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第四章:黒い花
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御霊桃子は真っ黒な舌らしき物体を、べろりと出してみせた。
「ほらほら、刺しなさいよ! ほらほらほら~」
お望み通り、刺してやるよ、このクソ女!
「だから、やってみろって言ってんだろ、このボケェ! ほら、来いよぉ!!」
「お取込み中失礼しますよ」
コンコンと窓が叩かれ、顔を突き合わせていた御霊桃子とあたしは揃ってそちらを見た。
運転席側のドアの外に真木が立っていた。
眼帯を外し、その真っ黒な瞳で珍しそうに御霊桃子を眺めている。御霊桃子がさっと窓から距離をとった。
「……な、なんだその目は?」
ん? 動揺してる?
「どうも、一之瀬裕子さん。僕は真木悟郎と申します。
いやあ、先程から車の中の会話を盗聴させていただいておりましたのですが、まあ不毛な煽り合いで、聞くに堪えないので、お邪魔しに参りました。
感動の姉妹対決を邪魔して申し訳ありませんですなあ。
あ、京さん――」
世間話をするような調子で真木が顔を窓に近づける。それ以上近づくんじゃねえ、と御霊桃子は叫んだ。と、体の拘束がふっと緩む。
「報告なんだがね、朝霧未海とその母親を保護したよ。口には出せない部隊のお二人が頑張って運び出したのだ。朝霧未海の方は、症状が回復傾向にあるようで、しかも意識もあるのでね、自分で歩けたようだ。
というわけで、そろそろ終わりにしようと思うのですが――覚悟はよろしいですかな、一之瀬裕子さん?」
御霊桃子がぎくりと体を震わせ、ついで腕の目があたしを一斉に見た。
だが、遅い。一瞬遅い。
あたしは腕を払い落すと、拘束を振り払う。
「お前っ」
振り返る御霊桃子。杭を構えるあたし。
今、やる!
あたしの命なんかどうなったっていい!
車の鍵は刺さりっぱなしだから、さっきのプランだって不可能じゃ――
その時、真木が窓にある物を押し付けるのを、あたしは見た。
は? なんだそれ――
「……マヨネーズ?」
再び真木の方を向く御霊桃子。
ああ!
雷が頭の中に落ちる。御霊桃子の腕が再びあたしに絡みつく。だが、あたしはダッシュボードに蹴りを入れて、ラジオを点けた。
そして――
『唱えた』。
たちまち、あたしと御霊桃子の心の声が、雑音混じりで聞こえてきた。
『――マヨマヨマヨマヨなんだマヨマヨマヨなんだこれマヨマヨお前の負けだマヨこの馬鹿マヨマヨオーイエマヨマヨ』
「おい」
あたしの声に御霊桃子と、彼女の腕に湧きだした目がこちらをぐりっと向く。
「なんであの子をいたぶった?」
『それはマヨマヨあたしのマヨマヨマヨ昔のマヨマヨ弱々しい霊能力マヨマヨオーイエあたしの子供の頃にマヨマヨ似て――』
「やめろぉぉおぉぉぉ!!!」
御霊桃子は文字通り比喩でも何でもなく、体を広げると、あたしに覆い被さろうとした。
『よし、お前の負けだ』
あたしは拡がって刺しやすくなった体に杭を叩きこむ。御霊桃子は信じられないという顔をした。彼女の全身が泡立ち、崩壊が始まる。
『お前、自分が何をしたか――』
あたしは足を振り上げ――
「だから……お前の負けなんだよ!」
あたしの叫びに、真木は嬉しそうに野町さんと香織さんに叫んだ。
「上空! 射撃用意ですよ!」
御霊桃子は全てを悟った表情を浮かべた。脱出しようとドアノブに手を絡める。だが、あたしの蹴りは座席の間の『あのレバー』を蹴り倒していた。
爆発音。顔に飛び散ってくる何か固い金属片。むっとするような暑さの外気が流れ込んでくる中、上を見上げると、御霊桃子は座席ごと遥か上空に打ち上げられていた。
あたしはすぐさまドアを開けると外に転がり出す。
どっと疲れが襲ってきて、アスファルトに餅のように伸びてしまった。
「撃てぇっ!」
野町さんの号令と共に発砲音が木霊する。上空で何かが開いた。
パラシュート?
