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空を満たす何か
痛みの記憶と失念
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そういえば…。この二人って監視されてたんだね?
「抜け出してきて大丈夫なの…?」
『平気。カエデ、一大事、思った。俺の勘、よく当たる。』
勘?あれが…?あと数分遅れていたら私は死んでいただろうに、勘でどうにかなるの?異世界って凄い。
「堂々と出てきてやったわ!以前とは状況が違うでの。なぜ儂らがケット・シー族の庇護を許したと思っておる。あれらの持つ情報力を舐めてはならんぞ。」
「ケット・シーってそんなに凄いの?あんなに可愛いのに…。」
見た目猫のもふもふが二足歩行しているのだ。抱き締めたくなる可愛いさなのに、いざという時は四足歩行ですばしっこく頼れるもふもふなのだ。
「ケット・シーは使用人や雑用係、密偵として各種族に雇われておるのだ。それに愛玩用や奴隷として人間によく狙われておる。それ故に一族の結束も固い。全ての情報はケット・シーに集まるとさえ言われるほどじゃ。ケット・シーを味方に付け、その情報さえ先に手に入れておれば怖れるものなど無いわ。」
なるほど…。私がやろうとして出来なかった情報戦がこんなに近くで行われていたか。ただ日向ぼっこしてたのんびり隠居竜ではなかった。族長の顔をした老獪な竜がそこにいた。
「今もあの時の、皆の悲鳴と怒号が耳にこびりついておる。例えこの老いぼれが死んでも子々孫々語り継ぎ、寝首を掻く機会を待つ。その為なら仲良くでも認知症のふりでもしてみせよう。必要ならこの命捧げたって構わん。」
『受けた恩、忘れてるけど。サフィー、都合が悪い事、忘れたふりする、嘆いてた。』
「サファテサフィスフィアさん?」
舌噛みそうな名前はドラゴン族の特徴だ。
なぜここでサフィーさんが出てくるのだろう?
「言っておらなんだか?サフィーは儂の孫じゃ。」
「え、孫!?え、じゃあ、私がずっと抱えてた卵は…ひ孫ーー!?」
「孫が世話になった!秘密にしていた訳ではないのじゃが、小屋を出禁にされておったから言う機会がなくてのぅ。あれは襲撃された時、唯一無事だった卵じゃ。同胞を弔う時、同胞の亡骸の口の中からまだ温かい卵が見つかってのぅ。それが儂の倅の卵で産まれる前のサフィーじゃ。誰も亡骸の口の中までは暴こうとはせなんだ事が幸いじゃった…。」
唯一生き残った卵…。両親を失ったサフィーさんはそれでも優しく笑っていた。そんな彼女にこんな過去があったなんて微塵も思わなかった。
というかさっきからアノーリオンの口からぽんぽんと飛び出す話が物凄いヘビーで受け止めきれない…。他人に話せるようになるまでどれ程の月日を必要としたか、その心痛は計り知れなかった。
ここでツニートが何かに気付いた素振りを見せた。
『ん~~?館に、戻った方がいい、かも?う~ん?』
戻った方がいいかもって何で?というか何で疑問系?
「危険か?」
アノーリオンが尋ねる。
『危険、今はない。でも、戻らないと。』
第六感というやつだろうか。虫の知らせ的な。
「じゃあ、早速出発しようかの。」
「え?まさか今から?皆に挨拶は?……やっと帰ってこれたんでしょ?」
荷造りもなしに、すぐ出発するなんて事するの?
「里の上を一周飛んでから向かおうかの。挨拶になるじゃろう。」
なんでそんなに適当なの!?というかそんなんで皆は分かるの?ドラゴン族はよく言えば大らか、悪く言うと大雑把だ。
「ほれ、ツニートは一番小さく縮むのじゃ。一番小さくだぞ。カエデはどっかに捕まっておれ。」
『えー…。』
道中は急ぐのかと思いきや、のんびりと景色を楽しみながら戻っていた。二人との野営は楽しかった。
「これで出来るはず、なんだけど…。あれ、木が完全に乾いたやつじゃないと出来ないんだっけ…?乾いたのってどれのことだ…?」
事の発端は薪をくべて火を起こそうとした際、私の世界では魔法を使わずに火を起こしていた、と話したところ、二人がやってみよう!と興味を持ったことだった。
歴史の教科書に載っている最も原始的なやり方だが。そうです、毎度おなじみ枝を木の板に擦りつけて火を起こすあのやり方。
アノーリオンが集中しすぎて自分の鼻から漏れる火に気付かず、たまたま隣でやっていた私の薪に引火し。それを見たツニートとアノーリオンが私が自力で火を付けたと勘違いし、更に張り合い。
最終的にアノーリオンも着火に成功した。いじけたツニートがじとりと言った。
『……アノーリオンの、千切れた尻尾、焼いたら、おいし?』
「っ!?なんて恐ろしい事を言う!?えぇい、やっと生えたのじゃから触るでないわ!!」
と自分の尻尾を大事に抱き抱えていた。
楽しかった。久しぶりに思い切りお腹を抱えて笑った。何かが吹っ切れたような気がさえしていた。
