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クロードとハンス

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 3歳で両親を失ったシュザンヌは、ルミエ夫妻のもとで、健康に育った。
 両親の記憶がほとんどない彼女にとって、ルミエ夫妻は、親代わりであり、親そのものであった。
 5歳になった彼女は、クロードがかつてメルバーンにいたころ通っていたのと同じ、魔法を教えてくれる個人塾のようなところに通い始めた。これはルミエ叔母が、かつて姉であるアンヌから頼まれていたことであった。
 シュザンヌは、そこでフェリクス先生をはじめ、いろいろな先生に魔法を教わった。
 また、彼女はその頃から友達もできはじめ、ノエリアやハンスと知り合ったのもこの頃であった。
 学校が休みの期間、家族3人そろってメルバーンに遊びに来ることがあったクロードも、自然と、この頃から、ノエリアやハンスと知り合うこととなる。
 クロードは、5歳の時、ヴェルナー伯父から受け継いだ魔力があったから、入学当時から、彼の魔法力は一般の魔法使いに比べても多い方だった。そのせいか、魔法の授業に困ることは無かったが、突出して成績がいいわけではなかった。
 彼は、授業の合間に、自分に親切にしてくれていた、亡き伯父のことを思い出していた。
 そして、もう一つ彼の心に残っていた光景、それはシュザンヌの母アンヌの死に際と、そのお葬式だ。
 年を重ねるにつれ、クロードは、ヴェルナーとアンヌの想いや、夫妻がとった行動の重大さ、重要さ、そして自分に託された夫妻の“願い”というものを理解した。
 幼かった頃、ぼんやりと意識していたものが、年月を経るにつれ、しだいにはっきりとしてきた。
 クロードは、年に一度はメルバーンに行き、従妹のシュザンヌ、そしてノエリアとハンスと、話したり一緒に遊んだりした。
「ねぇ、クロードって、帝国の首都の魔法学院に通ってるんでしょ?どんな授業受けてるの?すごいなぁ」と、ノエリアが無邪気に微笑む。
「俺?俺は……ただ、普通に授業を受けてるだけ、さ。そうだね、どんな内容か、っていうと……今は、一般的な日常生活を便利にする魔法と、あとは直接、契約した精霊を呼び出す魔法を習っているんだ」と、クロードは、年下の従妹やノエリアに分かりやすいように説明した。
 魔法は、大きく分けて2種類がある。精霊を呼び出してその力を借りて行う魔法と、星の力を借りて行う魔法の二種類だ。
 前者は、主に人間が得意とする魔法で、後者は、エルフが得意としているものであった。
 クロードは、学院で、そう習ったのだった。
「火をともす魔法なんてのも、結局は精霊の魔法を借りてるんだ。俺は、まだ3学年目だから、魔法を使うのに、長い詠唱文句を言わないと、精霊とリンクすることも、精霊にいう事を聞いてもらう事もできないけどね。歳が上がるにつれて、経験を積めば、やがては、詠唱する魔法の呪文も、少ない文字で、魔法を使う事ができる」
「それ、フェリクス先生から聞いた!でも、私の場合だと、大人になっても、詠唱には時間がかかるだろうって、とも言われたけどね」シュザンヌが朗らかに言う。彼女は来年から、ノエリアと同じ普通の学校に通うことになっていた。
 従妹やノエリアとの会話は、主に二人からの質問攻めにあう事が多かったクロードだが、ハンスと話す時は、どちらかというと、魔法の話というよりかは、シュザンヌの話になることが多かった。ハンスはクロードと同い年であった。
「クロード、俺がシュザンヌと出会ったのは、シュザンヌが5歳の時だから、1年前ぐらいなんだけど、シュザンヌのお母さんとお父さんがいないのって、何か理由があるのか。シュザンヌに聞いても、教えてくれないんだ。自分にも、分からないって。ルミエ叔母さんも、何も教えてくれないって、あいつ言ってたな」
