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4:アルカデイア バタク山周辺 弐

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〇ラキム村跡地
 オチーナに別れを告げると、エリットに挨拶をしに戻った。彼は私の顔を再びじろじろと見ると、声を潜めた。
『ラキムに行ってみな。あそこに今、狩人のギウスってのが勝手に居ついてる。この前来た時に二人で飲んだんだが、酔っぱらって、その――『妙』な事を言ってたような気がするな』
 『妙』な事とは、と質問をするとエリットは『さてね』と森の方を見た。
『あんたが本当に道化師かどうかは、知らねえが、まあ色々聞いて回りたいんだろうさ。となれば、ギウスの話はとびっきりかもしれんぞ。まあ酔っ払いのたわごとかもしれんがね』
 彼は腹が減ったら食えとさっきのパン料理をくれた。私はかなり気に入っていたので、嬉しくて厚く礼を言った。
 エリットは、変なやつだなと笑って手を振ると、農作業に戻っていった。

 コンシャマ村からラキム村跡地へは、森を迂回しながら進んだが、道が妙に整備されていたので意外に早く到着した。
 村の入り口に差し掛かると、煙が一筋立ち上っているのが見えた。
 相手は狩人であるから、広い道の真ん中を堂々と歩いて近づくと、中央の広場に禿頭の男がいるのが見えてきた。
 男は焚火たきびを前にして、肉をあぶっているようだった。
 挨拶をして、エリットの名を出すと、男はギウスだと自己紹介をし、困ったような笑顔を浮かべた。


 まあ、座りなよ。
 で、エリットの紹介ってことだが――
 ああ……うーん……それか……
(ギウスは禿げ上がった頭を撫で上げ、私をじろじろと見た)
 あんた、ただもんじゃないだろ?
 最近、妙な連中がうろついててさ、そういう連中と話したくないから、会わないようにしてたんだがな、こうも気配を殺して近づかれるとはなあ……いや、歩き方もね……俺は傭兵をやってたからな。手袋やらだぶついた服でごまかしているけどもさ、その獣みたいな力強さ――

(ギウスはふっと下を向いた。
 私は首をらした。
 同時に目の前に火の点いた枝が付きつけられる。ちりちりと顔に塗った白粉おしろい越しに熱が感じられた)

 ……避けられたか。
 勘が鈍ったか、あんたとの力の差か――まあ、仕方ないな。
 で、どうする? 俺を拷問して話させるか?

(私はギウスの手から枝をとると、ポケットから菓子を取り出し、枝につけ焼き始めた。ギウスは肩を竦め、ため息をついた)

 やれやれ……で、俺が酔っ払った時にエリットに言ったことだったか?
 ……最初に断っとくが、これを話したら俺はしばらく雲隠れするつもりだ。城が吹っ飛んだとはいえ、この国にとっちゃあ……まあ、ともかく話すぞ。

 大体、二年位前だったかな。
 俺は大物――かなり年をくったヤーグ熊を仕留めて欲しいと依頼を受けてな、バタク山の麓あたりをうろついてたんだ。
 それで、明け方、木の上で仮眠をとってたんだが、足音が聞こえてきたんだ。
 大勢さ。
 街道からは大分距離がある森の中に大勢の足音だ。
 亜人、しかも群れか、と俺は息を殺していた。すると、森の奥からカンテラの光が近づいてくる。最初は鬼火かと思ったよ。
 しばらくするとフードを被った集団が藪を切り開きながら進んでくるのが見えたんだ。
 小鬼の類じゃなく、人だ。
 となると妙だ。
 格好も妙だし、ここをうろうろしているのも妙だ。
 俺はお尋ね者でもなけりゃあ、密漁しているわけでもないが、ここで下手に声なんてかけようもんなら、面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。
 だから無視しようとしたんだが……

 ふっと血の臭いがしたんだ。

 おいおいまずいことになったぞと思ったね。
 薄闇に目を凝らすと、一番後ろの連中は、なにやら大きなそりみたいなものを引いている。
 ははあ、と。
 橇の上に乗っている大きな荷物から血の臭いがしているんだな、と。
 となると、この大勢の意味もちょっとは理解できる。

