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卒業式
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その二人を廊下の先からじっと見ていたのは、志藤と中原だった。
ドリンクバーへ向かう最中。
廊下の先で抱き合っている二人を目撃し、無言でその場に佇んだ。
目を反らせなくて、頼りなく野瀬に抱きつく太一を、志藤と中原はやるせなくもただ見つめる事しか出来なかった。頭を撫で、柔らかく抱きしめ返す野瀬に、嫉妬というものを感じる余裕すらないほど、今の二人には付け入る隙が無かった。
二人は信頼しあっている。
誰もそこに……割り入ることはできない。
愕然と立ち尽くしてしまった志藤の背中に、中原がそっと手を添えると、「行くぞ」と静かに先を促す。
かたく抱き合う二人を横目にドリンクバーへと向かい、無言でジュースを注ぎ入れた。
この状況に酷似したことが、以前にもある気がした。
それをふと思い出し、志藤はぎゅっとグラスを握りしめ、隣でウーロン茶を注ぐ中原へぽつりと言葉を落とした。
「なんか……前も、野瀬先輩に……」
だけど、それ以上の言葉は続かなかった。それに、自分が野瀬に負けていると思うことも嫌で嫌でたまらなかった。
“太一は野瀬にしか弱さを見せない”
そう思うと、やるせなくて仕方なかった。
エッグバトルが始まる時、初めて志藤は太一を泣かせた。あの時だって、太一は野瀬に本音を話して泣きじゃくった。
今もまるで同じだ。明らかに不安を抱えている太一が、野瀬を頼り、抱きつき、すべてを委ねている。志藤の目にはそう映ってしまったのだ。
何故野瀬の位置に自分が居ないのか、許せない。野瀬なんかよりずっとずっと隣にいるのに。ずっとずっと一緒にいたはずなのに。
夏までは、この感情を雪村に抱いていた。
それなのに、それはいつの間にか野瀬へと移り、狂いそうな程の嫉妬に焼き尽くされそうになっている。
太一は自分のことが好きなんじゃないのかと数時間前に感じた想いはすっかり絞み、空気の抜けた風船のように、しょんぼりと落ち込んでしまっている。
何故、何故、何故、野瀬なのか。
自分が年下で、頼りないからなのか。
こうでもして、こじ付けの理由を付けなきゃ本当に許せなかったのだ。
「雅紀は、あれで結構空気読むやつだからさ。相手の欲しい言葉を選ぶのが、上手いんだよ」
ウーロン茶を入れ終え、中原は至極真面目な声で言った。
「モテてるのは伊達じゃない」
そう言ってドリンクバーから離れると、さっさと部屋へ歩みを進めた。
その後をトボトボと付いていき、志藤は返す言葉もないと思った。自分は、空気を読む能力に欠けている気がしてならなかったから。だって、夏に太一を泣かせたのだって、自分の無神経な一言のせいだ。自分と野瀬では、比べようもないくらい器量が違うのかもしれないと思うと、自分に幻滅して、泣きたいくらい情けなくなった。
部屋の前まで帰ってくると、トイレから帰ってきた二人ともばったり出くわし、一緒に部屋へと入る。
先に太一と野瀬が部屋に入ったが、最後に部屋に入った志藤は目を疑った。
だって、何故か太一と野瀬が向かい合わせに座り、その隣を空けていたから。
席替え……? なんて頭をよぎったが、誰一人それを突っ込むことはなくて、野瀬はしれっと太一のグラスを彼に手渡していた。
どういうことだ、と疑問符が頭上に飛び交ったが、志藤は太一の隣にそっと腰を下ろすしかなかった。戸惑いながら中原を見たけど、彼は志藤の視線になど気付きもせずに、野瀬とフードメニューを広げ、腹減ったなと言った。
「何か注文しようよ」
さっき、頼りなく野瀬に抱きついていた太一もいつもの調子でそれに乗り、ひとまずポテトは必須でしょ、とメニュー表をのぞき込む。一人、この状況を整理出来ない志藤は、戸惑い、困惑し、どうしたってぎこちない態度しか取れなかった。
その不自然な対応に、また太一は心を痛める。泣きたいほど、傷つく。
