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空を満たす何か

異世界式お葬式②

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「今ふと思ったんですけど…。カーミラさん、今から繭を編んどけば時短になりません?遺灰を入れてから穴を塞ぐ感じにしておけば一刻もかからないですよね?」

「「『……………そうね………』」」
 気付かなかったんですね。しょんぼりと背中を丸めて繭を編み始めるカーミラさんの姿は、哀愁が漂っていた。

 居た堪れなくなって、ツニートを誘って散歩に行く事にした。アノーリオンも誘ったが、昼寝するからと断られた。

 庭はシルキーが手入れをしているから、いつ見ても季節の花が咲き誇り美しく整っている。

「お?ここ良さそう。」
 何故かガゼボのすぐ隣に、バーベキューでも出来そうな無骨な石畳の一角があった。屋敷から見るとガゼボが死角になって、何しているかは回り込まないと見えない。シルキーがガゼボの影からこちらを覗いるのに気が付いた。目が合うと、親指を突き出し、グーサインをしたと思ったら素早く姿を消した。

 うん、そういう事なんだね。何で知ってんだとか、いつ準備したのか、とか色々聞きたいことはあるんだけど、もう深く考えない事にした。

 いい感じの場所を見つけたし、段取りとかまだあるけど、もうさっさとお葬式しちゃおう。思い立ったが吉日って言うし、やっちゃえ!

「バンシーってどこにいる?もう合図出しちゃおうよ。」
 頷いたツニートが、屋敷の方に歩いていった。暫くすると、バンシーの泣き声が聞こえてきた。
 寝惚け眼のアノーリオンと、サンタクロースみたいに背中に袋を抱えたカーミラさんがやってきた。
「もうやるのね?まだ繭は半分しかできていないの…。」
 編まれた繭を見ると、膝を抱えた状態なら大人一人入りそうな大きさだった。
「大きさはもう十分だと思うよ…?あとは蓋できるように調整して欲しい。」
 アラクネ族サイズならまだまだ足りないんだろうけれど、入るのは異世界人一人。嵩張るような翼や尻尾はないから、十分なサイズだった。

 バンシーが合図を頼みに行ったツニートがまだ戻って来ていなかった。心配になり、探しに行こうか迷っていた矢先、ツニートは何かを胸に抱えてずぶ濡れでこちらに歩いてきた。

「まさか………」

 ツニートは中学生くらいの白いTシャツと黒の短パンを履いた少年を抱えていた。少年は青白い肌をしていて、既に亡くなっていることは誰の目にも明らかだった。
(こんなに幼いなんて……!20歳くらいの男性だと思ってた…。なんてことなの。)

「さ、見送ろうかのぅ。」
 アノーリオンは顎の下の逆鱗の所から、大きな葉っぱを取り出した。見た目は蓮の葉っぱみたい。大人一人が上に乗れるくらいの大きさがある。
「この葉はな、『弔夢とむの葉』という。弔う時に使うのじゃ。燃えにくい上、夢を介して故人の思いを我らに届けてくれるという言い伝えがあるんじゃ。」

 アノーリオンが出した葉の上に、ツニートがそっと少年を仰向けに下ろした。

 話でしか聞いたことがなかった数百年前の人物が目の前にいると思うと、不思議で仕方がなかった。閉じられた瞼からは大人しそうな印象を受けた。
「ここからは竜族の仕来りに沿ってやろうかの。
『其は愛する我らに見送られ、自由な風となる。己の心に従い、力強い翼でどこまでも自由に飛んでおゆき。
 ここに其の安寧を乞い願う。
 其の心は何者にも縛られることはない。
 其の夢は我らが引き継ごう。
 其の爪と牙は、これからも愛しい者達を守る盾となるであろう。竜族に栄光あれ。』」
 アノーリオンの厳かで穏やかな声は、読み聞かせのように慈愛を含んでいた。

 英雄として讃えられ、しかしその亡骸は利用され弔う事も故郷に還ることも許されなかった少年は、数百年を経てやっと荼毘に付されようとしていた。

 アノーリオンがそっと顔を近づけ、青白い小さな火吹ブレスを出した。

 私は燃えていく全てを目に焼き付けようとしていた。炎に包まれていく様はどこか物寂しく、私を落ち着かなくさせた。
ツニートもカーミラさんも目を閉じ、胸の前で手を内側に向けて交差させていた。

「さぁ、カーミラ。」
 あっという間にカーミラさんの出番になった。守さんはいつの間にか遺灰になっていた。火が高温すぎて、すぐに灰になった。グロいのかなって心配したのはいらぬ心配だった。本当に一瞬だった。異世界まじすごい。

 遺灰を繭に移しながら、カーミラさんが言った。
「私、守との再会は願わないわ。」
 驚いてカーミラさんを見つめる。カーミラさんは続けた。
「だからもう二度と…こんな野蛮な世界に堕ちてきてはだめよ。」
 カーミラさんの言葉は、親愛、悲しみ、哀れみ、色んな感情を内包しているようだった。

 ツニートは組んでいた手をおろし、何も言わず、ただ見つめていた。

「さぁ……。」
 カーミラさんは繭を2つ作り上げた。1つは大きいバランスボールくらいの大きさのもの。もう一つは直径3センチほどの大きさのもの。小さい方はそのまま受け取った。大きさも見た目も蚕の繭にそっくりだ。受け取った母と姉が悲鳴をあげないといいなぁ。

『離れてて』

 ツニートの言葉に、私はカーミラさんに抱きかかえられ、ツニートから10メートルほど離れた。ツニートは屋敷と同じ大きさになり、右足を振り上げた。

 どぉーーーーーーーん!!

 凄まじい音と衝撃だった。
鼓膜が悲鳴をあげたが、何とか無事だった。いや、もっと離れるべきでしょ。近すぎて怖いし普通に危ないわ!

 そして地割れに大きい方の繭を放り込んだ。

 これで本当に終わり。安堵と少しの寂寞感を感じていると、屋敷の方から怒声を発しながら走ってくる金髪がいた。

 物凄い衝撃と爆音だったからね。むしろバレないほうがおかしい。

 計画の時点で、地割れは爆音だからバレるって誰か気づいて欲しかった。計画の大穴に今更気が付いても、後の祭りだった。

 あれ金髪どーすんの。




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 弔夢の葉→私が適当に作った造語です。当て字にすらなってません。『弔う』の『と』から1字貰ってきました。
『弔』は正しくは音読みでチョウ、訓読みでとむらう、と読みます。(広辞苑)
 一応お知らせしておきます(⁠人⁠*⁠´⁠∀⁠`⁠)⁠




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