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陰キャぼっちアメーバと快活少女

冒険者という職業

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 ソルがミスラの元から去って早く1か月が経っていたのだが、これと言って変わったことは特になく相変わらず孤独な日常を過ごすことになっていた。
 人と話す機会といえば少し前に知り合った武具店の店長ミシェルに物品を購入するとき、そして依頼の報告を冒険者協会受付のジェシカへする時くらいのものだ。
 今は依頼を終わらせ一息ついているところだがすっかりと休憩所の端っこが定位置になってしまった。
 誰にも話しかけられることもなくただ依頼終わりにモソモソと軽食を端っこで食べてそのまま帰るというのが彼のここ最近のルーティーンとなっていた。

(でも一週間前みたいに引きこもってない、僕は確実に成長している!)

 成長というより一度後退したものが戻っただけなので成長ではなく初期ステータスになっただけである。

「あっ!アズミヤ君!久しぶりね!」

 そろそろ帰ろうかと席を立ち上がろうとした瞬間、聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。
 振り向くとそこには1か月前に一緒にロランゼールに来た少女ミナミ・カツラギがこちらへ元気に走ってくるのが見えた。あれ以来見かけることがなかったためもうどこかの街に旅立ったのかと思っていたがまだこの街に居たようだ。
 白いスクールシャツにブラウンのカーディガン羽織って胸元の大きなリボンをつけ短いスカート、そして服の上からよく魔法使いが身に着けているローブを着用している。

「か、カツラギさん。お、お久しぶりです」
「久しぶり!あれからどう?お友達出来た?」

 彼女の純粋な疑問にソルは口から血液が噴き出した。
 それは彼にとっては女神の一撃よりもよっぽど重い一撃だったからだ。

「アズミヤ君!?どうしたの!?」
「ちょっと内臓がひっくり返っただけなので心配しないでください...」
「大問題だけど!?」
(言えない、ちょっと前まで引きこもってたなんて言えない...)

 正直に言えばドン引きされること間違いない。

「か、カツラギさんはお友達出来ましたか?」
「ええ!私はたくさんできたわ!これからみんなで依頼なの!」

 まぁ彼女のコミュ力ならばこれくらい容易いのだろう。
 自分がEランクのころはこんなすぐに知り合いが出来ずに一人で細々討伐依頼やってたなぁと少々黒歴史が刺激されたところで数人の冒険者が彼女の元へやってくる。

「何やってんのよミナミ、早く行きましょ。誰そいつ?」
「ああ、この人はソル・アズミヤ君!私をロランゼールに連れて来てくれた人よ」
「へぇー、こんな冴えない奴がぁ?」
(わかりやすくオラついてるっ!)

 茶髪のボブカットの少女はソルをマジマジと見渡すと鼻で笑う。

「なんかショボそう。あとなんか目線泳ぎ過ぎてキモいし」

 キモいという言葉はソルの心を深く抉る。
 何度か言われてきたがやはりこの言葉に耐性を付けることができない。

「そう言ってやるなよぉ。可哀想じゃん怖がってるぞ?」
「あたしこういうヒョロヒョロした奴嫌いなのよね。見ててイライラすんのよ」
「やめたげなよ~クスクス」

 弓を持った金髪のエルフ男と後ろで見ていたピンク色の髪をツインテールにした少女にも笑われる始末。
 なんと居心地が悪いことか。もうソルは心が限界になり少し風が吹いただけで粒子になって飛んで行ってしまいそうだった。

「ちょっとみんな失礼よ!アズミヤ君は普段頼りないけどいざとなったらすごいんだから!」
「へぇ~そうなんすか?じゃあ見せてくれよせんぱぁい」
「こんな陰キャほっときなさいよ。さっさと行きましょ」

 ミナミが皆を叱るが他のメンバーは全く聞き耳を持たずソルをバカにするのをやめることをしない。

「むむむ...そうだ!アズミヤ君も一緒に行きましょ!すごいってこと証明したらみんな見直してくれるわ!」
「ヴぇ!?いやそれは...」
「ちょっと勘弁してよこんな役立たず!」
「役立たずじゃないわ!アズミヤ君のこと知らないのに失礼よ!」
「あんた騙されてるだけよ、見るからに弱そうじゃない!」
「アズミヤ君のこと知らないのにどうしてそんなこと言えるの!」
「だからさぁ、見せてもらえばいいじゃん」

 そういうと金髪の男は後ろからショートソードを引き抜いてソルへと剣先を向ける。

「ほんとにすごいならこれぐらい避けられるよなぁ!」
「やっちゃえやっちゃえ!」
「ちょっとやめて!」

 金髪の男はソルに剣を思いきり振り下ろすが、ソルは剣を見たまま微動だにしなかった。

「あはははは!見ろよこいつ!ビビッて動けてねぇぞ!」
「だっさ~!ミナミ夢でも見てたんじゃないの~」

 ソルは剣を見たままぼーっとして動かなかった。
 ミナミはそれを見てどうして何もしなかったのだろうと不思議に思ったと同時に腹が立った。
 どうして避けようとしなかったのか、彼ならあれくらい避けられたはずだ。
 避けてれば見返すことができたのに。

