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優越の対象
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放課後、太一は二年のフロアにやってきた。
一学期まではこのアウェイなフロアを歩くのが辛くて気まずくてすごく嫌だった。もちろん今だって無駄に注目を浴びるから極力歩きたくはないのだが、数ヶ月前とはてんで気持ちの持ちようが違った。
もう誰も太一のことを売れないアイドルだなんて言わない。何なら「きゃー」なんて言われる対象になってしまっている。それが嬉しいような、現金な世間の態度に苛つきを覚えるような、複雑な思いだった。
2年5組の教室。緊張する。人生で初めて女性をお迎えに上がるのだ。太一は一度、大きく深呼吸をしてその扉を開いた。
教室にはまだ生徒がちらほらと残っていたが、美月のいる女子グループが、開いた扉の先に見た太一に一際大きな歓声をあげた。
本当に来やがった、と言わんばかりである。
教室にいる生徒がみんなどよめきたち、美月だけが「そら見なさい。私は嘘なんかつかないわよ」と自慢気な瞳で席を立った。
「沖せんぱ~い!」
美月は、それはもうわざとらしく可愛い声で太一を呼んだ。
「……ごめん。待たせちゃったかな」
野瀬の言葉を意識してしまったからか、可愛いはずの美月がただのぶりっ子にしか見えなくなってしまったのは……言うまでもない。
だが、太一も普通の男。
可愛いことに変わりない美月に、まぁいいかと変な割り切りが生まれる。彼女が隣にいることが恥ずかしいわけではない。なんなら、こんな可愛い子と下校出来るなんてこちらこそ自慢の対象だ、と太一は思った。
美月が優越の為だけに自分を利用しようとしているのなら、自分だって今の状況に優越を抱けばいいだけの話。お互いがそうなら問題はあるまい。
太一はもうこれ以上美月のことにうつつを抜かすのはやめにしようと誓った。彼女が本気で自分を見てくれた時に、自分も考えればいいのだと。舞い上がるなんて自分らしくないから。
美月を連れて廊下を歩く。
「いつも髪、綺麗にセットしてるよね」
歩くたびに揺れる髪。シャンプーの香りがふわりふわりと鼻先をくすぐり、太一は思わずそんなベタな褒め言葉を口にした。
美月はそんな太一にぽっと頬を赤らめると、なびく髪をきゅっと手で押さえつけた。
「ぁ……、お、お母さんが元美容師だから」
「そうなんだ。いいね。いつも綺麗にしてもらえて。よく似合ってるよ」
この男。狙っていないが天然のフェミニストだ。超マイナス思考でコンプレックスの塊のような男であるが、無駄に据わっている肝のおかげか、こんな歯も浮くような言葉をさらっと言ってのける。
おかげで美月の顔は真っ赤に染まり、太一に見られないように顔を背けた。
お互い自転車を押しながら駅前までやってきて、ぶらっとケーキを食べに寄ったり、本屋に立ち寄ったりして、最後に来たのはゲームセンターだった。
「プリクラ撮ってもらえませんか?」
美月の申し出に、太一はドキっとして一瞬迷った。
一学期まではこのアウェイなフロアを歩くのが辛くて気まずくてすごく嫌だった。もちろん今だって無駄に注目を浴びるから極力歩きたくはないのだが、数ヶ月前とはてんで気持ちの持ちようが違った。
もう誰も太一のことを売れないアイドルだなんて言わない。何なら「きゃー」なんて言われる対象になってしまっている。それが嬉しいような、現金な世間の態度に苛つきを覚えるような、複雑な思いだった。
2年5組の教室。緊張する。人生で初めて女性をお迎えに上がるのだ。太一は一度、大きく深呼吸をしてその扉を開いた。
教室にはまだ生徒がちらほらと残っていたが、美月のいる女子グループが、開いた扉の先に見た太一に一際大きな歓声をあげた。
本当に来やがった、と言わんばかりである。
教室にいる生徒がみんなどよめきたち、美月だけが「そら見なさい。私は嘘なんかつかないわよ」と自慢気な瞳で席を立った。
「沖せんぱ~い!」
美月は、それはもうわざとらしく可愛い声で太一を呼んだ。
「……ごめん。待たせちゃったかな」
野瀬の言葉を意識してしまったからか、可愛いはずの美月がただのぶりっ子にしか見えなくなってしまったのは……言うまでもない。
だが、太一も普通の男。
可愛いことに変わりない美月に、まぁいいかと変な割り切りが生まれる。彼女が隣にいることが恥ずかしいわけではない。なんなら、こんな可愛い子と下校出来るなんてこちらこそ自慢の対象だ、と太一は思った。
美月が優越の為だけに自分を利用しようとしているのなら、自分だって今の状況に優越を抱けばいいだけの話。お互いがそうなら問題はあるまい。
太一はもうこれ以上美月のことにうつつを抜かすのはやめにしようと誓った。彼女が本気で自分を見てくれた時に、自分も考えればいいのだと。舞い上がるなんて自分らしくないから。
美月を連れて廊下を歩く。
「いつも髪、綺麗にセットしてるよね」
歩くたびに揺れる髪。シャンプーの香りがふわりふわりと鼻先をくすぐり、太一は思わずそんなベタな褒め言葉を口にした。
美月はそんな太一にぽっと頬を赤らめると、なびく髪をきゅっと手で押さえつけた。
「ぁ……、お、お母さんが元美容師だから」
「そうなんだ。いいね。いつも綺麗にしてもらえて。よく似合ってるよ」
この男。狙っていないが天然のフェミニストだ。超マイナス思考でコンプレックスの塊のような男であるが、無駄に据わっている肝のおかげか、こんな歯も浮くような言葉をさらっと言ってのける。
おかげで美月の顔は真っ赤に染まり、太一に見られないように顔を背けた。
お互い自転車を押しながら駅前までやってきて、ぶらっとケーキを食べに寄ったり、本屋に立ち寄ったりして、最後に来たのはゲームセンターだった。
「プリクラ撮ってもらえませんか?」
美月の申し出に、太一はドキっとして一瞬迷った。
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