204 / 312
卒業式
10
しおりを挟む
「……分かった」
静かにそう頷いた野瀬に、志藤が思わず口元をニヤつかせたのは、ここにいる誰も見てはいなかった。だが、少し先を歩く中原が「うぉっ!」と声を上げたから、二人はぱっとそちらに視線を奪われた。優しげに笑う太一と、小さな何かを右手に掲げている中原。
「見ろ! 雅紀! 沖の名札もらった!」
それは志藤にとってもかなりの衝撃だった。
「えっ! 何それ! のちのち激レア確定の代物じゃんか!」
野瀬が思わず大声を張り上げると、中原も太一も可笑しそうに笑い、そしてちょいちょいと野瀬へ手招きする太一が恥ずかしそうに笑うから、志藤の心臓は縮まるみたいに怯えてしまった。
「野瀬には、これ」
そう言って手渡されたのは、茶色い革の生徒手帳。
言葉にならない野瀬の片肩に、両手を載せた太一は、そのまま背伸びして彼の耳に口を近づける。
何を言ったのか志藤の居た場所からは聞こえなかった。けど、ボンっと赤面した野瀬と、目を丸くした中原に、志藤はまた息を呑んだ。
(なんだ? 何を言われた!?)
思わず駆け寄り、「なになに?」と無邪気に尋ねるが、太一は「ひみつ」と笑い、野瀬は隠すように生徒手帳を後ろに隠した。
(……なんなんだよっ!)
湧き上がってくる苛立ちに志藤は歯を食いしばったが、それに気付く者は残念ながらここには居なかった。
何を言われた? 何を言った?
ついさっき、してやったりとほくそ笑んだばかりの志藤だったが、気が気でないまま校舎を出て校門へと向かう。卒業を迎えた三人は同級生達と最後の別れを告げ、校門で待つ志藤のもとへとやってくる。
背の高い野瀬を睨むように見上げるが、彼はヘラヘラと惚けたように微笑むばかりで、心ここにあらずと顔に書いてある。それに苛立ちながら、志藤は太一へ告白するべきか否か……恐ろしく悩んだ。
もしかして……もしかするかもしれないわけだから。だってこの野瀬の惚けようは異常だ。
照れ笑いを浮かべて「秘密」と言った太一への不信感も高まる。第二ボタンや名札なんて、言えばただの“物”で、生徒手帳ほど魅惑的なものはないと感じる。
だって、中に……何が書いているかわからないのだ。
それはつまり手紙、ないしラブレターに成りうる代物ということ。
(嘘だろ……? 嘘だろ、たいちゃん?)
ドクドクと嫌な鼓動を感じながら、黙々と歩みを進める。中原と太一がこのあとカラオケに行こうかなんて話している声さえ、志藤には届いていなくて、一方有頂天になっている野瀬は、歌えもしないくせに「騒ごうぜー!」などとヘラヘラ笑っていた。
太一は志藤の異変にこの時ようやく気づき、全然乗ってこないなぁと寂しさを感じた。だが、中原が志藤の肩を組み、「お前ももちろん強制参加だからなぁ!?」と声を掛けたことで、志藤は思い出したように会話に混じってきた。
太一が野瀬に準備したもの。
それは初めて書いた、サインだった。
『俺の初めてのサイン、あげる』
そんな貴重なもの、まさか貰えるなんて野瀬は考えてもいなかった。
太一が書く「沖 太一」の文字は卒業アルバムの最後のページにも残っている。クラスメイトたちも学校にいるファンの子達もみんな貰っている。
けど、アイドルとして書いた“サイン”は野瀬に渡した生徒手帳のものが確かに初めてだったのだ。
夜な夜な考えたサイン。恥ずかしくて死んでしまいそうだと思いながらも必死に考えたサイン。これは自分のファン第一号である野瀬にどうしても渡したかった。
だけど、全部裏目に出ている。おかげで、太一へ告白しようと決めていた志藤は尻込みし、そこに芽生えるはずだった奇跡が、風化されるようにサラサラと形をなくす。
そしてカラオケ店にて、志藤は決定打を叩きつけられることになるのだ。
静かにそう頷いた野瀬に、志藤が思わず口元をニヤつかせたのは、ここにいる誰も見てはいなかった。だが、少し先を歩く中原が「うぉっ!」と声を上げたから、二人はぱっとそちらに視線を奪われた。優しげに笑う太一と、小さな何かを右手に掲げている中原。
「見ろ! 雅紀! 沖の名札もらった!」
それは志藤にとってもかなりの衝撃だった。
「えっ! 何それ! のちのち激レア確定の代物じゃんか!」
野瀬が思わず大声を張り上げると、中原も太一も可笑しそうに笑い、そしてちょいちょいと野瀬へ手招きする太一が恥ずかしそうに笑うから、志藤の心臓は縮まるみたいに怯えてしまった。
「野瀬には、これ」
そう言って手渡されたのは、茶色い革の生徒手帳。
言葉にならない野瀬の片肩に、両手を載せた太一は、そのまま背伸びして彼の耳に口を近づける。
何を言ったのか志藤の居た場所からは聞こえなかった。けど、ボンっと赤面した野瀬と、目を丸くした中原に、志藤はまた息を呑んだ。
(なんだ? 何を言われた!?)
