上 下
91 / 118
空を満たす何か

知の欠片

しおりを挟む
アノーリオンは一人ずつ名を呼び、皆が生きていてくれたことを噛み締めているようだった。

「皆、休むのが上手になっているでしょう?」

私は頃合いを見計らってアノーリオンに告げた。

「あぁ。そのようじゃなぁ!まさか…、まさかこんな……。」
言葉を詰まらせる姿に、私は少し彼女達のことが誇らしくなった。

そして、今日の分のバケツを空にしていく。彼女達に一番警戒されているツニートは大人しくいていた。

『警戒する、防衛本能。まだ生きたい、だから危険、遠ざけようとする。当たり前の事。だから平気。』

防衛本能が働くうちは、彼女達はまだ生きようとしているのか。なるほど。

「…傷を癒してやりたくとも近づけない、それの何と歯痒かったことか…。彼女達を救いたい一心で叱り飛ばした事もあった。必要だったのはしっかり食べて寝ることじゃったのになぁ。すまなんだ…。全ての責は儂にある。苦しみを長引かせたこの老いぼれが悪い…。」

アノーリオンの反省会が止まらない。自分で自分の傷をえぐり続ける姿が見ていられなかった。

彼女達にはもう十分伝わったと思う、そう声をかけようとした矢先。

『……ッテ、……イ…。……クテ、ゴメ…ナ…イ。』

相変わらず誰の声か判別できないけれど、確かに『ごめんなさい』と聞こえた。発生源を特定しようと彼女達の方を見ると、口元を震わせ、何かを発しようとしている竜が数人いた。

私達三人は、事のなり行きをただ静かに見守っていた。

『ークチョウ、…タシ、ーーカッタ……。』

(族長、わたし。その続きは分かんないなぁ。もう少しなんだけどな)
そう思っていると、彼女達に知性の欠片が戻ったのはそこまでだった。辛い記憶に飲み込まれたのか、最近は少し減ってきたと思っていた自傷行為が再び始まってしまった。

突然走り出し、何かを振り払うように木々を尻尾で凪払い、岩に体当たりや頭突きをし、叫びながら自身の手足を噛み始めた。

一度こうなると私では手出しが出来ない。挽き肉になっちゃうからね。
(急ぎすぎたかな…。)
今の彼女達では、何が辛い記憶を呼び戻す刺激になるか分からない。また振り出しに戻ってしまったと、そう思っていたが。

「これより、警戒任務に当たる!!相棒バディよぉーーし!!点呼ぉっ!!イチィッ!!」
皆を纏めてきた長はやはり一味違った。

そして何と驚くことに、
『ッニィ』
『ーーーッサン、サンッ』

点呼が続くではないか!戦士だったという彼女達にお馴染みであるらしい点呼は、条件反射のように反応してしまうものらしい。

予想外に続いた点呼は八番全員とまではいかなかったものの五番まで続き、彼女達の自傷行為を止めるに十分だった。

『…すごい。』
ツニートが感嘆の声を漏らした。私も頷く。

「後継を育てるのもまた戦士の役目。彼女達を戦士にしたのは儂だからのぅ!染み付いておるのじゃ。」
誇らしげにアノーリオンは口を酸っぱくして言ったかいがあった、と言っているがこれは本当に凄い事なのではなかろうか。

自傷行為を途中で止めることは私にも出来なかった。途中で止められたせいか、彼女達の傷はいつもよりずっと浅い。

これは、彼女達に近付くことが出来てさえいれば、私は要らなかったのかと思うと嫉妬してしまう。少し、いやかなり。

俯いた私に気付いたのか、アノーリオンは言った。
「ここまで彼女達に尽くしてくれたカエデのお陰じゃ。カエデ、ありがとう。お主がいてくれて良かった。」

胸が一杯になった。どこかに穴が空いて脆く寒々しかった胸が満たされたような感覚がした。

『カエデのおかげ。ただ、号令かけただけの、爺に、大きな顔させちゃ、だめ。』
何故かツニートにめっ!ってされる。この世界に慣れることが出来なかった自分はずっと異物のように感じていた。やっと自分の居場所を見付けたことによる安堵が大きかった。

この異世界に来て初めて心の底から笑えた気がした。

「そういえば、アノーリオン。私の生存報告がどうのって言ってなかった?」

「おぉ、そうじゃった!館にいる三人がカエデの行方を探せとしつこくてのぅ。儂らの里にいる可能性が高いと思って探しに来てみたが、見事大当たりだったようじゃ。」

『里に、あいつらが来る、許さない。』

「……報告しに行かないの?」

私がそう言うとアノーリオンもツニートも肩をすくめた。

「死んだと報告していないのだから、生きておるということじゃろう?」

そんな常識だよ?みたいなノリで言われても…。死んだ報告もなければ生きてた報告もなしだよ?仕方ないと理解はしているが、ラヴァルさんへの扱いが底辺すぎて泣ける。

「詐欺は教養と平然とぬかす種族にやる親切などないわ」

え、ラヴァルさんてそんなトチ狂った種族なのか。まぁ、そもそも馬鹿だったら騙すなんて芸当出来ないか。

「詐欺が教養…。その教養の高さを別の所で発揮すれば中級魔族もサクッと周りに認められるんじゃ……?」

私が呟いた言葉は今度こそ二人の耳に届き、二人も大きく頷いていた。

『だから、中級、愚か者、言われる。本質見てない。』

「私の世界の先達は言っていました。『策士策に溺れる』『案ずるより産むが易し』と。」

「『その通り!!』」

いや、だから何で異世界の故事成語分かるんだ。異世界にも故事成語はあるのか…?









しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします! 

実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。 冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、 なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。 「なーんーでーっ!」 落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。 ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。 ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。 ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。 セルフレイティングは念のため。

異世界のリサイクルガチャスキルで伝説作ります!?~無能領主の開拓記~

AKISIRO
ファンタジー
ガルフ・ライクドは領主である父親の死後、領地を受け継ぐ事になった。 だがそこには問題があり。 まず、食料が枯渇した事、武具がない事、国に税金を納めていない事。冒険者ギルドの怠慢等。建物の老朽化問題。 ガルフは何も知識がない状態で、無能領主として問題を解決しなくてはいけなかった。 この世界の住民は1人につき1つのスキルが与えられる。 ガルフのスキルはリサイクルガチャという意味不明の物で使用方法が分からなかった。 領地が自分の物になった事で、いらないものをどう処理しようかと考えた時、リサイクルガチャが発動する。 それは、物をリサイクルしてガチャ券を得るという物だ。 ガチャからはS・A・B・C・Dランクの種類が。 武器、道具、アイテム、食料、人間、モンスター等々が出現していき。それ等を利用して、領地の再開拓を始めるのだが。 隣の領地の侵略、魔王軍の活性化等、問題が発生し。 ガルフの苦難は続いていき。 武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。 馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。 ※他サイト様にても投稿しています。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!

神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話! 『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください! 投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...