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空を満たす何か
知の欠片
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アノーリオンは一人ずつ名を呼び、皆が生きていてくれたことを噛み締めているようだった。
「皆、休むのが上手になっているでしょう?」
私は頃合いを見計らってアノーリオンに告げた。
「あぁ。そのようじゃなぁ!まさか…、まさかこんな……。」
言葉を詰まらせる姿に、私は少し彼女達のことが誇らしくなった。
そして、今日の分のバケツを空にしていく。彼女達に一番警戒されているツニートは大人しくいていた。
『警戒する、防衛本能。まだ生きたい、だから危険、遠ざけようとする。当たり前の事。だから平気。』
防衛本能が働くうちは、彼女達はまだ生きようとしているのか。なるほど。
「…傷を癒してやりたくとも近づけない、それの何と歯痒かったことか…。彼女達を救いたい一心で叱り飛ばした事もあった。必要だったのはしっかり食べて寝ることじゃったのになぁ。すまなんだ…。全ての責は儂にある。苦しみを長引かせたこの老いぼれが悪い…。」
アノーリオンの反省会が止まらない。自分で自分の傷をえぐり続ける姿が見ていられなかった。
彼女達にはもう十分伝わったと思う、そう声をかけようとした矢先。
『……ッテ、……イ…。……クテ、ゴメ…ナ…イ。』
相変わらず誰の声か判別できないけれど、確かに『ごめんなさい』と聞こえた。発生源を特定しようと彼女達の方を見ると、口元を震わせ、何かを発しようとしている竜が数人いた。
私達三人は、事のなり行きをただ静かに見守っていた。
『ークチョウ、…タシ、ーーカッタ……。』
(族長、わたし。その続きは分かんないなぁ。もう少しなんだけどな)
そう思っていると、彼女達に知性の欠片が戻ったのはそこまでだった。辛い記憶に飲み込まれたのか、最近は少し減ってきたと思っていた自傷行為が再び始まってしまった。
突然走り出し、何かを振り払うように木々を尻尾で凪払い、岩に体当たりや頭突きをし、叫びながら自身の手足を噛み始めた。
一度こうなると私では手出しが出来ない。挽き肉になっちゃうからね。
(急ぎすぎたかな…。)
今の彼女達では、何が辛い記憶を呼び戻す刺激になるか分からない。また振り出しに戻ってしまったと、そう思っていたが。
「これより、警戒任務に当たる!!相棒よぉーーし!!点呼ぉっ!!イチィッ!!」
皆を纏めてきた長はやはり一味違った。
そして何と驚くことに、
『ッニィ』
『ーーーッサン、サンッ』
点呼が続くではないか!戦士だったという彼女達にお馴染みであるらしい点呼は、条件反射のように反応してしまうものらしい。
予想外に続いた点呼は八番全員とまではいかなかったものの五番まで続き、彼女達の自傷行為を止めるに十分だった。
『…すごい。』
ツニートが感嘆の声を漏らした。私も頷く。
「後継を育てるのもまた戦士の役目。彼女達を戦士にしたのは儂だからのぅ!染み付いておるのじゃ。」
誇らしげにアノーリオンは口を酸っぱくして言ったかいがあった、と言っているがこれは本当に凄い事なのではなかろうか。
自傷行為を途中で止めることは私にも出来なかった。途中で止められたせいか、彼女達の傷はいつもよりずっと浅い。
これは、彼女達に近付くことが出来てさえいれば、私は要らなかったのかと思うと嫉妬してしまう。少し、いやかなり。
俯いた私に気付いたのか、アノーリオンは言った。
「ここまで彼女達に尽くしてくれたカエデのお陰じゃ。カエデ、ありがとう。お主がいてくれて良かった。」
胸が一杯になった。どこかに穴が空いて脆く寒々しかった胸が満たされたような感覚がした。
『カエデのおかげ。ただ、号令かけただけの、爺に、大きな顔させちゃ、だめ。』
何故かツニートにめっ!ってされる。この世界に慣れることが出来なかった自分はずっと異物のように感じていた。やっと自分の居場所を見付けたことによる安堵が大きかった。
この異世界に来て初めて心の底から笑えた気がした。
「そういえば、アノーリオン。私の生存報告がどうのって言ってなかった?」
「おぉ、そうじゃった!館にいる三人がカエデの行方を探せとしつこくてのぅ。儂らの里にいる可能性が高いと思って探しに来てみたが、見事大当たりだったようじゃ。」
『里に、あいつらが来る、許さない。』
「……報告しに行かないの?」
私がそう言うとアノーリオンもツニートも肩をすくめた。
「死んだと報告していないのだから、生きておるということじゃろう?」
そんな常識だよ?みたいなノリで言われても…。死んだ報告もなければ生きてた報告もなしだよ?仕方ないと理解はしているが、ラヴァルさんへの扱いが底辺すぎて泣ける。
「詐欺は教養と平然とぬかす種族にやる親切などないわ」
え、ラヴァルさんてそんなトチ狂った種族なのか。まぁ、そもそも馬鹿だったら騙すなんて芸当出来ないか。
「詐欺が教養…。その教養の高さを別の所で発揮すれば中級魔族もサクッと周りに認められるんじゃ……?」
私が呟いた言葉は今度こそ二人の耳に届き、二人も大きく頷いていた。
『だから、中級、愚か者、言われる。本質見てない。』
「私の世界の先達は言っていました。『策士策に溺れる』『案ずるより産むが易し』と。」
「『その通り!!』」
いや、だから何で異世界の故事成語分かるんだ。異世界にも故事成語はあるのか…?