 橇は恐らく血の跡が付いている。だから、荷物を捨てる場所でばらすのに、ある程度の人数が必要なんだろう。
 こんな時間にこんな場所で、血の臭いのする荷物を運び、乗っていた橇をばらしてしまう。
 証拠隠滅だな。
 俺も傭兵時代に、村の虐殺の後始末を任されたことがあった。あれと同じさ。闇から闇へってやつだ。
 となれば荷物は、人間の死体か? いや、それにしちゃあ、荒縄で縛ってあってでかすぎないか? もしかして、獣、もしくは大きな亜人の死骸、いや、大勢の人の死体か? と俺は色々と妄想した。

 なんにせよ、ろくでもないに違いない。

 あんたは腕が立つ。となれば、俺と同じく戦場にいたこともあるんじゃないか?
 なら、余計な事に関わることは、命を縮める早道だってのは判るだろう?


(ギウスの言う理屈はよく判った。だが、ラダメスと私が戦場でとっていた行動は、正にその逆だった。
 だからラダメスは王になり、私は道化師になった。そしてギウスは今、猟師なのだろう)


 俺は、一層身を縮めた。まるで木のこぶみたいに小さく丸まったのさ。
 ところが、その集団、なんと俺の方に進んできやがった。
 見つかったのか、と焦ったさ。
 なら、先手を打つべきか。いや、しかし見つかっていないのなら、それは自殺も同然だ。
 俺は汗を流しながら、連中を観察した。
 藪を切り開いている先頭の数人の腕が、淡いカンテラの光で見えた。
 汚い服の袖に、垢ぎれした手、ゴミの詰まった爪とくれば、これは農夫だ。だが、そいつらの後ろにいる奴は、手甲をはめている。
 傭兵か、憲兵か、ちょっと金を持ってる盗賊団か。
 まあ、連中が俺の方に来たのは、実は当たり前なんだ。だって俺は藪の少ない移動しやすい所に陣取ってたんだからさ。それにようやく気が付いた時には、連中、木の下を通って、更に森の奥に進んでいくところだった。

 まずいかもしれん、と思ったね。

 下に来て確信したが、血の臭いが強すぎるんだよ。
 俺はただ仮眠をとってたわけじゃない。
 年寄りヤーグ熊の通る道にあたりをつけて、そこを見張ってもいたんだ。
 予感的中、しばらくすると悲鳴と獣の唸り声が聞こえてきた。
 加勢するか?
 いや、下手をうてば、熊だけじゃなくフードどもも相手にしなくちゃならなくなる。耳をすませば、聞き慣れた剣と鎧と肉がぶつかる音まで聞こえ始めてたからな。
 俺はのんびりと待ったよ。
 しばらくすると、命からがらって感じのフードどもが走って木の下を通り過ぎて行った。数がかなり減っていやがった。
 俺は、連中が見えなくなり、お天道様が少し昇るまで待って、木を降りた。強烈な血の臭いが漂っている。これは間違いなく人の血の臭いだった。
 足音を殺して、連中がかき分けた藪を進むと、少し開けた場所に出た。
 ヤーグ熊はいなかったよ。深手を負ったらしいのが血の跡でわかったんで、追跡して三日後に仕留めたんだが、無傷のあいつとやりあってたらと思うと、今でも足が震えるね。
 人の死体は――多分七体あった。食い散らからされてたんで正確な人数は判らなかったが、ともかく頭は七個あったよ。
 俺はそれらを観察していった。生き残ったフードどもは間違いなく戻ってくるからな。足跡も残さないように血だまりは避け、手早く見て回った。
 そうしたら――知ってる奴がいた。


(ギウスは両手を広げて、私に微笑んだ。
 成程、そういうことか、と私はすぐに悟ったが、しばらく考えるふりをして、この村の人間かと聞いた。)


 当たりだ!
 まあ、面識はなかったがね。そいつがチーズを町の酒場に運んで来た時、行商の男と話してるのを立ち聞きしてね、この村の奴だって知ってたってわけさ。
 さて、俺はどういうことだと他の死体も見て回った。急いで離れたかったが、爪跡や噛み傷、糞から熊の事を知るために必要だったし、正直好奇心をくすぐられたんだ。
 で、まあ……。


(ギウスは煙草を取り出すと、小さくなった焚火で火を点け、口の端に咥えた。
 私にしばらく目をやると、なんで道化師なんだ? と小さく言った。
 私はしばらくギウスを見つめ、さあな、と短く答えた)


