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「無力なウォーレン」

ウォーレン・ハーマルンド

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大賢者クロード・ロキ・グラニエシリーズ 「無力なウォーレン」

 クロード・ロキ・グラニエ。マグノリア帝国の言葉で、「漆黒の黒」「漆黒の闇」を意味する名だ。
 この物語は、彼の前世である、ウォーレン・ハーマルンドの小短編である。

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 イブハール歴3045年のハシントの国。ハーマルンド一家は、その片隅で、普通に暮らしていた。
 レスターの町。砂漠からちょっと距離のあるその町で、ハーマルンド一家は、父と母と、長男のウォーレンと、3人の弟・妹の、6人暮らしであった。
 主人公であるウォーレン少年は、物心がしっかりついたころには、父親がいなかった。
 母親の話では、ウォーレンが8歳の時、父が通りがかりの魔法使いに絡まれて殺害されたらしい。
 ぼんやりとある父の面影を、ウォーレン少年は覚えていた。だが、幼い弟・妹には、その記憶はなかっただろう。
 ハーマルンド一家は、魔法とは縁遠い、一般人の家庭だった。他の大ぜいの人たちと同じく。
 レスターの町には小さなバザールがあったから、そこに立ち寄る外国人も多かった。その一人から、父は殺されたのだろう、とウォーレンは推察するしかなかった。母が、詳しくは話したがらなかったのだ。
「では、行ってくるからね、ウォーレン。ジャンと、ミレナと、ジョナタの世話、よろしくね!」と、母のケアリーは笑顔でそう言って、ウォーレンの頭をなでて、単身、家を早朝に後にし、どこかへ消えていった。雑踏の中へ。
 父が死んでから、ハーマルンド一家は、住居を変えた。
 今までの、広かった一軒家から、小狭いボロの小屋のような家に移り住んだ。家賃が安いからだ。
 さいわい、レスターの町は、冬場でもそう冷えない。暑い国だった。寒さで凍死することはまずない。
 ウォーレンは、母の優しい笑顔が妙に、すとんと胸の奥底に落ちた。
 弟と妹の世話をしながら、彼は母のおいて言った、貯金してあるわずかな金貨を見やった。父が死んでから、毎日の家族の食費だけで、貯蓄はほぼできなかった。ここでは、パンも高い。
 母はどこに行って、何をしているのだろう。
 そう、ウォーレンは家の中で、窓から外を見上げ、兄妹の世話をしながら、ぼんやりと思った。ウォーレン10歳の時であった。
 いつも、いつも、夕方になって還って来た母は、パンのつつみ袋を手に、笑顔を絶やさなかった。
「ただいま、ウォーレン、ジャン、ミレナ、ジョナタ」と言って、パンに群がる子供たちに食料を与えていた。
 ウォーレンには、ことのほか、母ケアリーが、朝よりどんよりとやつれて、髪も乱れ、疲れているように見えた。
 笑顔も歪んでいた。
「母さん、いつもどこに行っているの??」と、ある時、ウォーレンが11歳の時、聞いたことがある。
 束の間の、母が家にいて、洗濯をしている憩いの時間であった。ケアリーは、えっ、と、驚いた顔をした。
「子供は知らなくていいのよ」と言って、ケアリーはニコッと笑った。
 無力なウォーレン。彼は、この時まだ、母の真実を知らなかった。
 彼も、外に出て、働きに出たらよかったのに・・・。だが、家には、置いていけない幼い兄妹がいる。

               2

「ケアリー、おはよう」と、働き場で、友人が声をかける。
 ここには、家庭の事情で、働きに出なければならない母親がわりとたくさんいた。
 今日は洗濯場だった。そこで、雇い主の指示通り、顧客の洗濯物を必死に一日中洗った。
 別の職場の時もあった。
「ただいま、ウォーレン」と、ケアリーは、真っ先に長男であるウォーレンに声をかけ、頭をなでた。ウォーレンは、無邪気に、母がそんな大変な思いをしているとも知らず、ただ笑顔の母に懐いていた。
 そして、そんな日々がずっと続くと思われていた矢先・・・・
 ウォーレン12歳、ジャン10歳、ミレナ6歳、ジョナタ3歳の時、家に帰って来た母は、バタンと倒れて、それきり、・・・・動かなくなった。
 ウォーレンは、真っ先に母に駆け寄った。
「母さん!!」と、ウォーレンは悲鳴に似た声で叫んだ。
「母さん、しっかりして、母さん!!どうしたの、母さん??」と、非力なウォーレンはただ声をかけ、母親をゆさぶるしかなかった。だが、ケアリーは目を二度と開けなかった。
 ウォーレンの中に衝撃が走った。
 パンの入った袋が、地面に散らばる。
 母さんが、出先で働いていることは知っていた。母は話したがらなかったが、毎日のわずかな食費のために、働いていることも。だが、いつかはそんな日々も脱出できる、などという都合のいい幻想を抱いていたし、ウォーレンは何もしていなかった。母が死ぬなんて、そんな心配もしていなかった。
『ただいま、ウォーレン』という、いつもの母の笑顔が、脳裏に浮かんだ。
 だが、目の前にあるのは、もううつぶせに倒れて動かない、母の死体だけだった。

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