「皆、休むのが上手になっているでしょう?」
私は頃合いを見計らってアノーリオンに告げた。
「あぁ。そのようじゃなぁ!まさか…、まさかこんな……。」
言葉を詰まらせる姿に、私は少し彼女達のことが誇らしくなった。
そして、今日の分のバケツを空にしていく。彼女達に一番警戒されているツニートは大人しくいていた。
『警戒する、防衛本能。まだ生きたい、だから危険、遠ざけようとする。当たり前の事。だから平気。』
防衛本能が働くうちは、彼女達はまだ生きようとしているのか。なるほど。
「…傷を癒してやりたくとも近づけない、それの何と歯痒かったことか…。彼女達を救いたい一心で叱り飛ばした事もあった。必要だったのはしっかり食べて寝ることじゃったのになぁ。すまなんだ…。全ての責は儂にある。苦しみを長引かせたこの老いぼれが悪い…。」
アノーリオンの反省会が止まらない。自分で自分の傷をえぐり続ける姿が見ていられなかった。
彼女達にはもう十分伝わったと思う、そう声をかけようとした矢先。
『……ッテ、……イ…。……クテ、ゴメ…ナ…イ。』
相変わらず誰の声か判別できないけれど、確かに『ごめんなさい』と聞こえた。発生源を特定しようと彼女達の方を見ると、口元を震わせ、何かを発しようとしている竜が数人いた。
私達三人は、事のなり行きをただ静かに見守っていた。
『ークチョウ、…タシ、ーーカッタ……。』
(族長、わたし。その続きは分かんないなぁ。もう少しなんだけどな)
そう思っていると、彼女達に知性の欠片が戻ったのはそこまでだった。辛い記憶に飲み込まれたのか、最近は少し減ってきたと思っていた自傷行為が再び始まってしまった。
突然走り出し、何かを振り払うように木々を尻尾で凪払い、岩に体当たりや頭突きをし、叫びながら自身の手足を噛み始めた。
一度こうなると私では手出しが出来ない。挽き肉になっちゃうからね。
(急ぎすぎたかな…。)
今の彼女達では、何が辛い記憶を呼び戻す刺激になるか分からない。また振り出しに戻ってしまったと、そう思っていたが。
「これより、警戒任務に当たる!!相棒よぉーーし!!点呼ぉっ!!イチィッ!!」
皆を纏めてきた長はやはり一味違った。
そして何と驚くことに、
『ッニィ』
『ーーーッサン、サンッ』
点呼が続くではないか!戦士だったという彼女達にお馴染みであるらしい点呼は、条件反射のように反応してしまうものらしい。
予想外に続いた点呼は八番全員とまではいかなかったものの五番まで続き、彼女達の自傷行為を止めるに十分だった。
『…すごい。』
ツニートが感嘆の声を漏らした。私も頷く。
「後継を育てるのもまた戦士の役目。彼女達を戦士にしたのは儂だからのぅ!染み付いておるのじゃ。」
誇らしげにアノーリオンは口を酸っぱくして言ったかいがあった、と言っているがこれは本当に凄い事なのではなかろうか。
自傷行為を途中で止めることは私にも出来なかった。途中で止められたせいか、彼女達の傷はいつもよりずっと浅い。
これは、彼女達に近付くことが出来てさえいれば、私は要らなかったのかと思うと嫉妬してしまう。少し、いやかなり。
俯いた私に気付いたのか、アノーリオンは言った。
「ここまで彼女達に尽くしてくれたカエデのお陰じゃ。カエデ、ありがとう。お主がいてくれて良かった。」
胸が一杯になった。どこかに穴が空いて脆く寒々しかった胸が満たされたような感覚がした。
『カエデのおかげ。ただ、号令かけただけの、爺に、大きな顔させちゃ、だめ。』
何故かツニートにめっ!ってされる。この世界に慣れることが出来なかった自分はずっと異物のように感じていた。やっと自分の居場所を見付けたことによる安堵が大きかった。
この異世界に来て初めて心の底から笑えた気がした。
「そういえば、アノーリオン。私の生存報告がどうのって言ってなかった?」
「おぉ、そうじゃった!館にいる三人がカエデの行方を探せとしつこくてのぅ。儂らの里にいる可能性が高いと思って探しに来てみたが、見事大当たりだったようじゃ。」
『里に、あいつらが来る、許さない。』
「……報告しに行かないの?」
私がそう言うとアノーリオンもツニートも肩をすくめた。
「死んだと報告していないのだから、生きておるということじゃろう?」
そんな常識だよ?みたいなノリで言われても…。死んだ報告もなければ生きてた報告もなしだよ?仕方ないと理解はしているが、ラヴァルさんへの扱いが底辺すぎて泣ける。
「詐欺は教養と平然とぬかす種族にやる親切などないわ」
え、ラヴァルさんてそんなトチ狂った種族なのか。まぁ、そもそも馬鹿だったら騙すなんて芸当出来ないか。
「詐欺が教養…。その教養の高さを別の所で発揮すれば中級魔族もサクッと周りに認められるんじゃ……?」
私が呟いた言葉は今度こそ二人の耳に届き、二人も大きく頷いていた。
『だから、中級、愚か者、言われる。本質見てない。』
「私の世界の先達は言っていました。『策士策に溺れる』『案ずるより産むが易し』と。」
「『その通り!!』」
いや、だから何で異世界の故事成語分かるんだ。異世界にも故事成語はあるのか…?
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