いや、それだけじゃない。
御霊桃子だ。銃撃で震えながら、杭で崩壊しながら、ボロボロに崩れながら、体を大きく薄く、どんどん開いていく。
『屑どもめ! 消え失せ――』
轟音と共にあたしの顔に横から風が吹き付け、ついで御霊桃子の顔が粉々に吹き飛んだ。
見れば、いつの間にか香織さんが、でかいランチャーを構えていて、そこから煙が一筋漂っている。
「めーいちゅ~」
場違いすぎる香織さんの声に、あたしはふへっと笑いが漏れる。
頭を失った御霊桃子の体は、そこを中心に渦を巻くように捻じれ、ぼこぼこと泡立つような音を立てながら膨らみ始めた。
「あれを見ろ! 爆発するぞ! 全員伏せろぉ!」
野町さんの声にアスファルトに突っ伏すあたし達。だが、真木は腕を組んだまま空を見上げていた。
「先輩! おい、先輩!」
反応が無い!
ぼうっと口を開けて、空を見続けている!
やっぱりか!
真木の脳と目も、『帰りたがってる』のか!
あたしは立ち上がると真木の方に一歩踏み出そうとした。その時、視界の端にふらふらと歩く影が見えた。
未海ちゃん!?
なんで、あの子がここに、という疑問よりも早く、あたしは彼女に向かって走り出した。
未海ちゃんも、ぼうっとした顔で空を見ている。
ぼばっと汚らしい音がして、空が裂けた。
そこに真っ黒な球――いや、立体というよりは平面に見える『黒い丸』としかいいようのない物が出現した。丸を中心に墨みたいに真っ黒い雲のような物が四方に拡散を始める。
それは、かなりの速度で下降しつつあった。
ああ、これは――
やっぱり、あたしが夢で見た、あの墨みたいに真っ黒い雲――
バキバキという音ともに、周囲の家屋の二階部分や電柱の上の部分が飲みこまれる。あたしの耳に御霊桃子の笑い声、そして多分悲鳴が聞こえた。
しゅっしゅっしゅっという音が聞こえ、目の前で小さな砂が浮き上がり始めた。空気も上に吸い上げられていくようだ。
ゴミボックスの蓋がガンガンと音を立て、電線が唸りをあげて揺れている。
「ほらほら、刺しなさいよ! ほらほらほら~」
お望み通り、刺してやるよ、このクソ女!
「だから、やってみろって言ってんだろ、このボケェ! ほら、来いよぉ!!」
「お取込み中失礼しますよ」
コンコンと窓が叩かれ、顔を突き合わせていた御霊桃子とあたしは揃ってそちらを見た。
運転席側のドアの外に真木が立っていた。
眼帯を外し、その真っ黒な瞳で珍しそうに御霊桃子を眺めている。御霊桃子がさっと窓から距離をとった。
「……な、なんだその目は?」
ん? 動揺してる?
「どうも、一之瀬裕子さん。僕は真木悟郎と申します。
いやあ、先程から車の中の会話を盗聴させていただいておりましたのですが、まあ不毛な煽り合いで、聞くに堪えないので、お邪魔しに参りました。
感動の姉妹対決を邪魔して申し訳ありませんですなあ。
あ、京さん――」
世間話をするような調子で真木が顔を窓に近づける。それ以上近づくんじゃねえ、と御霊桃子は叫んだ。と、体の拘束がふっと緩む。
「報告なんだがね、朝霧未海とその母親を保護したよ。口には出せない部隊のお二人が頑張って運び出したのだ。朝霧未海の方は、症状が回復傾向にあるようで、しかも意識もあるのでね、自分で歩けたようだ。
というわけで、そろそろ終わりにしようと思うのですが――覚悟はよろしいですかな、一之瀬裕子さん?」
御霊桃子がぎくりと体を震わせ、ついで腕の目があたしを一斉に見た。
だが、遅い。一瞬遅い。
あたしは腕を払い落すと、拘束を振り払う。
「お前っ」
振り返る御霊桃子。杭を構えるあたし。
今、やる!
あたしの命なんかどうなったっていい!
車の鍵は刺さりっぱなしだから、さっきのプランだって不可能じゃ――
その時、真木が窓にある物を押し付けるのを、あたしは見た。
は? なんだそれ――
「……マヨネーズ?」
再び真木の方を向く御霊桃子。
ああ!
