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壊れた信頼
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そのことを誰も知らなかった。だから、どれだけ雪村が傷ついているのかなんて、誰一人計り知れなかった。
「このままじゃ……負ける。あの二人がちゃんと立っててくれなきゃ、俺もイチも……今どこに立ってるのか……全然見えなくなるんだ」
それくらいあの二人の放つ光は眩くて、いつだって真っ白に輝いている。
頼りすぎだと太一だって分かっている。だけど、MOMOの先頭に立てるだけの力が自分にないのも事実だった。
“この背中に不安は背負わない”
そう言った雪村の背中は、今日、とても小さかった。
“一緒にデビューしよう”
そう言って手を取ってくれた志藤の手は、今日……突き放された。
「………っ……、あゆ……むくん」
あの慄いたような表情が、
あの困惑したような瞳が──、
フラッシュバックのように蘇り、太一はまたその双眸からボロリと大粒の涙を落とした。
その涙を手で拭いながら、太一は野瀬から体を離し、全然笑えていない笑顔で野瀬を見上げた。
「………ごめん、座ろっか」
泣きながら笑おうとする太一に、野瀬は唇を噛み締めると、敷布団に腰を下ろす太一の隣に座った。
志藤の名前を呼んで涙する太一に、野瀬の心はかき乱された。あの後二人の関係がどうなったのかを知らない。やっぱり太一は志藤のことが好きなんじゃないかとも思う。そしてもしも、もしも二人が付き合い始めているのなら、太一をこんな風に泣かせる志藤を、絶対に許さないとも思った。
涙は止まり、かわりに野瀬の表情はずっとずっと険しくなった。
だけどそれに気付かない太一は、ティッシュを手繰り寄せて涙でボロボロの顔を拭くと、それを野瀬の方にも回した。それを受け取って野瀬も涙を拭くと、太一はコツン……と彼の肩に頭を預けた。
「一緒に泣いてくれてありがとう。今日野瀬に会えて……本当に良かった」
そう言って涙に濡れた瞳を閉じる太一に、野瀬はたくさんの衝動を押さえ込んだ。
肩を引き寄せることも、その涙に濡れた睫毛に触れることも、この恋心を押し付けることも、何もかも。
この期に及んで、シャツのボタンが結構外されている事にも気が付いて、それにドキドキしてしまった自分には少しだけ幻滅したけど。
野瀬の肩に頭を預けたまま、太一はぼんやりと思考を巡らせる。志藤の事を聞いてもらうか、否か。
それはイコール、自分の少し変わった恋愛感情を晒す事になる。けど、別に同性が好きなわけじゃない。志藤が好きなんだ。
それを話して、野瀬は受け入れてくれるのだろうか。
志藤には拒絶されたこの感情。
野瀬に話を聞いてもらったとしても、同じように引かれるかもしれない。無駄な傷は増やしたくない。だけど、この苦しみをすべて吐き出して解放されたい思いもある。
やっぱり……この事を考えると、太一の手は小さく震えた。
目ざとくそれを見つけた野瀬は、そっと太一の手を握りこみ、伝えたい言葉の半分にも満たない思いを囁いた。
「俺には……志藤のように、今の沖を守ってやれる力も術もない。諦めずに頑張れって応援する事しか出来ないけど……、でも。その力がないからこそ、俺は志藤のように、沖を泣かせたりなんかしない」
太一の手を握りしめる手に力が込められ、野瀬はこの感情を言葉にしないまま、どうにか太一に「好き」が伝わってくれまいかと瞳を閉じた。
好きなんだ。本当に好き。
太一を泣かせる志藤や雪村に腹が立った。でもやっぱり一番志藤が許せなかった。
名前を呼んで……太一が泣いたから。
太一のSOSを志藤は蔑ろにしたのだろう。そうに違いないと思うと、どうしたって許せるわけがなかった。
「の……せ」
「沖」
目を丸くした太一に、野瀬はしっかりと視線を絡ませ、意を決して口を開いた。
「何度でも言うよ。俺が傍にいる。今度こそ、大丈夫だから」
力強い言葉と、真剣で透き通っている野瀬の瞳。
太一は野瀬の胸に体を預け、手を握り返し、なんで……どうして、自分の好きな人は野瀬じゃなかったのだろうと、心の底からそう思った。