思わず駆け寄り、「なになに?」と無邪気に尋ねるが、太一は「ひみつ」と笑い、野瀬は隠すように生徒手帳を後ろに隠した。
(……なんなんだよっ!)
湧き上がってくる苛立ちに志藤は歯を食いしばったが、それに気付く者は残念ながらここには居なかった。
何を言われた? 何を言った?
ついさっき、してやったりとほくそ笑んだばかりの志藤だったが、気が気でないまま校舎を出て校門へと向かう。卒業を迎えた三人は同級生達と最後の別れを告げ、校門で待つ志藤のもとへとやってくる。
背の高い野瀬を睨むように見上げるが、彼はヘラヘラと惚けたように微笑むばかりで、心ここにあらずと顔に書いてある。それに苛立ちながら、志藤は太一へ告白するべきか否か……恐ろしく悩んだ。
もしかして……もしかするかもしれないわけだから。だってこの野瀬の惚けようは異常だ。
照れ笑いを浮かべて「秘密」と言った太一への不信感も高まる。第二ボタンや名札なんて、言えばただの“物”で、生徒手帳ほど魅惑的なものはないと感じる。
だって、中に……何が書いているかわからないのだ。
それはつまり手紙、ないしラブレターに成りうる代物ということ。
(嘘だろ……? 嘘だろ、たいちゃん?)
ドクドクと嫌な鼓動を感じながら、黙々と歩みを進める。中原と太一がこのあとカラオケに行こうかなんて話している声さえ、志藤には届いていなくて、一方有頂天になっている野瀬は、歌えもしないくせに「騒ごうぜー!」などとヘラヘラ笑っていた。
太一は志藤の異変にこの時ようやく気づき、全然乗ってこないなぁと寂しさを感じた。だが、中原が志藤の肩を組み、「お前ももちろん強制参加だからなぁ!?」と声を掛けたことで、志藤は思い出したように会話に混じってきた。
太一が野瀬に準備したもの。
それは初めて書いた、サインだった。
『俺の初めてのサイン、あげる』
そんな貴重なもの、まさか貰えるなんて野瀬は考えてもいなかった。
太一が書く「沖 太一」の文字は卒業アルバムの最後のページにも残っている。クラスメイトたちも学校にいるファンの子達もみんな貰っている。
けど、アイドルとして書いた“サイン”は野瀬に渡した生徒手帳のものが確かに初めてだったのだ。
夜な夜な考えたサイン。恥ずかしくて死んでしまいそうだと思いながらも必死に考えたサイン。これは自分のファン第一号である野瀬にどうしても渡したかった。
だけど、全部裏目に出ている。おかげで、太一へ告白しようと決めていた志藤は尻込みし、そこに芽生えるはずだった奇跡が、風化されるようにサラサラと形をなくす。
そしてカラオケ店にて、志藤は決定打を叩きつけられることになるのだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※本作はちいさい子と青年のほんのりストーリが軸なので、過激な描写は控えています。バトルシーンが多めなので(矛盾)怪我をしている描写もあります。苦手な方はご注意ください。
『BL短編』の方に、この作品のキャラクターの挿絵を投稿してあります。自作です。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
【完結】元ヤクザの俺が推しの家政夫になってしまった件
深淵歩く猫
BL
元ヤクザの黛 慎矢(まゆずみ しんや)はハウスキーパーとして働く36歳。
ある日黛が務める家政婦事務所に、とある芸能事務所から依頼が来たのだが――
その内容がとても信じられないもので…
bloveさんにも投稿しております。
完結しました。
魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
すれ違いがちなヒカルくんは愛され過ぎてる
蓮恭
BL
幼い頃から自然が好きな男子高校生、宗岡光(ヒカル)は高校入学後に仲間と自然を満喫したいという思いから山岳部へ入部する。
運動音痴なヒカルは思いのほか厳しい活動内容についていけず、ある日ランニング中に倒れてしまう。
気を失ったヒカルが見たのは異世界の記憶。買い物中に出会った親切な男が、異世界ではヒカルことシャルロッテが心から愛した夫、カイルだったのだと思い出す。
失神から目が覚めたヒカルの前には、記憶の中のカイルと同じ男がいた。彼は佐々木賢太郎、ヒカルの同級生で山岳部の部員だと言う。早速ヒカルは記憶が戻った事を賢太郎に話した。
過去に仲睦まじい夫婦であったという記憶を取り戻したからなのか、ヒカルは賢太郎の事を強く意識するようになる。
だが現代での二人はただの同級生で男同士、これから二人の関係をどうするのか、賢太郎の言葉だけでははっきりと分からないままその日は別れた。
溢れた想いを堪えきれずについDMで好きだと伝えたヒカルだったが、賢太郎からの返信は無く、酷く後悔することに。
主人公ヒカルをはじめとした、登場人物たちの勘違いによって巻き起こる、すれ違いストーリーの結末は……?
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる