MOMO!! ～生き残れ、売れないアイドル！～

真実

10

　だけど、カタン……と小さな音がして、布の擦れるような音のあと、盛大なため息が聞こえた。

(そうだ……、そこに佐久間さんがいる)

　内海は唾を飲むと、そっと身を潜めながら彼を覗き見て、その疲弊しきった表情に息を飲んだ。
　壁に凭れて座り込み、何度も何度も思い出したようにため息をつく。どうしたのだろうと嫌でも思う。
　菊池と西川の誘いを断り、用事があると言ったのは佐久間なのに、どうも用事がありそうな雰囲気ではない。天井を仰ぎ見て、どこか潤んだ瞳で、悩ましげにため息を吐き続ける。

　そうやってしばらく……。
　廊下に足音が小さく聞こえ、スタッフが近づいてきていることを知ると、佐久間は重い腰を上げて、鞄を肩に掛けた。
　そして廊下の角にスタッフが現れると、佐久間はそれに背を向け出口へと歩き出した。だが、身を隠しもしなかった内海に気付くと、不機嫌そうに眉を寄せて睨んできた。

「……お前」

　スタッフが掃除道具を持って楽屋へと姿を消すと、また廊下には静寂が下り、不機嫌な顔をした佐久間がゆっくりと内海に詰め寄った。

「お前、同じ曜日だよな？　何してんだ、こんなとこで」

　佐久間に初めて話しかけられた。
　いつもただただ見つめるだけで満足していただけの漫画のような男から。
　このシチュエーションだって、漫画のようだろ。そんな風に思うと、内海はゾクゾクして、どのように返事するべきか考えた。
　だけど何が正解か分からぬまま、質問には質問で返すことにした。

「佐久間さんこそ、何してたんですか」

　佐久間の不機嫌が増し舌打ちされると、ふと辺りに目配せしてから、勢いよく頬を挟むようにして顎を掴まれ、ガツンと壁に後頭部を強打された。

　膝裏に当たったベンチのせいで、ペタンと座り込む形になったが、後頭部の痛みを気にする前に再び佐久間に顎を持ち上げられた。

「何、お前？　俺に喧嘩売ってんの？」

　きっと普通の人間なら、こんな風に凄まれたら縮こまってしまうだろう。だけど、相手はやくざの息子、内海玲だ。圧倒的なオーラを目の前に萎縮することはあっても、喧嘩越しの相手に萎縮するような男ではない。

「いいえ。貴方に喧嘩を売るほど俺もバカじゃないんで」

　そしてその逆こそが正しいんだがな、と心の中で呟く。
　掴まれている顎の手を振り払い、ベンチから立ち上がると、続々と登場したスタッフ達に見つかり、「まだ居たの？」と呆れられてしまった。

「早く帰りな。そのうち鍵占めちゃうよ」

　なんて言われ、内海と佐久間は仲良く劇場からつまみ出された。
　梅雨の湿った空気がヌルッと二人を包む。

　佐久間はふんっと息巻き、内海に背を向けると、さっさと歩き出した。
　その姿を見つめ、内海も逆方向へと歩き出す。しかし、彼らはまたばったりと出会ってしまう。
　それは、木曜のレッスンで、じゃない。


　この劇場の、あのステージで。