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「沖、行くな」

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 暗転からのピンスポ。何も入っていない空の鳥かご。そこに自分のストールを被せた黒野。不敵な笑みを浮かべ、そのストールを取ると、中には真っ白の鳩が一羽現れた。
 その鳩を掴み出し、猫居は何も入っていない自分のシルクハットの中に鳩を入れて隠すと、「1、2、3」で帽子をくるりと裏返した。すると、帽子の中から三羽の鳩が一斉に飛び出し、同時に曲の前奏が会場へ大きく鳴り響いた。

 大歓声と拍手が湧き上がる。

 テレビ的な絵面は文句なしの完璧なマジック。華やかさやダイナミックさはカメラを通した方がより分かりやすいだろう。

 一曲目は、一次予選でも歌ったメイン曲。
 二人の野生的で妖艶な魅力を思う存分見せ付けるような曲だ。

 やはり掴みはメイン曲。MOMOと同じだ。
 披露できる曲はたった4曲。だが、たった4曲であってもセットリストは大事だ。

 BLACK CATのステージは実にエンターテイメントだった。イリュージョンをあちこちに挟み込み、客を飽きさせない。ルージュという曲では唇の形をしたベンチに二人で腰掛け、リフトで空中を舞った。最後の曲中には紙吹雪が飛ばされたが、ご丁寧にこの紙はトランプを模してある。

 モニタリングしていたMOMOと佐久間はBLACK CATのステージにそれぞれの想いを抱いていたが、全員一様にさすがのステージだと思った。二人の持つ雰囲気を崩すことなく、最初から最後までエンターテイメントを追求している。歌って踊るだけだったMOMOとは全く違うステージ。

 一番最後に黒野が何も持っていなかったはずの両手からトランプをばら撒くと、照明で明るかったステージはピンスポだけを残し暗闇となる。そして、そのピンスポから二人は背を向けブラックアウトした。

 一点を照らしたそこには、シルクハットとトランプ。

 一瞬静まりかえり、すぐに爆発的な歓声があがった。作り込まれたステージ。二人の魅力に、二人の作り出す世界に、気付かないうちにすっかり取り込まれてしまうような、幻想的なステージだったといえるだろう。

 完璧なステージをこなせたと自負していたMOMOの表情は否が応でも険しくなる。
 BLACK CATとではあまりタイプが違いすぎて、どこをどう比べるべきかも分からないが、自分たちでさえ魅入ってしまうほどのエンターテイメント性が彼らにはあったから。

 黒野は口先だけの男ではない。
 分かってはいたが、恐ろしいほどにまざまざとそれを見せつけられたようだった。

 ガツガツとダンスに拘っているわけではないのに、手足の長い彼らのダンスはずるいほどに美しく見えた。見せ方を知り尽くしているのだろう。

 きゅっと唇を噛み、モニターに流れているCMを見ながら、太一は目に焼き付いて離れない野瀬と中原の団扇の文字を何度も何度も繰り返した。


 沖行くな


 こんなにも別れを惜しんでくれている人がいる。こんなにも応援してくれている人がいるのに。

(負けたくない……!)

 祈るしかないこの現状が、今一番辛く苦しいことを知る。負けないための準備をして、アレコレ忙しくしている時の方がずっとずっと良かった気がする。
 けどもう自分たちのステージは終わってしまって、後に続く2グループの「勝ちに行くステージ」を見るだけの時間。今すぐステージに飛び出して、俺たちに票を下さい!と叫べるものならそうしたい。手段を選ばず、同情票を煽ってやりたいくらいの気持ちになってしまう。
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