 ……そうかい……で、まあ死体のうち二つは騎士だったんだ。
 ん? それを聞くのか?
 そうだな……アルカデイア騎士団の紋章らしいのが見えた気がするが――まあ、よく判らんな。うん、もう二年も前だから記憶が曖昧でね。
 さて、俺は目の端にずっとあったものを、そろそろじっくり見るかと腰を浮かした。
 連中が運んできた荷物さ。
 荒縄が千切られ、袋はズタズタになってた。で、……そいつの上半身が外に飛び出してたんだよ。あの年寄りヤーグ熊、あの場にあった肉は全部自分の物だって思ったんだろうぜ。欲深いこった。

 ……でかかったな。
 キメラって奴だろうなってのは噂を聞いてたから、すぐに思いついた。
 どんな風だったか?
 そりゃ一言でいうのは難しいが……まず顔だな。山羊と虎の顔が、こう……飴細工あめざいくみたいに溶けてくっついたような感じだった。それが熊にかじられたのか、喉の所で千切れそうになってぶらぶらと揺れてた。
 その傷口が黄色みがかってたから、キメラの死因は恐らく毒殺だろうな。だから俺があの年寄り熊に追いついた時、やっこさんふらふらだったんだろうな。例えばノギの葉をせんじた毒は、熊も間違って食うって言うじゃないか。
 で、キメラの体だが、狼のようだった。だけど毛の色が薄い緑色でね、しかも固くてうろこみたいに見えたんだよ。いや、触りはしなかった。気持ち悪かったからな。
 そして――前足なんだが――その――人みたいだったんだよ。
 毛が手の甲までぎっしり生えた、まるで毛むくじゃらの人みたいな大きな手で、それが鍵状に曲がってて、やけにつるんとした爪があって――――


(ギウスはそのまま黙ると、しばらくして掌で額を一度打った。ぼくりといい音がしたそこは、汗に濡れたいた。
 彼は、話は終わりだと立ち上がり、煙草をふかしながら、ぶらりと森に入り、そのまま戻ってこなかった)



〇ラキム村跡地 夕方まで

 私は焚火に土をかけて消すと、ラキム村を見て回った。
 バタクの風亭にいたヨムドの話では、二年前、この村の住人は忽然と姿を消した。
 成程、荒廃しているが、確かに突然生活を断ち切られた――いや、有無を言わさず連れ去られたと言った方が良いようだ。例えば、ある家では床下に寝具一式が積められた鞄があり、ある家では寝床に子供が遊んでいた人形がそのまま投げ出されている。

 キメラはいた。
 だが、生きているキメラを見たのは、誰もいないようだ。
 見つかるのはいつも死体だ。 
 そしてギウスの話では、この村の住人がキメラの死体の遺棄に関わっていた。そしてそれには、どうやらエーデル王配下の騎士団も関わっていたようだ。
 そして、ラダマンディスの部下は『キメラのような魚』に、エーデル城内で襲われた。
 ということは、普通に考えるならば、エーデル城内でキメラに関する実験を行っており、そこでできた死体を森の奥に捨てていた。
 そしてエーデルは、その死体を利用して国民に恐怖を与え、行動を制限していた。


 例えば、バタク山に近寄らせないような……。


 すると、ラキム村の住人が消えたのは事故のようなものだったのであろうか?
 今となっては詳細は判らないが、遺棄に関してラキムの村民を雇ったのは、やむにやまれぬ事情があったのだろう。雇った村民たちを最終的にどうするつもりだったのかは判らないが、金を掴ませただけでは口に戸は立てられない。
 恐らくは橇と一緒に始末するつもりだった。そして死んでもいいような、後腐れのない村民を選んだのだろう。
 だが、ヤーグ熊の襲撃で、状況は一変。
 結果、村民全員の口をふさぐことになった……。

 ここに勇者も絡むのだろうか?
 勇者はバタク山に住み着いた、大キメラの討伐に向かったという。
 確かにアーダインが目撃したように、バタク山には巨大な何かがいる。しかし、それは今までの流れで考えるならば、『誰も近づけないようにしたバタク山』に『エーデルがかくまっていた存在』なのではないか?
 そいつと勇者を戦わせる?
 エーデル城が消えなかったら、この話には続きがあったのだろうか?

 何にせよ、エーデル城無き今、答えはバタク山にあるのかもしれない。
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