他の家は見て回ったんですか?」
「ああ。どの家もダメだった。何しろ村で一人の医者だったからな。みんな家にあっさり入れちまったらしい。
 悲鳴を聞いて駆け付けたらしい奴らが、裏口でまとめて殺されてるのも見た……。
 村長も死んでた。なんと敵対してた大地主と一緒にな。あいつら実は仲が良かったんだな」
 アルバンはボロボロと泣き出した。
「人間のすることじゃない……。
 そこで俺は思い出した。
 あの先生って奴は俺の前から村に住んでたが、やっぱり余所者でね。俺の見る所、居心地悪そうにしてたんだよ。一度風邪をひいて診てもらったが、ヘラヘラして卑屈に笑ってた。看護婦も馬鹿にしたような態度をしてた。ありゃ住民にいいようにこき使われて鬱憤がたまってたんだな」
「……で、その先生とやらは?」
 アルバンは涙にぬれた夢見るような目で、うっとりと呟いた。
「自分の家の玄関で首を吊ってたよ……」
 アルバンの独白が終わると、巨漢は大きく息を吐いた。そして懐から黒革の手帳を取り出すと何事か書きつけた。
「やれやれ……今までの事件と同じく酷いですなあ……それに、またも人魂とは……」
「……あんた、信じるのかい? 俺ですら信じてないのに……」
 アルバンは疲れたようにそう言うと、枕に頭を沈めた。
「……どうだい、参考になった……かい、死神さん?」
「さてね……新聞の見出し記事以上の事はあまり聞けなかった、というのが本当のところです」
「新聞……あんた記者かい?」
「違いますよ。ふむ、少々お酒が過ぎたようですな。これは困った」
「……俺の事も新聞に書い……たのかい?」
 巨漢はため息をついた。
「私は記者じゃないですよ。
 まあ、どこぞの誰かが情報を垂れ流したんで、あなたの名前はもう有名になってますがね。『村民五十八人を殺害! 恐怖の殺人鬼アルバン!』てね」
 アルバンは体を起こした。
「違う!」
 巨漢は片眉を上げ、アルバンのベッドに紙包みを置いた。
「そうは言っても世間的に、あなたは殺人鬼ということになっておりましてね。
 ああ、お隣の村の太った警官さんは、事故でお亡くなりになってしまいましてね。
 わかりますでしょう? 当局は揉み消しに入ったようです。
 アルバンさん、お話を聞かせてもらったお礼を差し上げましょう。その中に入っている鍵でここを出て、メモにある住所にいらっしゃい。命は助けて差し上げられますよ」
 アルバンはギラギラとして目で紙包みをひっくり返すと唸った。
「猶予は?」
「五日です。おっと、その足では無理か――今、私と出ますか?」
 アルバンは頷いた。
「頼む。これじゃ走れないからな。それとな、違うっていうのは、違うぞ」
「いや、あなたが犯人だとは……」
 アルバンは頭を激しく振った。
「そうじゃない。あの村の村民は全員で五十八人だ」
 アルバンは自分の胸に手を翳した。

「俺を入れてな」

 巨漢は身を乗り出した。

「……一人多いと?」
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