「なにしてんの?」

 金髪の男とピンク色の髪の少女が笑っていると突然剣を持った腕が握られた。
 そこには銀髪の男がニコニコと男の腕を握っていた。

「はっ?なに?」
「遊んでんの~?お兄さんも混ぜてよ~!退屈してたんだよねぇ~!!」

 そう言って銀髪の男が強く握るとメギメギと嫌な音が鳴り始め剣を握っている男が悲鳴を上げてその場にうずくまり始めた。

「あれ~?どしたの?もう降参?さっきはもっと楽しそうにしてたじゃん~!もっと遊ぼうぜ~?」
「あああああ!腕が!腕が千切れるっ!やめて、痛い!!」
「ちょ、もういいじゃん辞めてよ!」
「次はそっちのピンクの子が遊んでくれるの?」

 銀髪の男がにやりと笑顔を向けるとピンク髪の少女はしりもちをついてしまう。
 茶髪の少女とミナミはその男が放つ覇気のようなものに圧され全く動けなかった。
 銀髪の男は終始笑顔だ、だがその笑顔の裏に有無を言わさぬ何かがあったのだ。
 しかし、それはすぐに終わりを迎える。

「あああの、それ以上やると折れちゃうので、や、やめてあげてください...」
「え~?でもさぁ~休憩所で剣抜くチンピラの腕なんか折れても何も困らなくない?」
「今から、あの、依頼に行くらしいので...ケガすると大変ですから...」
「その子の言う通り、やり過ぎよサイト」

 ソルの後ろから銀髪の男をサイトと呼んだ水色の髪をサイドポニーにまとめた女性がやってきた。
 その手には槍と酒を入れたスキットルが握られている。

「リンネちゃんまでそういうこと言う~まっ、絡まれてる本人がいいならいいや。ちなみにさ、なんでこの子避けなかったかわかる?」
「ああっ!?そんなのビビッて避けられなかっただけだろ!!いででででで!」
「はぁ、しょうもな。もういいわ。行けば」

 サイトは金髪の男の腕を乱暴に放して突き飛ばした。

「あんたら今回は許してやるけど、次は辛抱しないから」

 リンネと呼ばれた女性が睨みを利かせるとミナミ以外の冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。ボブカットの少女が捨て台詞を吐こうとしたのかこちらを向いたがサイトがナイフを投げて威嚇し、そのまま逃げた。

「ねぇそこのオレンジ」
「は、はい!」
「メンバーは考えた方がいいわよ」
「あ、あれはちょっと悪ふざけが過ぎただけで、本当は良い人たちなんです!」
「知らんわそんなこと。あたし達からしてみれば今のがあいつらの全部よ」

 普段がどれほどいい人間だろうと今の姿しか知らないリンネ達にとっては無抵抗の相手に剣を振るう常識知らずとしか映らない。

「ごめんなさいアズミヤ君。ちゃんと謝らせるから!」

 ミナミはソルに謝った後逃げたメンバーを追いかけてその場を去った。

「みんな騒がしくしてごめんねぇ~!その代わり全員分出すから許して~!」

 サイトがそう言うと休憩所にいた冒険者たちからは歓声が沸いた。
 ようやく終わったとソルは胸をなでおろしその場を後にしようとした時先ほどの男サイトが彼の横へ座った。

「いやぁ~災難だったねぇ君!」
「あああいいえ、全然大丈夫です。はい」
「俺サイト・ユウギ!今世紀最大の冒険者だよん!よろしく!」
「あっ、ソル・アズミヤです...」(この人テンション高い!パリピだっ!)

 このサイトという男はソルが思い描くパリピそのもの。テンションが高く何を考えているのか分からない彼が一番苦手とする人種だ。

「あああの、ありがとうございました」
「いいのいいの!それよりソル君はえらいねぇ~絡まれてたのに心配してあげるなんてさぁ。お兄さん感動したわマジで!」
「ちょっと、ダル絡みしないの」

 しばらくするとリンネと呼ばれた女性が先ほどのスキットルとは別のグラスで酒を飲んでいた。

「ダル絡みじゃないよ~新しい友達と語り合ってるのさ。ね~ソル君」
「え?あっ、はい」(友達認定が早すぎるっ!)
「ソルって言ったっけ?あたしはリンネ・タカサキ。嫌なことは嫌ってはっきり言わないと調子乗るわよそいつ」
「ちなみにリンネちゃんはなんでそんな高い酒飲んでるの?」
「えっ?あんたのおごりなんでしょ?」
「ここにいる冒険者に奢るとは言ったよ!?」
「じゃああたしも含まれるじゃない。全力で飲むわ」
「この酒クズッ!」
「ナチュラルクズよりマシでしょ」
(なんだろうこれ、夫婦漫才?)