 ハンスの言葉を聞いて、クロードは、『叔母さんは、きっとシュザンヌがまだ小さすぎて、トリステスの運命を知るのはかわいそうだから、まだ黙っているつもりなんだろう』と察した。
「シュザンヌに、これからいう事を話さないって約束してくれるなら、俺がその理由を話せるよ」とクロードが言った。彼はもう10歳になっていた。
「お前、知ってるんだな!」
「ああ。俺は、シュザンヌのご両親の死に際に、両方とも立ち会ったから。お葬式にも、出た」
 そのクロードの言葉を聞いて、ハンスの青色の目が曇った気がした。
「……そうか。シュザンヌには絶対に教えないから、俺には、教えてくれないか」
「君は、彼女のことをどう思ってる」と、クロードがハンスに尋ねた。
「俺は――……。シュザンヌは、俺の妹みたいな感じで。俺にも、弟がいるけれど、それとはまた違った感じで。兄妹っていうか……それも、違うか。友達、かな?俺は、とにかく、シュザンヌとこれからも友達でいたい、って思ってる」
「そうか」そう言って、クロードがやや悲しげに微笑む。
「俺も、彼女のことを、妹のように思っていた時期があった。正直言うと、今でもそうだ。俺は、君以上に、彼女のことを昔から知っている。親戚だから、当たり前だけれども。ハンス、君を信用して言うよ。彼女は、シュザンヌは……呪いを背負ってる。魔法使いの家系にのみ現れる、今では珍しい呪いだ。かつてはかなり多くの魔法使いの家系に見られたけれど、特効薬もなく、治す方法もほとんど見つからなかったから、呪いを持つ者はたいてい死んでしまったんだ。それは、『トリステス』という呪いなんだ」
「呪い……?シュザンヌが?それと、シュザンヌの両親が亡くなったことと、どう関係が……?」
「彼女の両親は、どちらもトリステスの呪いを受け継いでいた。そして、その間に生まれたシュザンヌもまた、トリステスを引き継いでいた。彼女の両親は、二人とも、トリステスの呪いによって、寿命を迎えて、亡くなったんだ」
 しーんとした空気が二人の間に流れた。ハンスは、ぽかんとして、自身の目線を、クロードの瞳から、思わず地面へと移した。クロードが淡々と続ける。
「このままだと、高い確率で、シュザンヌは、30歳を迎える前に、トリステスで亡くなる。それが彼女の背負ってる運命だ。俺は、彼女の両親から、いつか彼女の命を救ってくれないかと、願いを託された。だから、俺は、今もマグノリア帝国の魔法学院で学んで、いつかは、彼女の持つ病気というか呪いを、なんとかしたいと思っている」
「そんな……」ハンスは、現状がなかなか飲み込めないようだ。
「ハンス、これからも、シュザンヌのいい友達でやってくれ。彼女には、叔母さんと叔父さんはいても、両親はいないし、彼女はやがて自分を待ってる運命を知ることになる。トリステスの、運命を。それを知る時、きっと彼女の支えになってくれるのは、君やノエリアみたいな、『友達』だと思うんだ。だから、俺からも、頼む」
「何言ってるんだよ、それは当たり前だよ……」ハンスが言った。
「それよりも、シュザンヌのトリステスを治す方法が先だろ!なんとかしなきゃ、シュザンヌは、シュザンヌは……」
「それは、俺が何とかできるかもしれない。学院の卒業生の中には、国の王宮に仕えて、いろんな国に派遣されている魔法使いが、たくさんいる。俺も、一応、最近だけど、それを目指し始めたんだ。そうしたら、いろんな国に行って、トリステスを治す手がかりがつかめるかもしれないし、それに、運が良ければ、エルフの国・イブハールにだって、行けるかもしれない」
「そうだな」
「だから、トリステスのことは、とにかく彼女にはまだ内緒にしておいて、君は、シュザンヌを見守ってやっててくれ。いい友達でいてやってくれ。な、ハンス」
 二人のやりとりは、そこで終わった。
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