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タイプ3のトリステス

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 マリウスも、半分浮かれ気分……どころではなく、不安な面持ちでこの使節団来訪を迎えた。セルフィのトリステスの真実が分かるのだ。エルフに興味はあるが、それ以上に娘のトリステスのことの方が気になる。
 心臓が別の意味で高鳴るのを感じた。不安なのだ。
 数日後、使節団がマグノリア帝国に着いてから落ち着いたころ、帝国の医者の取り計らいで、セルフィウスの診察をしてもらえることになり、マリウスはとりあえず安堵した。
(いよいよ、セルフィのトリステスの結果が分かる……落ち着けマリウス、これはきっと何かの間違いだ……落ち着け、宮廷魔法薬剤師、マリウス・ホフマン……ティアートとの約束を守るんだ……10歳にも満たない子が、トリステスで15にもならないうちに死ぬなんて、聞いたことがない……そんなの、聞いたこと、ない!!)
 エルフの医者は、セルフィのトリステスを見て、その紋章の形を紙にメモし、
「これは、タイプ3のトリステスです」とだけ告げて、マリウスから目をそらした。
 その医者の挙動で、マリウスはみぞおちにパンチをくらったような気持ちになった。不安への足跡が一歩、踏み出された。
「非常に珍しいトリステスで、症例は少ないと聞いていますが、要はタイプ3のトリステスは、若年性のトリステスでして、たいていは10代半ばでなくなる、発症から数年でなくなる、人間に現れるタイプのトリステスです」
「そんな……」マリウスは、目の前が真っ暗になるのを感じた。思わず、手で目のあたりをおさえる。
「では、セルフィは、本当にあと数年で死ぬと……!?」と、マリウスはなんとか精神力を保って聞いた。
「ええ、残念ながら……エルフの国には治療法はあるにはあるのですが、イブハールは通常人間を受け入れませんし、来たとしても手を貸すこともありません。非情ですが」
「それは存じております」
「治療法も、難しく、コストも要求されます。トリステスの場合、誰かを犠牲にする方法で治すことにもなるので、実質、治療法などないに等しいのです。イブハールに頼み込まれても、断られる理由がこれです……私からも、診察結果を言うことぐらいしかできません」
「では、延命措置はどうでしょう!?せめて、30代ぐらいまで、いえ、20代まで生きさせることは……?」
「トリステスに延命措置はありません。極力魔法を使わない方がいいという言い伝えのような迷信がある程度です」
「……」マリウスは、言い争いに負けた子供のような感じを受け、思わず涙がにじみでた。
「――分かりました……」そう言葉を絞り出すので精一杯だ。
 ありがとうございました、と礼を言い、セルフィの手を引いて、マリウスは診察室を出た。
「くっ……」と言って、マリウスは涙をつつーーと流した。セルフィを抱きしめ、思わず出た言葉は、「ティア……」だった。
(ティア……僕は、君ばかりか、君が残してくれたセルフィまで失うのか?そういう運命なのか?それは残酷すぎないか?……教えてくれ、ティア、僕は、僕はどうすればいい……??)
 なんとか自室まで戻り、セルフィを抱きしめて泣くマリウスに、セルフィは冷静だ。
「お父さん……」
「……うっ……うっ……なに、セルフィ?」
「……お父さん、セルフィ、もう少しで、お父さんとも会えなくなっちゃうの……?」
「……セルフィ、そんなことはない、お父さんがなんとかしてあげるからね……」
 その日は非番の日であった。マリウスは腹をくくり、翌日の仕事の時、テオにすべてを語った。
「そんな……セルフィちゃんが、タイプ3の非常にまれな若年性トリステス、だって!?それは本当か、マリウス……?」
「テオ……悪いが僕は、ここら辺でしりぞかせてもらう。もう、仕事はやめさせてもらう。悪い、テオ……」
「マリウス!」と、テオとダミアンが言った。
「悪い……僕は、ティアートとの思い出の詰まったこの宮廷を去ることにする。残された僕とセルフィで、ティアートに報いるためには、僕はどうしても、仕事をやめて、最期までセルフィのそばにいたい……」
「マリウスさん、やめないでください!」と誰もが言いたかった。職場全員がそう言いたかっただろう。だが、誰もそういうい言葉をいう勇気はなかった。
「もう……もう耐えきれないんだ……ティアートとの思い出の詰まったここにいることも……それを思いつつ、セルフィの寿命を考えて、働くことに対しても……悪い……。きちんと引継ぎはする。代任が見つかるまではここで働く。だが、そのあとは、僕はやめるよ」
「……分かった、マリウス。10年以上一緒に仕事した仲で、名残はおしいが……。君の意志を尊重したい。それも我々の願いだ。だが、ここをやめて、君はどこへ行くんだ……?」
「とりあえず、リラの国に行こうと思ってる」と、マリウスは絶望的な表情をして言った。
「リラ?なぜだ、マリウス」
「セルフィのトリステスを治す手がかりを探すため、だ。僕は、むざむざセルフィをただ待つだけで死なせるなんてことはしない。最後まであがく。それが、ティアートへの手向けだ……いや、それが、父親としての役目だと僕は思ってる」
「だが、リラの国にトリステスの治療法があるとは思えんのだが……」
「テオ、それからダミアン、ほかのみんなも。僕はよその国へ行く。くれぐれも、セルフィのトリステスのことは、内密に頼む。“病気”という以外は、情報はふせておいてほしい。では、僕は仕事に戻るから」
 そういって、その日の会話は終わった。
 イブハール歴5009年。マリウス35歳、セルフィが10歳の時、マリウスは宮廷勤めをやめ、リラの国へと旅立つことになる。
 その旅立ちの一週間前、マリウスは室内の荷物をまとめ、業務の引継ぎもひと段落ついたところで、夜、テオとバーに飲みに行った。
「テオ……13年間、お世話になった。この通りだ、本当に感謝する。僕をここまで成長させてくれたことにも、だ」そう言って、マリウスがテオのグラスにワインを注ぐ。
「何言ってんだ、マリウス。君は最初からできた奴だったじゃないか……いきなり、新人護衛チームの運ばれてきた子たちを心配し始めるしね……」そう言って、マリウスとテオは、グラスをカチン、と合わせて小さく乾杯した。
「世界アラシュアに、帝国に乾杯」と、マリウス。
「乾杯」と、テオ。
「テオ……君にだけは、話しておきたくてね。……僕は、ティアートを愛していた。それは確かなんだ。だが、ティアートは逝ってしまった……僕とセルフィを残して、ね……。その上、神は僕からセルフィまで奪おうとしている……」
「君が愛妻家だったのは知ってる」と、テオ。
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