私は忘れていた。館に戻る、ということはまた生理的に合わないと感じたあの人と顔を合わせないといけないということを。
「抜け出してきて大丈夫なの…?」
『平気。カエデ、一大事、思った。俺の勘、よく当たる。』
勘?あれが…?あと数分遅れていたら私は死んでいただろうに、勘でどうにかなるの?異世界って凄い。
「堂々と出てきてやったわ!以前とは状況が違うでの。なぜ儂らがケット・シー族の庇護を許したと思っておる。あれらの持つ情報力を舐めてはならんぞ。」
「ケット・シーってそんなに凄いの?あんなに可愛いのに…。」
見た目猫のもふもふが二足歩行しているのだ。抱き締めたくなる可愛いさなのに、いざという時は四足歩行ですばしっこく頼れるもふもふなのだ。
「ケット・シーは使用人や雑用係、密偵として各種族に雇われておるのだ。それに愛玩用や奴隷として人間によく狙われておる。それ故に一族の結束も固い。全ての情報はケット・シーに集まるとさえ言われるほどじゃ。ケット・シーを味方に付け、その情報さえ先に手に入れておれば怖れるものなど無いわ。」
なるほど…。私がやろうとして出来なかった情報戦がこんなに近くで行われていたか。ただ日向ぼっこしてたのんびり隠居竜ではなかった。族長の顔をした老獪な竜がそこにいた。
「今もあの時の、皆の悲鳴と怒号が耳にこびりついておる。例えこの老いぼれが死んでも子々孫々語り継ぎ、寝首を掻く機会を待つ。その為なら仲良くでも認知症のふりでもしてみせよう。必要ならこの命捧げたって構わん。」
『受けた恩、忘れてるけど。サフィー、都合が悪い事、忘れたふりする、嘆いてた。』
「サファテサフィスフィアさん?」
舌噛みそうな名前はドラゴン族の特徴だ。
なぜここでサフィーさんが出てくるのだろう?
「言っておらなんだか?サフィーは儂の孫じゃ。」
「え、孫!?え、じゃあ、私がずっと抱えてた卵は…ひ孫ーー!?」
「孫が世話になった!秘密にしていた訳ではないのじゃが、小屋を出禁にされておったから言う機会がなくてのぅ。あれは襲撃された時、唯一無事だった卵じゃ。同胞を弔う時、同胞の亡骸の口の中からまだ温かい卵が見つかってのぅ。それが儂の倅の卵で産まれる前のサフィーじゃ。誰も亡骸の口の中までは暴こうとはせなんだ事が幸いじゃった…。」
唯一生き残った卵…。両親を失ったサフィーさんはそれでも優しく笑っていた。そんな彼女にこんな過去があったなんて微塵も思わなかった。
というかさっきからアノーリオンの口からぽんぽんと飛び出す話が物凄いヘビーで受け止めきれない…。他人に話せるようになるまでどれ程の月日を必要としたか、その心痛は計り知れなかった。
ここでツニートが何かに気付いた素振りを見せた。
『ん~~?館に、戻った方がいい、かも?う~ん?』
戻った方がいいかもって何で?というか何で疑問系?
「危険か?」
アノーリオンが尋ねる。
『危険、今はない。でも、戻らないと。』
第六感というやつだろうか。虫の知らせ的な。
「じゃあ、早速出発しようかの。」
「え?まさか今から?皆に挨拶は?……やっと帰ってこれたんでしょ?」
荷造りもなしに、すぐ出発するなんて事するの?
「里の上を一周飛んでから向かおうかの。挨拶になるじゃろう。」
なんでそんなに適当なの!?というかそんなんで皆は分かるの?ドラゴン族はよく言えば大らか、悪く言うと大雑把だ。
「ほれ、ツニートは一番小さく縮むのじゃ。一番小さくだぞ。カエデはどっかに捕まっておれ。」
『えー…。』
道中は急ぐのかと思いきや、のんびりと景色を楽しみながら戻っていた。二人との野営は楽しかった。
「これで出来るはず、なんだけど…。あれ、木が完全に乾いたやつじゃないと出来ないんだっけ…?乾いたのってどれのことだ…?」
事の発端は薪をくべて火を起こそうとした際、私の世界では魔法を使わずに火を起こしていた、と話したところ、二人がやってみよう!と興味を持ったことだった。
歴史の教科書に載っている最も原始的なやり方だが。そうです、毎度おなじみ枝を木の板に擦りつけて火を起こすあのやり方。
アノーリオンが集中しすぎて自分の鼻から漏れる火に気付かず、たまたま隣でやっていた私の薪に引火し。それを見たツニートとアノーリオンが私が自力で火を付けたと勘違いし、更に張り合い。
最終的にアノーリオンも着火に成功した。いじけたツニートがじとりと言った。
『……アノーリオンの、千切れた尻尾、焼いたら、おいし?』
「っ!?なんて恐ろしい事を言う!?えぇい、やっと生えたのじゃから触るでないわ!!」
と自分の尻尾を大事に抱き抱えていた。
楽しかった。久しぶりに思い切りお腹を抱えて笑った。何かが吹っ切れたような気がさえしていた。
私は忘れていた。館に戻る、ということはまた生理的に合わないと感じたあの人と顔を合わせないといけないということを。
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