二人の距離は、縮まるどころか、こうしてどんどん離れていくのだ。
意図せず、どんどん……どんどんと──。
ドリンクバーへ向かう最中。
廊下の先で抱き合っている二人を目撃し、無言でその場に佇んだ。
目を反らせなくて、頼りなく野瀬に抱きつく太一を、志藤と中原はやるせなくもただ見つめる事しか出来なかった。頭を撫で、柔らかく抱きしめ返す野瀬に、嫉妬というものを感じる余裕すらないほど、今の二人には付け入る隙が無かった。
二人は信頼しあっている。
誰もそこに……割り入ることはできない。
愕然と立ち尽くしてしまった志藤の背中に、中原がそっと手を添えると、「行くぞ」と静かに先を促す。
かたく抱き合う二人を横目にドリンクバーへと向かい、無言でジュースを注ぎ入れた。
この状況に酷似したことが、以前にもある気がした。
それをふと思い出し、志藤はぎゅっとグラスを握りしめ、隣でウーロン茶を注ぐ中原へぽつりと言葉を落とした。
「なんか……前も、野瀬先輩に……」
だけど、それ以上の言葉は続かなかった。それに、自分が野瀬に負けていると思うことも嫌で嫌でたまらなかった。
“太一は野瀬にしか弱さを見せない”
そう思うと、やるせなくて仕方なかった。
エッグバトルが始まる時、初めて志藤は太一を泣かせた。あの時だって、太一は野瀬に本音を話して泣きじゃくった。
今もまるで同じだ。明らかに不安を抱えている太一が、野瀬を頼り、抱きつき、すべてを委ねている。志藤の目にはそう映ってしまったのだ。
何故野瀬の位置に自分が居ないのか、許せない。野瀬なんかよりずっとずっと隣にいるのに。ずっとずっと一緒にいたはずなのに。
夏までは、この感情を雪村に抱いていた。
それなのに、それはいつの間にか野瀬へと移り、狂いそうな程の嫉妬に焼き尽くされそうになっている。
太一は自分のことが好きなんじゃないのかと数時間前に感じた想いはすっかり絞み、空気の抜けた風船のように、しょんぼりと落ち込んでしまっている。
何故、何故、何故、野瀬なのか。
自分が年下で、頼りないからなのか。
こうでもして、こじ付けの理由を付けなきゃ本当に許せなかったのだ。
「雅紀は、あれで結構空気読むやつだからさ。相手の欲しい言葉を選ぶのが、上手いんだよ」
ウーロン茶を入れ終え、中原は至極真面目な声で言った。
「モテてるのは伊達じゃない」
そう言ってドリンクバーから離れると、さっさと部屋へ歩みを進めた。
その後をトボトボと付いていき、志藤は返す言葉もないと思った。自分は、空気を読む能力に欠けている気がしてならなかったから。だって、夏に太一を泣かせたのだって、自分の無神経な一言のせいだ。自分と野瀬では、比べようもないくらい器量が違うのかもしれないと思うと、自分に幻滅して、泣きたいくらい情けなくなった。
部屋の前まで帰ってくると、トイレから帰ってきた二人ともばったり出くわし、一緒に部屋へと入る。
先に太一と野瀬が部屋に入ったが、最後に部屋に入った志藤は目を疑った。
だって、何故か太一と野瀬が向かい合わせに座り、その隣を空けていたから。
席替え……? なんて頭をよぎったが、誰一人それを突っ込むことはなくて、野瀬はしれっと太一のグラスを彼に手渡していた。
どういうことだ、と疑問符が頭上に飛び交ったが、志藤は太一の隣にそっと腰を下ろすしかなかった。戸惑いながら中原を見たけど、彼は志藤の視線になど気付きもせずに、野瀬とフードメニューを広げ、腹減ったなと言った。
「何か注文しようよ」
さっき、頼りなく野瀬に抱きついていた太一もいつもの調子でそれに乗り、ひとまずポテトは必須でしょ、とメニュー表をのぞき込む。一人、この状況を整理出来ない志藤は、戸惑い、困惑し、どうしたってぎこちない態度しか取れなかった。
その不自然な対応に、また太一は心を痛める。泣きたいほど、傷つく。
二人の距離は、縮まるどころか、こうしてどんどん離れていくのだ。
意図せず、どんどん……どんどんと──。
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