偽物の僕は本物にはなれない。

15

文字の大きさ
上 下
16 / 21

16.

しおりを挟む
彼方や色んな人から逃げて、2ヶ月が経とうとしていた。
そんな僕は今ーー

「大和くん、これもお願いしていいかな?」
「あ、はい!」
「いやぁ、大和くんが来てくれてからウチは大助かりだよ。是非ともこのまま就職して欲しいなぁ!」
「あはは、お世辞はいいですよ。ありがとうございます」
「お世辞なんかじゃないけどな…手強い」

奏多さんの職場でアルバイトをしている。
アルバイトと言っても、やる事は極々簡単な作業だけれど楽しくて僕は毎日笑っていられる。
職場の人も皆明るい人達ばかりで、奏多さんには感謝しかない。

あの日…彼方の前から消えた日。
僕が思わず縋ってしまったのは奏多さんだった。
奏多さんからの電話に泣きながら出てしまって、心配した奏多さんに良ければウチに来ないかと誘いを受けなんやかんやと言いつつ言葉に甘えてしまった。

だけど僕は時々考えてしまう。
こうやってこのままみんなに甘えてばかりでいいのだろうか、と。
勿論ダメな事も分かっているけど、まだ自分一人だけになるのは、怖い。

「…大和くん、今日の夜暇かい?」
「へ?そう、ですね…特に予定は入ってないです。何かありました?」
「やっと落ち着いたからね。折角だし大和くんの歓迎会をしようって話してて」
「ぼ、僕のですか!?でも僕はただのアルバイトで…」
「いいからいいから!じゃあ今日は大和くんの歓迎会だ!」

奏多さんにそう言い切られてしまっては僕はもう首を振る事は出来なくて、その夜みんなで居酒屋に来ていた。

「ふぅ…暑い…」
「大和くん大丈夫か?少し、外に出よう」
「すみません…」
「はは、いいんだよ」

ちょっと出てくる、と近くにいた人に告げて奏多さんと2人外に出る。まだ少しひんやりとした風が暑い頬に当たって気持ちいい。

人通りは少なく辺りはシンっと静まり返っている。
…こんなに静かなのにここに居酒屋があって、クレームがきたりはしないんだろうか。と疑問に思ったけれどお酒の入った頭では深く考える事が出来ず、すぐに消えていった。

目を閉じて涼んでいると奏多さんが僕の隣に腰を下ろした事が気配でわかった。…付き合わせてしまって、悪いことしちゃったな。
先に戻ってもいいですよ、と伝えようとした時不意に唇に柔らかい何かが触れ、驚いて目を開けると視界一杯に奏多さんの端正な顔が広がっていた。

「…ごめん」

それは、何に対してのごめんですか…。
そう聞きたいのに混乱している僕は言葉にする事が出来ずはくはくと口を動かすだけだった。
そんな僕を見て奏多さんは小さく笑うと僕を抱きしめた。

「か、奏多さんっ」
「…大和くんが、好きだ。…付き合って欲しい…」
「ぅ、あ…!?」
「…ずっと、好きだった。今でも好きだ……俺じゃあ、ダメか?」

いつも自信があり、余裕そうな奏多さんの声が今は震えていて、本気なんだと僕は固まってしまった。
奏多さんが、僕を、好き…?なんで、いつから…?

「俺は、君を泣かせたりしない。どうか、どうか…俺と幸せになってほしい」
「奏多さん……ぼく…僕は…」

真剣な奏多さんを僕は見つめて、口を開いた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。

めちゅう
BL
 末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。 お読みくださりありがとうございます。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...