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第二章 私と618

5:到着 六月二十五日、午前八時四十分から、六月二十五日 昼 十二時半辺り 1

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 アラームメールが届いたのは、六月二十五日、午前八時四十分。私は自宅で朝食をとりながら、テレビを見ていた。

 地方に移動を開始したとはいえ、ゾンビは都内にまだ100万体近く残っていた。更に、数が減ったという情報を得た人達、及び兵糧が尽きた人達が外に飛び出し、新たなゾンビとして追加されてしまうという悪循環が発生。
 また、後述するが、下町等で黒煙が上がり、消防等が正常に稼働しない為、大火災が予想される状況にあった。
 つまり、未だ都内の混乱は収まっていなかったのである。

 故に、中継は相変わらず屋内からの俯瞰映像で、変わり映えがしなかった。(前述のロメロ先輩絡みで、殆どの人間が、ネットの動画を視聴していた事も加わって、この時期のテレビ視聴率は極端に低かったという)

 アラームメールには、『○○町で、一体確認』と記されていた。
 私は準備しておいた、リュックを掴み、ここ数日、何度も袖を通してきた作業着に着替えると、対策本部へ出発した。
 同時に、妻は近所の人達と共に、避難所に向かった。
 彼女は、当初、高層マンションに避難する予定であった。飲料水と食料を確保し、階段とエレベーターを封鎖すれば強固な要塞になると考えられたからだ。
 だが、脱出経路が皆無という点が問題視され、避難所は『見通しの良い公園』になった。狭い場所は、個人で立てこもるには最適だが、大勢となると、見張りを高所において、常に逃走経路を確保できる事こそが重要となる。
 重ねて言うが、前述の通り、『逃走』こそが、重要なのだ。

 対策本部は、妙に静まり返っていた。
 テーブルに拡げた地図に、淡々と確認されたゾンビの数を書き、それをデータとして、各部署に送信していく。後で聞いた話だが、作業の単純かつ簡単さに、不安を煽られた人が大勢いたそうだ。 

 XとZがいた。Zは書類を整理しながら、私にウィンクしてみせた。


 私はテーブルに近づき、地図を眺めた。
 県坂に流れる川沿いに、幾つもの丸が描かれ、数字が記入されていた。
 川沿いに現れたゾンビは、合計で百体弱。
 私が顔を歪め、Zを見ると、彼は困ったような笑みを浮かべている。

 ゾンビが百体。
 県境を巡回している警官隊は、約千人。
 いけそうな気はするが……しかし、百は多い気がする。

 Xが近づいてきて、私の肩を叩いた。
「百体は多いって考えてたか? それどころじゃねーぞ」
「と、いうと?」
「『群れ』の本体が、四号線を北上してたろ。あれが、ついに県境を超えたんだわ」
「ああ、ゾンビ予報で、最低でも数百って言ってたあれか……。つーことは、野本木町か?」
「あの辺りだ。見張りから報告が二十三件上がってきた。んで、できるだけカウントしてもらってるんだが、多すぎて数え切れないそうだ」
「……見渡す限りゾンビか」
「まあ、そうだろうな。見張りは早速避難したが――下手すりゃ、数百どころか、数千ってレベルかもしれねえ。コミケの行列も真っ青だ」
「ひでえ、例えだな。で、最初のアラームのあれは?」
「『はぐれ』だよ。県境に川が流れてるだろ。八時半辺りに、あれを渡ってきた奴らがいた。数は十二体。ただ――途中で流されたのがいたらしい。隣県及び下流の地域には通達積みだ」
「その後もその川を?」
 Xはうんうんと頷いた。
「続々と川から上がってきて、今百体弱。流されてるのは何体いるのか判らん。で、『はぐれ』がその数なら、本体は――って話なわけだ。万はいないと思うんだがな」
 私は大きく息を吐いた。 
 地図の数字を見た時は、動揺したように思うが、今は奇妙な事に、落ち着いていた。
 むしろ――やっとか――と思ったぐらいである。

 ちなみに、この後、我々が相対した、ゾンビの正確な数は永遠に判らずじまいになる。



 Zが立ち上がると、よしっ、それじゃあそろそろ始めましょうか、と穏やかに言った。


 実はこれ、『掃討作戦を開始する』という号令だったのだけれども、『そろそろお昼にでもしますか』的なのんびりした口調だったので、すぐに返事をしたのは、彼の秘書の黒縁眼鏡の女性のみであった。私とXも互いに顔を見合わせて、それから、おお、と返事をしたくらいである。

 かくして、その場にいた人間は、徐々にそわそわしながら、各所に掃討作戦開始の通達を伝え始めた。
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