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壊れた信頼
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だけど。
「歩くん」
太一のしっかりした声。優しい手とは裏腹な強い言葉と、迷いのない声。それはまるで、志藤の体をこじ開けるみたいに力強くて、「あぁ。こう見えてこの人、長男だった」と志藤はこの期に及んで彼の知らなかった一面を知ることになった。
「ユキは、あまり人を信用しないくせに、実力を認めた相手には簡単に背中を任せちゃうような男だ。それがプレッシャーだったり重荷だったりすること、よく分かるよ。あの人、ああいう人だから。けど、ああいう人だからこそ、誰も何も言えないよね」
何も言えずここまで来ていた人間のひとりが、この志藤歩だ。
言いたいことなんて今まで沢山あったし、腹の立つこともたくさんたくさんあった。けど何も言い返せなかったのは、雪村の言葉が、行動が、正しかったから。とはいえ、例え「おかしい」と思っていても、彼へ歯向かう強い心をとても持てなかった。彼を言い負かせるほど口だって達者ではない。雪村のように頭も良くない。言葉のバラエティーだって少ない。思っていることを口にすることは難しく、要領を得た事を言える自信がない。雪村を言い負かせるほど巧みな言葉など、持ち合わせているわけがなかったのだ。
「けど、言ってくれた。ありがとう、歩くん。それでいい。それで良かったんだよ」
それは思ってもみなかった言葉だった。
志藤は泣き腫らした瞳に、また沢山の涙を溢れさせ、にっこりと笑っている太一の笑顔に、優しいその声に……しがみついて泣いた。
太一はその勢いに尻餅をついてしまったけど、抱きついたまま泣きじゃくる志藤の背中をあやすように叩き、そして少しだけ……その頭に頬をすり寄せた。
「ユキは賢いからさ。きっと自分の事、これで少しは見直すでしょ。あいつだって、たまには懲らしめてやらないとね」
そう言って笑う。
もちろん志藤には、一緒に笑えるだけの余裕なんかなかったけど、カメラと番組スタッフはこの後すぐにその場を去り、雪村と一ノ瀬を探しに走っていった。
その足音を聞き、太一は堪らず志藤の背中に両腕を回すと、強く、強く……それは痛いほど強く抱きしめた。
「……歩くん……っ! 歩……くんっ」
愛おしくて……、あの日から固く固く封印してきた想いが爆発したみたいに、彼の体温を、声を、感触を、匂いを、すべて奪うみたいに抱きしめる。
「たい……ちゃ……」
強く抱きしめてくる太一の腕の中で、志藤はなんとか密着した体を離した。嫌だったわけじゃなく、ドキドキしてしまったからというわけでもない。ほんの少し苦しかったからだ。だけど、体を離してしまったからこそ、見えてしまった。泣きそうでいて、とんでもなく物欲しそうにしている太一の顔が。
おかげさまで涙は止まった。これを「物欲しそう」と思ったばかりに、驚異的なスピードで涙は引っ込み、心臓は一気に高鳴った。
(ちょ、……えっ?)
ほんのりと染まっている太一の頬。蕩けたような甘えた瞳。薄く開かれている唇。それはまるで……キスしてくれと言われている、と勘違いしてしまうほど、色っぽい表情だった。
けどそれは、勘違いなんかじゃない。
勘違いなんかじゃないから、太一は薄く口を開き、背中から志藤の太ももに手を移し、そして静かに瞳を閉じた。
(……う……ウソだろ?)
太ももに置かれている太一の手はわずかに震え、期待を込めて少しだけ顎を突き出した。
(……え……、え? これ……これって)
ドクドクと心臓は早鐘を打つ。
キスをしてもいいのか?と確かめたいけど、そんな野暮な質問など出来るわけなく、ただこの状況に飲まれ流され、志藤は太一の唇へ吸い寄せられるように近づいていった。
「歩くん」
太一のしっかりした声。優しい手とは裏腹な強い言葉と、迷いのない声。それはまるで、志藤の体をこじ開けるみたいに力強くて、「あぁ。こう見えてこの人、長男だった」と志藤はこの期に及んで彼の知らなかった一面を知ることになった。
「ユキは、あまり人を信用しないくせに、実力を認めた相手には簡単に背中を任せちゃうような男だ。それがプレッシャーだったり重荷だったりすること、よく分かるよ。あの人、ああいう人だから。けど、ああいう人だからこそ、誰も何も言えないよね」
何も言えずここまで来ていた人間のひとりが、この志藤歩だ。
言いたいことなんて今まで沢山あったし、腹の立つこともたくさんたくさんあった。けど何も言い返せなかったのは、雪村の言葉が、行動が、正しかったから。とはいえ、例え「おかしい」と思っていても、彼へ歯向かう強い心をとても持てなかった。彼を言い負かせるほど口だって達者ではない。雪村のように頭も良くない。言葉のバラエティーだって少ない。思っていることを口にすることは難しく、要領を得た事を言える自信がない。雪村を言い負かせるほど巧みな言葉など、持ち合わせているわけがなかったのだ。
「けど、言ってくれた。ありがとう、歩くん。それでいい。それで良かったんだよ」
それは思ってもみなかった言葉だった。
志藤は泣き腫らした瞳に、また沢山の涙を溢れさせ、にっこりと笑っている太一の笑顔に、優しいその声に……しがみついて泣いた。
太一はその勢いに尻餅をついてしまったけど、抱きついたまま泣きじゃくる志藤の背中をあやすように叩き、そして少しだけ……その頭に頬をすり寄せた。
「ユキは賢いからさ。きっと自分の事、これで少しは見直すでしょ。あいつだって、たまには懲らしめてやらないとね」
そう言って笑う。
もちろん志藤には、一緒に笑えるだけの余裕なんかなかったけど、カメラと番組スタッフはこの後すぐにその場を去り、雪村と一ノ瀬を探しに走っていった。
その足音を聞き、太一は堪らず志藤の背中に両腕を回すと、強く、強く……それは痛いほど強く抱きしめた。
「……歩くん……っ! 歩……くんっ」
愛おしくて……、あの日から固く固く封印してきた想いが爆発したみたいに、彼の体温を、声を、感触を、匂いを、すべて奪うみたいに抱きしめる。
「たい……ちゃ……」
強く抱きしめてくる太一の腕の中で、志藤はなんとか密着した体を離した。嫌だったわけじゃなく、ドキドキしてしまったからというわけでもない。ほんの少し苦しかったからだ。だけど、体を離してしまったからこそ、見えてしまった。泣きそうでいて、とんでもなく物欲しそうにしている太一の顔が。
おかげさまで涙は止まった。これを「物欲しそう」と思ったばかりに、驚異的なスピードで涙は引っ込み、心臓は一気に高鳴った。
(ちょ、……えっ?)
ほんのりと染まっている太一の頬。蕩けたような甘えた瞳。薄く開かれている唇。それはまるで……キスしてくれと言われている、と勘違いしてしまうほど、色っぽい表情だった。
けどそれは、勘違いなんかじゃない。
勘違いなんかじゃないから、太一は薄く口を開き、背中から志藤の太ももに手を移し、そして静かに瞳を閉じた。
(……う……ウソだろ?)
太ももに置かれている太一の手はわずかに震え、期待を込めて少しだけ顎を突き出した。
(……え……、え? これ……これって)
ドクドクと心臓は早鐘を打つ。
キスをしてもいいのか?と確かめたいけど、そんな野暮な質問など出来るわけなく、ただこの状況に飲まれ流され、志藤は太一の唇へ吸い寄せられるように近づいていった。
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