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視線の先
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何度、この店のウィンドウからバーカウンターを覗き込んだだろう。
誰もいない薄暗い店内を見つめ、何度泣いただろう。
それは、
遠い過去。
「いらっしゃいませ」
黒のベストに、黒のネッカチーフ、そしてロングサロン。足の長い比呂人には、そのロングサロンがとてもよく似合っていた。
「よっ」
「……何してんの」
栗色の柔らかい猫毛は、後ろに流されるように固められていて、俺はその前髪に手を伸ばした。
「ケープ。固まらないタイプ?」
「うるさいよ。邪魔しに来ただけならさっさと帰って」
ぱしんっと手を振り払われ、思わずハハッと笑い声を上げた。
「酒飲みに来たんだよ。比呂人、家でシェーカー振ってくれないし」
「冷やかしなの?」
「失礼だな、ちゃんと金持ってきたから、さっさと席に案内しろよ」
比呂人はぷくっと頬を膨らませると、踵を返し、バーカウンターの端に俺を座らせた。
「いらっしゃいませ」
バーカウンターには、担当のバーテンダーがひとり常居しているのか、比呂人と同じ制服を纏っていた。どうやら、この制服はバーテンダーの制服、ないし社員の制服みたいだな。
ほかのウエイターたちは、ベストを着ていない。
コースターとおしぼりが目の前に置かれる。薄暗いこのバーカウンターは、明るい店内から隔離されているような雰囲気を纏っている。
比呂人はバーカウンターへ入り、スタッフに耳打ちすると、俺の前にやって来た。
「何にされますか?」
よそよそしい……といえばよそよそしい。けど、これが仕事をしている比呂人。
「そうだな……、メニューもらえる?」
目も逸らさずそう返すと、比呂人は手元から別珍でコートされている高級そうなドリンクメニューをスッと俺の目の前に滑らした。
けど、俺はそれを開きもせずに注文する。
「やっぱり、オリジナルの作ってよ。俺をイメージしたお酒」
比呂人は一瞬眉を寄せると、ほかの客に聞こえないように小さく舌打ちした。
「そういうのは女性のお客様にしかサービスしていません」
「おい、てめぇ。客差別してんじゃねぇぞ」
「これは区別です」
「差別だ! あきらか差別だろ!」
比呂人は面倒くさいと言わんばかりに顔をしかめると、渋々俺の前から離れて、リキュールやらブランデーやらがびっしり並んでいる棚から数種類のお酒を取り出した。
そして、思案顔で棚を見渡し、最後の一本を取り出すと、慣れた手付きでシェーカーにそれを入れ込んで行く。
その様子をもう一人のスタッフが見つめ、何か小声で話しかけている。
特別嫉妬はない。ただ、「その配分やばくないっすか?」とか言ってるように聞こえたなんて……うん、きっと俺の空耳だ。
おい? 比呂人。お前、何作ってるんだ?
誰もいない薄暗い店内を見つめ、何度泣いただろう。
それは、
遠い過去。
「いらっしゃいませ」
黒のベストに、黒のネッカチーフ、そしてロングサロン。足の長い比呂人には、そのロングサロンがとてもよく似合っていた。
「よっ」
「……何してんの」
栗色の柔らかい猫毛は、後ろに流されるように固められていて、俺はその前髪に手を伸ばした。
「ケープ。固まらないタイプ?」
「うるさいよ。邪魔しに来ただけならさっさと帰って」
ぱしんっと手を振り払われ、思わずハハッと笑い声を上げた。
「酒飲みに来たんだよ。比呂人、家でシェーカー振ってくれないし」
「冷やかしなの?」
「失礼だな、ちゃんと金持ってきたから、さっさと席に案内しろよ」
比呂人はぷくっと頬を膨らませると、踵を返し、バーカウンターの端に俺を座らせた。
「いらっしゃいませ」
バーカウンターには、担当のバーテンダーがひとり常居しているのか、比呂人と同じ制服を纏っていた。どうやら、この制服はバーテンダーの制服、ないし社員の制服みたいだな。
ほかのウエイターたちは、ベストを着ていない。
コースターとおしぼりが目の前に置かれる。薄暗いこのバーカウンターは、明るい店内から隔離されているような雰囲気を纏っている。
比呂人はバーカウンターへ入り、スタッフに耳打ちすると、俺の前にやって来た。
「何にされますか?」
よそよそしい……といえばよそよそしい。けど、これが仕事をしている比呂人。
「そうだな……、メニューもらえる?」
目も逸らさずそう返すと、比呂人は手元から別珍でコートされている高級そうなドリンクメニューをスッと俺の目の前に滑らした。
けど、俺はそれを開きもせずに注文する。
「やっぱり、オリジナルの作ってよ。俺をイメージしたお酒」
比呂人は一瞬眉を寄せると、ほかの客に聞こえないように小さく舌打ちした。
「そういうのは女性のお客様にしかサービスしていません」
「おい、てめぇ。客差別してんじゃねぇぞ」
「これは区別です」
「差別だ! あきらか差別だろ!」
比呂人は面倒くさいと言わんばかりに顔をしかめると、渋々俺の前から離れて、リキュールやらブランデーやらがびっしり並んでいる棚から数種類のお酒を取り出した。
そして、思案顔で棚を見渡し、最後の一本を取り出すと、慣れた手付きでシェーカーにそれを入れ込んで行く。
その様子をもう一人のスタッフが見つめ、何か小声で話しかけている。
特別嫉妬はない。ただ、「その配分やばくないっすか?」とか言ってるように聞こえたなんて……うん、きっと俺の空耳だ。
おい? 比呂人。お前、何作ってるんだ?
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