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過去:真夏の微熱
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「臣、柄沢の事好きになっちゃったの?」
直人の問いかけに、優臣はためらいなく頷いた。
「うん、そうみたいなんだ。どうしたらいいかな」
「アプローチするしかないだろ、そりゃ!」
「どうしたら僕、柄沢くんの恋人になれるかな?」
「胸、大きくしてみたらどうだ?」
とんでもない提案に、倉庫内のメンバーが吹き出して笑い出すと、一気に空気が温まった。
「え~? 胸? 豊胸手術?」
そう言って胸に手を当てる優臣に、皆もう笑いに走るしかないようだった。
「臣の胸を大きくするために、皆で毎月募金しようぜ」
そんな冗談を言い出したのは岩ちゃんで、その日のうちに段ボールの即席募金箱が完成した。「ほーきょーしゅじゅつ代」と書かれた募金箱に、優臣は嬉しそうに目を輝かせた。
「これで僕も柄沢くんの恋人になれるんだね!」
バカな夢を見て。
皆大笑いしてた。
でも、優臣は真剣だったんだ。
真剣に胸を大きくしようとしていたわけではなく、真剣に俺を好きでいてくれた。
その日、皆にやんやと言われながら、優臣を家まで送り届ける羽目になった。一人で帰れよと言ったけど、優臣は笑顔で「送って」と甘えた。
バイクにニケツして、優臣は俺にぎゅっと抱き着きながら背中に頬を寄せていた。
家に到着すると、ありがとうと笑い、優臣は「明日も会いたい」と言った。
「……明日は岩ちゃん仕事だし、集まらないと思うけど」
「うん。でも明日も会いたいんだ。どこか、一緒に出掛けない?」
「出掛けない」
きっぱり断った。優臣はぷくっと頬を膨らませ、「デートしてよ」と文句を垂れた。
「しねぇよ。俺、女いるって言ってんじゃん」
「男はいないでしょ?」
「いるわけねぇだろ!」
「僕がそのポジションでいいじゃん」
「なんだよそれ!」
意味不明な事言うなよ!
「映画に行きたい。一緒に見たい。連れてって!」
「一人で行けよ!」
「飯島くんとは二人で出かけるくせに!」
ぐっと黙ってしまう。それを言われてしまうと……反論できない。でも、直人と二人で出かけるのと、俺の事好きだって言ってるお前と出掛けるのとは、また話が違うだろうが。
「映画じゃなくてもいい。カラオケでもいいよ。柄沢くんの歌声聞いてみたいし」
「……そんなに上手くねぇよ」
「へへ。大丈夫だよ。じゃあカラオケにする? 準備して待ってるね」
八月の熱帯夜。
優臣は楽しそうに、幸せそうに笑って、俺の手をそっと掴むと、小指を絡めて「約束ね」と言った。
だけど翌日、俺は二人で出かける勇気が結局出せなくて、皆を誘ってしまった。
優臣は怒らなかった。皆と合流しても、楽しそうにしていて、ひとつも拗ねたりしなかった。それにほっと息をつく。別れ際すら、優臣は恨み言一つ言わなかった。
またね~、なんて言って一人電車で帰って行った。送ってやれよってみんなに言われたけど、優臣は「大丈夫」って笑って、「今日は電車で帰るよ」って言ったんだ。
その日、家に帰ってから優臣に「ごめん」とだけメールを送ったが、返事は……来なかった。きっと、怒らせたのだろう。悲しませたのだろう。
とても申し訳なく思った。家で泣いているのだろうかと思うと、心が痛んだ。
それでも週末、岩ちゃんちに集まると、優臣はケロっとした顔でやってきた。気まずくてどうしていいか分からない俺にも、優臣は普通だった。そしてまた、性懲りもなく誘うのだ。
「今度はいつ空いてる? 遊びに行こうよ、柄沢くん」
底抜けに元気で、ひたすら前向き。
優臣は、彼女がいる俺に何の遠慮もなくベタベタとくっついてくる。仲間が誰一人気持ち悪がらず、否定せず、応援していたからだろうと思う。こればっかりは、優臣の人徳の為せる業だ。
ふつう……引くだろ、こんなの。誰がどう見たってさ……。
けど、不思議と俺も……そんなに嫌ではなかった。嫌がる素振りこそ見せるけど、さほど嫌悪感は抱いていなかった。ベタベタされることにだってすぐに慣れた。
右腕は、優臣のモノになる。
いつだって優臣は俺の右腕にしがみついた。俺の右側が、優臣の特等席だった。