優しい腕の中。
「沖……」
優しい声に包まれ、太一は家のインターホンが遠くで鳴ったのを泣きながら聞いた。
「このままじゃ……負ける。あの二人がちゃんと立っててくれなきゃ、俺もイチも……今どこに立ってるのか……全然見えなくなるんだ」
それくらいあの二人の放つ光は眩くて、いつだって真っ白に輝いている。
頼りすぎだと太一だって分かっている。だけど、MOMOの先頭に立てるだけの力が自分にないのも事実だった。
“この背中に不安は背負わない”
そう言った雪村の背中は、今日、とても小さかった。
“一緒にデビューしよう”
そう言って手を取ってくれた志藤の手は、今日……突き放された。
「………っ……、あゆ……むくん」
あの慄いたような表情が、
あの困惑したような瞳が──、
フラッシュバックのように蘇り、太一はまたその双眸からボロリと大粒の涙を落とした。
その涙を手で拭いながら、太一は野瀬から体を離し、全然笑えていない笑顔で野瀬を見上げた。
「………ごめん、座ろっか」
泣きながら笑おうとする太一に、野瀬は唇を噛み締めると、敷布団に腰を下ろす太一の隣に座った。
志藤の名前を呼んで涙する太一に、野瀬の心はかき乱された。あの後二人の関係がどうなったのかを知らない。やっぱり太一は志藤のことが好きなんじゃないかとも思う。そしてもしも、もしも二人が付き合い始めているのなら、太一をこんな風に泣かせる志藤を、絶対に許さないとも思った。
涙は止まり、かわりに野瀬の表情はずっとずっと険しくなった。
だけどそれに気付かない太一は、ティッシュを手繰り寄せて涙でボロボロの顔を拭くと、それを野瀬の方にも回した。それを受け取って野瀬も涙を拭くと、太一はコツン……と彼の肩に頭を預けた。
「一緒に泣いてくれてありがとう。今日野瀬に会えて……本当に良かった」
そう言って涙に濡れた瞳を閉じる太一に、野瀬はたくさんの衝動を押さえ込んだ。
肩を引き寄せることも、その涙に濡れた睫毛に触れることも、この恋心を押し付けることも、何もかも。
この期に及んで、シャツのボタンが結構外されている事にも気が付いて、それにドキドキしてしまった自分には少しだけ幻滅したけど。
野瀬の肩に頭を預けたまま、太一はぼんやりと思考を巡らせる。志藤の事を聞いてもらうか、否か。
それはイコール、自分の少し変わった恋愛感情を晒す事になる。けど、別に同性が好きなわけじゃない。志藤が好きなんだ。
それを話して、野瀬は受け入れてくれるのだろうか。
志藤には拒絶されたこの感情。
野瀬に話を聞いてもらったとしても、同じように引かれるかもしれない。無駄な傷は増やしたくない。だけど、この苦しみをすべて吐き出して解放されたい思いもある。
やっぱり……この事を考えると、太一の手は小さく震えた。
目ざとくそれを見つけた野瀬は、そっと太一の手を握りこみ、伝えたい言葉の半分にも満たない思いを囁いた。
「俺には……志藤のように、今の沖を守ってやれる力も術もない。諦めずに頑張れって応援する事しか出来ないけど……、でも。その力がないからこそ、俺は志藤のように、沖を泣かせたりなんかしない」
太一の手を握りしめる手に力が込められ、野瀬はこの感情を言葉にしないまま、どうにか太一に「好き」が伝わってくれまいかと瞳を閉じた。
好きなんだ。本当に好き。
太一を泣かせる志藤や雪村に腹が立った。でもやっぱり一番志藤が許せなかった。
名前を呼んで……太一が泣いたから。
太一のSOSを志藤は蔑ろにしたのだろう。そうに違いないと思うと、どうしたって許せるわけがなかった。
「の……せ」
「沖」
目を丸くした太一に、野瀬はしっかりと視線を絡ませ、意を決して口を開いた。
「何度でも言うよ。俺が傍にいる。今度こそ、大丈夫だから」
力強い言葉と、真剣で透き通っている野瀬の瞳。
太一は野瀬の胸に体を預け、手を握り返し、なんで……どうして、自分の好きな人は野瀬じゃなかったのだろうと、心の底からそう思った。
優しい腕の中。
「沖……」
優しい声に包まれ、太一は家のインターホンが遠くで鳴ったのを泣きながら聞いた。
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