雷が頭の中に落ちる。御霊桃子の腕が再びあたしに絡みつく。だが、あたしはダッシュボードに蹴りを入れて、ラジオを点けた。
そして――
『唱えた』。
たちまち、あたしと御霊桃子の心の声が、雑音混じりで聞こえてきた。
『――マヨマヨマヨマヨなんだマヨマヨマヨなんだこれマヨマヨお前の負けだマヨこの馬鹿マヨマヨオーイエマヨマヨ』
「おい」
あたしの声に御霊桃子と、彼女の腕に湧きだした目がこちらをぐりっと向く。
「なんであの子をいたぶった?」
『それはマヨマヨあたしのマヨマヨマヨ昔のマヨマヨ弱々しい霊能力マヨマヨオーイエあたしの子供の頃にマヨマヨ似て――』
「やめろぉぉおぉぉぉ!!!」
御霊桃子は文字通り比喩でも何でもなく、体を広げると、あたしに覆い被さろうとした。
『よし、お前の負けだ』
あたしは拡がって刺しやすくなった体に杭を叩きこむ。御霊桃子は信じられないという顔をした。彼女の全身が泡立ち、崩壊が始まる。
『お前、自分が何をしたか――』
あたしは足を振り上げ――
「だから……お前の負けなんだよ!」
あたしの叫びに、真木は嬉しそうに野町さんと香織さんに叫んだ。
「上空! 射撃用意ですよ!」
御霊桃子は全てを悟った表情を浮かべた。脱出しようとドアノブに手を絡める。だが、あたしの蹴りは座席の間の『あのレバー』を蹴り倒していた。
爆発音。顔に飛び散ってくる何か固い金属片。むっとするような暑さの外気が流れ込んでくる中、上を見上げると、御霊桃子は座席ごと遥か上空に打ち上げられていた。
あたしはすぐさまドアを開けると外に転がり出す。
どっと疲れが襲ってきて、アスファルトに餅のように伸びてしまった。
「撃てぇっ!」
野町さんの号令と共に発砲音が木霊する。上空で何かが開いた。
パラシュート?
いや、それだけじゃない。
御霊桃子だ。銃撃で震えながら、杭で崩壊しながら、ボロボロに崩れながら、体を大きく薄く、どんどん開いていく。
『屑どもめ! 消え失せ――』
轟音と共にあたしの顔に横から風が吹き付け、ついで御霊桃子の顔が粉々に吹き飛んだ。
見れば、いつの間にか香織さんが、でかいランチャーを構えていて、そこから煙が一筋漂っている。
「めーいちゅ~」
場違いすぎる香織さんの声に、あたしはふへっと笑いが漏れる。
頭を失った御霊桃子の体は、そこを中心に渦を巻くように捻じれ、ぼこぼこと泡立つような音を立てながら膨らみ始めた。
「あれを見ろ! 爆発するぞ! 全員伏せろぉ!」
野町さんの声にアスファルトに突っ伏すあたし達。だが、真木は腕を組んだまま空を見上げていた。
「先輩! おい、先輩!」
反応が無い!
ぼうっと口を開けて、空を見続けている!
やっぱりか!
真木の脳と目も、『帰りたがってる』のか!
あたしは立ち上がると真木の方に一歩踏み出そうとした。その時、視界の端にふらふらと歩く影が見えた。
未海ちゃん!?
なんで、あの子がここに、という疑問よりも早く、あたしは彼女に向かって走り出した。
未海ちゃんも、ぼうっとした顔で空を見ている。
ぼばっと汚らしい音がして、空が裂けた。
そこに真っ黒な球――いや、立体というよりは平面に見える『黒い丸』としかいいようのない物が出現した。丸を中心に墨みたいに真っ黒い雲のような物が四方に拡散を始める。
それは、かなりの速度で下降しつつあった。
ああ、これは――
やっぱり、あたしが夢で見た、あの墨みたいに真っ黒い雲――
バキバキという音ともに、周囲の家屋の二階部分や電柱の上の部分が飲みこまれる。あたしの耳に御霊桃子の笑い声、そして多分悲鳴が聞こえた。
しゅっしゅっしゅっという音が聞こえ、目の前で小さな砂が浮き上がり始めた。空気も上に吸い上げられていくようだ。
ゴミボックスの蓋がガンガンと音を立て、電線が唸りをあげて揺れている。
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