上 下
56 / 58
現在:一秒、先へ

しおりを挟む
 梓は変わっていない俺のアパートにやって来ると、泣きそうな顔して笑った。

「懐かしい」

 そう言って一緒に映画を選んだ本棚を見上げ、一緒に食事をしたテーブルを見つめ、そして一緒に眠ったベッドにぼろぼろと涙を落とした。

「あずさ……」
「好きだったんです……。本当に……あなたの事が……」

 大人になった梓が、背伸びもせずに俺を抱き寄せて囁く。

「もう……二度とあなたが手に入らなくても、それでも……あなたが、新しい恋をすることを……僕はずっと望んでた……っ。幸せになって欲しいから……心から笑って欲しいから……それを隣じゃない場所で待とうって決めて……。いつか……あなたが結婚でもして、子供とか作って、生きてることに喜びを感じるようになった時、会いに行こうって決めてた。ずっと好きでしたって、伝えようって……思ってた」

 いつまでも待つ……っていうのは……、俺が幸せになるのを……待つって意味だったのか……?
 バカ……言うなよ。

「そこに……お前の幸せは、あるのか?」

 こんなに泣いて、こんな決断勝手にして、俺が見知らぬ女と家庭を作った先に、梓の幸せなんかあるのかよ。……ないだろ?

「……分からない……。だけど、僕が隣にいちゃダメな気がした。優臣さんの影を追っている貴方達から、逃げなきゃいけないと思った。腹が立ったとか悲しいとかじゃなくて、僕が……高校三年生以上に成長し続けてしまうことが、貴方をもっと苦しませてしまうような気がして……」

 だから……あんなに突然の別れだったのか……。別れの言葉を言う最後の最後まで、梓は俺の事好きだって、そういう顔してたもんな……。

「……ごめん……っ、梓……。ごめん……。俺、弱くて……逃げてばっかで……ごめんな」

 梓の背中に腕を回してきつく抱きしめ返すと、俺の肩口でゆるゆると首を振った。

「弱くない……。生きててくれてありがとう……。それだけで十分だよ。直人さんにもお礼を言わなきゃ……」

 突然直人の名前を出すから、どういうことか聞くと、梓は可笑しそうにクスクス笑って言った。

「直人さんね、柄沢さんよりずっとしつこかったんだ。着信拒否しようかなってくらいで。のぶさんや小泉さんからも連絡があったけど、直人さんほどじゃなくて」

 思い出して梓は呆れたようにもう一度笑った。
 そして教えてくれた。
 直人とは二人きりで何度か会っていたらしい。東京を出るまでに数回。俺の高校時代の話や、優臣のことを聞いたみたいで……。けど、直人やのぶや小泉……、みんな俺と同じように梓を優臣に重ねていることを感じ取った梓は、やはり別れるという決断を変えることをしなかったらしい……。

 けど最後に一つ、梓は直人にお願いをした。
 俺が死なないように、きちんと見張っていてくれ、と、

 梓はこの時……高校生だ。
 信じられないな……。
 どこまで俺は見透かされていたのだろう。どこまでこの精神状態を理解してくれていたんだろう。

「すごいな……梓」

 寄せ合った体のまま、見つめ合って……。
 五年ぶりに、キスを交わした。

 ドキドキした。緊張なのか、嬉しさなのか、安堵なのか……。けど、喜びや幸せに満たされる感覚が確かにしたんだ。

「愛してる……。一緒に、生きて欲しい」

 泣きながら、「うん」って聞こえないほど小さな声で頷いた梓に、ようやく……俺は高校時代のあの日から……先に進めるような気がした。
 それはまるで、止まっていた時計の針が、カチっと一秒、進んだような感覚。

 俺は梓と前に進む。梓が居れば、前へ進める。未来だって、見える気がする。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...