 目の前で繰り広げられる夫婦漫才に困惑するソルだったがサイトとリンネが深い信頼でつながっているということだけは分かった。

「でもよく耐えたわねあんた。あたしなら顔面フルスイングだわ」
「ソル君はリンネちゃんみたいに野蛮じゃないんだよね~」
「あんたならどうすんのよ」
「顔面根性焼かなぁ」
「どっちも怖い!?」

 助けてはもらったがおそらくこの二人は関わってはいけない人種だと直感で感じたソルはその場を足早に去ろうとする。

「ねぇソル君さぁ」
「ヴぃえぇ!?はい、なんでしょうか」
「実は結構強いっしょ?」
「えええ!?いやぁどうですかね強さって人によって判断基準が違うというか分野によって違うので一概に強いと判断するのは難しいかもしれないですねまぁ一人である程度生きてきたのでまぁぼちぼちといったところではないでしょうか」
「あはははははは!めっちゃ饒舌に語るやん!」

 ソルのそんな様子を見てサイトはケラケラと笑っているが先ほどの圧迫感はもうない。
 終始ふざけているように見えるがこの男はおそらく並の冒険者ではない、おそらく相当の修羅場をくぐってきたのだろうとソルはなんとなく感じ取った。

「ねぇねぇ、君どうしてあの時動かなかったの?」
「えっ、あの」
「個人的には二つまで絞ったんだけど正解知りたいなぁって」
「あ、殺気が無かったので当てる気ないんだなって思ったので...」
「そっちかぁ、なるほど。君は殺気に反応するんだね?」

 そうサイトがニヤリと笑うとソルの体にゾクッという怖気が走る。
 一瞬のうちに含まれたとてつもない殺気、ナイフを抜き距離を取ろうとする彼の肩とナイフを取り出そうとした腕に優しく手を置く。
 1秒にも満たない攻防にリンネ以外の周りの人間は気づかない。

「あはははは!すっごい反応速度!君やっぱやるじゃん。君ランクは?」
「B...です」
「まだBなんだ。協会も見る目無いよねぇ。Aランク推薦してあげよっか?」
「あ、いや、大丈夫です!失礼します!」

 彼はすさまじい速度でその場を去り休憩所にはサイトとリンネが二人で酒を飲んでいた。

「リンネちゃんどう思う?」
「殺気への反応が普通の人間じゃないってことは確か」

 サイトは去っていくソルを見てケラケラと楽しそうに笑った。

◆◆◆

「あたしなら男の股間蹴り上げた後、女ぶん殴る」
(この街の人たちってなんでこんなにバイオレンス!?)

 ソルは協会を出てミシェルの店へとやって来ていた。
 彼女が攫われてから色々あって日付が経ってしまったが本格的に剣を整備してもらうことになったからだ。
   普段は肩まで適当に流している髪を邪魔にならないように一つにまとめている。

「そんな奴らボコボコにしてやればよかったじゃないか。お前なら簡単だろ」
「あ、いや、喧嘩苦手なので...それに言われても仕方ないですし...気が済んだら帰ってくれると思ったので」
「まっ、そいつらは長くないだろうな。何をどうしたらこんな所ひしゃげるわけ....?」
「な、長くないって...どういう」
「あー?そのままの意味だよ。たぶん3ヶ月後には2人は居ないと思うぞ。たくっ、ここも曲がってるし...」

 ミシェルはブツブツと言いながら剣の整備を進めていた。

「冒険者って甘く見られがちだけど命がけの仕事なのはお前も分かってるだろ?この仕事が楽に稼げると思ってるバカは早死にするか、死の恐怖に耐えられずに辞めるかどっちかだ。毎年何十万人って人間が新規登録してもBランクに登れるのが20%あるかどうか、Aランクにもなれば3%未満だ」

 冒険者という仕事は華がある。有名な冒険者にもなれば同じ冒険者からの羨望の的、街を歩けば住民からも黄色い声が上がる。さらに見た目やキャラクターが受ければテレビにだって呼ばれることもある。
 そしてまだ見ぬ秘境や財宝を見つけた日には教科書に名前が載るほどだ。
 まさに一攫千金の職業、だから人々は憧れ冒険者を目指す。
 そして、年間数万人の冒険者が死んでいく。

「死体が残れば良い方だ。行方不明って言われてる冒険者の何人が生きてるかわかったもんじゃない」

 協会の発表はあくまで死体、もしくは死体の一部、遺品などが見つかり死亡が確認された冒険者のみがカウントされている。
 もちろん、魔物に食い散らかされ死体が残らず確認できない事例など数えられないほどある。
 そう言った冒険者たちはすべて行方不明と処理されているが、その中の何人が生きているのだろうか。

「カツラギさん大丈夫かな...」

 ソルは依頼へ向かったカツラギの無事を祈るだけだった。
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