暑い、暑い、暑い……八月。
右側の優臣がほんの少し……可愛いと思った。
直人の問いかけに、優臣はためらいなく頷いた。
「うん、そうみたいなんだ。どうしたらいいかな」
「アプローチするしかないだろ、そりゃ!」
「どうしたら僕、柄沢くんの恋人になれるかな?」
「胸、大きくしてみたらどうだ?」
とんでもない提案に、倉庫内のメンバーが吹き出して笑い出すと、一気に空気が温まった。
「え~? 胸? 豊胸手術?」
そう言って胸に手を当てる優臣に、皆もう笑いに走るしかないようだった。
「臣の胸を大きくするために、皆で毎月募金しようぜ」
そんな冗談を言い出したのは岩ちゃんで、その日のうちに段ボールの即席募金箱が完成した。「ほーきょーしゅじゅつ代」と書かれた募金箱に、優臣は嬉しそうに目を輝かせた。
「これで僕も柄沢くんの恋人になれるんだね!」
バカな夢を見て。
皆大笑いしてた。
でも、優臣は真剣だったんだ。
真剣に胸を大きくしようとしていたわけではなく、真剣に俺を好きでいてくれた。
その日、皆にやんやと言われながら、優臣を家まで送り届ける羽目になった。一人で帰れよと言ったけど、優臣は笑顔で「送って」と甘えた。
バイクにニケツして、優臣は俺にぎゅっと抱き着きながら背中に頬を寄せていた。
家に到着すると、ありがとうと笑い、優臣は「明日も会いたい」と言った。
「……明日は岩ちゃん仕事だし、集まらないと思うけど」
「うん。でも明日も会いたいんだ。どこか、一緒に出掛けない?」
「出掛けない」
きっぱり断った。優臣はぷくっと頬を膨らませ、「デートしてよ」と文句を垂れた。
「しねぇよ。俺、女いるって言ってんじゃん」
「男はいないでしょ?」
「いるわけねぇだろ!」
「僕がそのポジションでいいじゃん」
「なんだよそれ!」
意味不明な事言うなよ!
「映画に行きたい。一緒に見たい。連れてって!」
「一人で行けよ!」
「飯島くんとは二人で出かけるくせに!」
ぐっと黙ってしまう。それを言われてしまうと……反論できない。でも、直人と二人で出かけるのと、俺の事好きだって言ってるお前と出掛けるのとは、また話が違うだろうが。
「映画じゃなくてもいい。カラオケでもいいよ。柄沢くんの歌声聞いてみたいし」
「……そんなに上手くねぇよ」
「へへ。大丈夫だよ。じゃあカラオケにする? 準備して待ってるね」
八月の熱帯夜。
優臣は楽しそうに、幸せそうに笑って、俺の手をそっと掴むと、小指を絡めて「約束ね」と言った。
だけど翌日、俺は二人で出かける勇気が結局出せなくて、皆を誘ってしまった。
優臣は怒らなかった。皆と合流しても、楽しそうにしていて、ひとつも拗ねたりしなかった。それにほっと息をつく。別れ際すら、優臣は恨み言一つ言わなかった。
またね~、なんて言って一人電車で帰って行った。送ってやれよってみんなに言われたけど、優臣は「大丈夫」って笑って、「今日は電車で帰るよ」って言ったんだ。
その日、家に帰ってから優臣に「ごめん」とだけメールを送ったが、返事は……来なかった。きっと、怒らせたのだろう。悲しませたのだろう。
とても申し訳なく思った。家で泣いているのだろうかと思うと、心が痛んだ。
それでも週末、岩ちゃんちに集まると、優臣はケロっとした顔でやってきた。気まずくてどうしていいか分からない俺にも、優臣は普通だった。そしてまた、性懲りもなく誘うのだ。
「今度はいつ空いてる? 遊びに行こうよ、柄沢くん」
底抜けに元気で、ひたすら前向き。
優臣は、彼女がいる俺に何の遠慮もなくベタベタとくっついてくる。仲間が誰一人気持ち悪がらず、否定せず、応援していたからだろうと思う。こればっかりは、優臣の人徳の為せる業だ。
ふつう……引くだろ、こんなの。誰がどう見たってさ……。
けど、不思議と俺も……そんなに嫌ではなかった。嫌がる素振りこそ見せるけど、さほど嫌悪感は抱いていなかった。ベタベタされることにだってすぐに慣れた。
右腕は、優臣のモノになる。
いつだって優臣は俺の右腕にしがみついた。俺の右側が、優臣の特等席だった。
暑い、暑い、暑い……八月。
右側の優臣がほんの少し……可愛いと思った。
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