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「白亜の神授」ベルンシュタイン城

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「照れるな、マリウス。君とティアとの結婚を許す、と言っているんだよ。君とティアとの間を知らないわけがないだろう。お互い惹かれあっていることも分かっている。ティアだって、ガレオスに近い宮廷に行くことは、彼女の望みを叶えることになる。彼女も、首都で仕事に就くのが夢だったのだし。それに、宮廷で薬剤師につく男になら、娘を安心して任せられる、といったところだ!」
 そういわれると、マリウスとしても返す言葉がなかった。
「それじゃあ、決定だな」と言って、フルスは意気揚々と、マリウスに、応募シートを用意するよう指示した。
「ふう……」と、店じまいをしていたマリウスはため息をついた。
 これ以上ないほどのチャンスだ。仕事を地道にでも、きちんとしてきたことへ与えられた、二度とないようなチャンス。そして、ティアートとの結婚の承諾。マリウスは、思わず地面にしゃがみこみ、目を閉じた。
 これは、またしてもないチャンスだ。落ち着け。マリウス、君へ与えられた、チャンスなのだ!
「どうしたの、マリウス?」と、店の掃除をしていたティアが、かわいらしい声でマリウスに尋ねた。
「ああ、ティアか……。いや、何でもないんだ」
 フルスとの間では、合否が決まるまでは、ティアートにはこの件は秘密にしておく約束だった。
「そう?」と言って、ティアが向こうを振り向いて、掃き掃除を続けようとしたため、マリウスは思わず立ち上がり、ティアの腕をひいて、その美しい顔にキスをした。
 甘美な時間だった。ほうきを地面に落とし、ティアとマリウスは数秒間、キスをした。
「ティア、」と、マリウスは言った
「愛してる。わけあって、僕は君ともうすぐ結婚できる資格を得られるかもしれない。だから、どうかこのまま、今のまま、待っていてほしい」
「マリウス……もちろんよ、マリウス!貴方がここにきて3年たつけど、私、毎日が楽しくって。貴方とハイキングに行ったり、自転車旅行したり。大切な思い出よ」
「ありがとう、ティア。愛してる」
 そういって、マリウスはもう一度、ティアとキスをした。
 その日の晩、自宅に戻ってから、マリウスは屋根裏部屋で、応募エントリーシートの履歴書などを書いていた。
 瞼の裏に浮かんだのは、「私、首都で事務員や銀行員になるのが夢なの」、と言っていたティアの言葉、そして、つい最近ティアが言ってくれた、「私、貴方以外とは考えられない」という言葉であった。
「ティア………」と、マリウスは、万年筆で応募シートに書きながら、愛しい恋人のことを思い浮かべたのだった。
 その次の週、郵便配達員がフルスに手渡したのは、王宮からのご通達と分かる、特別なシーリングスタンプのついた手紙だった。
「マリウス、ちょっと来い」と、またもやマリウスはお昼時、フルスに呼ばれたのだった。
「エントリーシート、出来がよかったらしいぞ。一時書類選考は通過だ!向こうさんの気に入ったらしい。二次面接に来い、との仰せだ。どうする、マリウス?ここで断ることもできるが……せっかくのチャンスだが」
 マリウスは2,3秒間じっと考えたのち、
「自分としても、ティアのためにも、スキルアップしたい気持ちはあります。フルスさんのおっしゃる通り、せっかくのチャンスです。一生に一度あるかないかのチャンスですので、二次面接、行ってきます」
「よし、それでこそマリウス・ホフマンだな!この手紙は君に預けておく。明日にでも、町の郵便局から、面接を受ける旨を伝えてこい!封書に書いて送るんだぞ」
「はい、フルスさん、ありがとうございます!」
「倍率はどれぐらいなんだろうな……気になるが。噂では、20倍ぐらいらしいぞ。もしもの時は、君にティアを預けようと思う」
「はい、フルスさん。ありがたいお言葉です」
「昨日、娘から、君への気持ちを聞かされてね。ティアにはまだこの選考のことは伝えていないが、ティアは君と正式に婚約前提のお付き合いしたいそうだ」
「それはもう、喜んで、フルスさん。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「うんうん。若いもんがそうやって愛し合うのはいいことだ、マリウス君!では、午後の業務も、いつものように頼むよ!」
 フルスに背中をバンバンと軽くたたかれ、苦笑したマリウスは、ティアの作ってくれた昼食を食べると、午後の業務をこなした。
 その日から約一か月後、店主フルスからの推薦状も一緒にカバンに入れて、マリウスは面接会場のある王宮へと向かった。宮廷は、首都ガレオスから少し離れた、山の方にある城だった。城の周辺には湖もある。緑豊かな、のどかで美しい宮廷である。宮廷のある土地の名は、ベルンシュタインと言った。
 ガレオスに前泊していたマリウスは、二次面接の日、ガレオスを馬車で出発し、(夏の時期であった)、山の手にあるベルンシュタインへ、馬車の旅を楽しんだ。
 窓から見える景色は、ガレオスの古く石造りの4~5階建ての建物が続く都会から、次第に緑豊かな風へと変化していった。
 ティアのことも考えながら、自分の将来を決める面接のため、マリウスは目を閉じ、心を落ち着け、今日面接で言おうと思っていることを意識の中で反芻していた。
 1時間ほどで、馬車は止まった。石造りの歩道に降り立ち、料金を払い、マリウスは荷物の入ったカバンを持って、薬剤師としての正装をして、街道をまっすぐに歩いた。他の応募者と思われる人はあまり見当たらなかった。選考は一か月以上かけて行われるらしく、一日の面接人数も限られており、時間をずらして行われるらしかった。
 ベルンシュタインの王宮、通称「白亜の神授」と言われるベルンシュタイン城が、マリウスの立った街道からも遠くに見えた。「神授」と「真珠」をかけているのである。言葉遊びである。
 神が授けられたほど美しい城という意味であった。
 30分ほど街道を歩き、緑豊かで、花が美しく咲き、よく手入れされている庭を通り抜け、衛兵にもペコリと挨拶しつつ、マリウスはようやく城の門の前に立った。
 衛兵に、王宮からの手紙を見せる。面接の案内状だ。衛兵は手紙をよくチェックしたあと、通ってよい、という風に頷き、マリウスを門の中へ通した。
 マリウスは、改めて城を真下から見上げた。白亜の大理石のようなものでできている、魔法の城。確かに、その名にふさわしく美しい。この姿を、ティアにも見せてあげたい、とマリウスは思った。
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