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一次審査! (前編)
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十月中旬。月曜日。
いつもより多くのカメラが三脚にセットされた。長机には椅子が六脚も配備され、そこには社長、副社長、ダンス講師のお三方と、ボイトレ講師が一人、腰を下ろした。
曜日選抜一次審査、開始である。
今週はオーディションの週となる為、曜日レッスンは休みだ。朝から執り行われるオーディションの為、エッグ達は学校を休んでの挑戦となった。
五人一組で課題曲を踊る。
50音順のグループとなるため、太一は一番初めのグループだ。見知った顔の月曜日組のメンバーが廊下に勢揃いし、緊張した面持ちでざわざわと会話を交わしている。
その中で太一は深呼吸を繰り返しながら、雪村の隣でじっと立ち尽くしていた。
「緊張してる?」
雪村が穏やかな声で尋ねると、太一はこくんと小さく頷いた。
「ふふふ。みんなみたいに振りのおさらいしないの?」
21名いる月曜メンバーは、廊下のあちこちで課題曲の振りを繰り返し踊っていた。
「……しない。温存ちう」
「ちう、ね」
特徴的に発音した太一を真似て、雪村はまたクスクスと笑った。
「ユキは余裕だね」
今にも心臓が飛び出そうな太一には、雪村ののんびりとした空気の方が違和感だった。
「俺? はは、慌ててた方がいい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
何を言うんだと苦笑が漏れる。けど雪村は視線を天井に向けた後、ちらりとカメラの位置を確認した。すでにシューティングされている。そんな目の動きを目ざとく追った太一へ、雪村は視線を戻した。そして静かに口を開く。
「……皆さ、緊張してるじゃん? 俺だって緊張してないのかって言われたら、ゼロじゃない。けどたぶん、皆と比べたら、まぁ……そこまでのものでもないのかな……とは、思う。志藤もそうだと思うんだけど」
それは経験値の違いだと、暗に雪村は太一へ伝えた。
「だけど、余裕だねって言われたら、それは全然余裕ではない」
雪村は廊下の壁に背中を預け、ダンスの振りを復習しているエッグや、真剣に自由曲を練習している者や、そわそわとあちこちを歩き回っている者を見つめながら、柔らかく笑った。
「俺は今日、トップナインから引き摺り下ろされるかもしれない」
柔らかく笑った顔に反して、雪村の声は低く真剣だった。
「この世界はさ、もちろん実力も必要かもしれないけど、やっぱり人気と運の世界だろ? いつどこで人気の火が付くか分からないし、運なんて磨きようもねぇし。第一、スタッフやマスコミ、スポンサーに嫌われればそこで芸能生命は断たれるわけだ。俺らはギリギリの綱渡りをしてる。まさかそんな中で余裕なわけがねぇよ」
情けない笑みを浮かべる雪村。それを見て、太一も一気に不安になった。確かにそうだと納得してしまったからだ。
親が「いい高校に行き、いい大学を出て、いい会社に勤めて欲しい」と願うその意味を、雪村のこんな言葉で激しく理解した。夢を追うことがダメなことではなく、この世界での成功率の低さ、倍率の高さが第一の問題なのである。
芸能界というのは、努力や実力だけでのし上がれる世界ではない。そこに必要なのは絶対的な運だ。
「けどな」
太一の不安をまるで切り裂くように、雪村はハツラツとした声で言った。
「 “俺は緊張しないし、いつでも余裕” なんだよ」
いつもより多くのカメラが三脚にセットされた。長机には椅子が六脚も配備され、そこには社長、副社長、ダンス講師のお三方と、ボイトレ講師が一人、腰を下ろした。
曜日選抜一次審査、開始である。
今週はオーディションの週となる為、曜日レッスンは休みだ。朝から執り行われるオーディションの為、エッグ達は学校を休んでの挑戦となった。
五人一組で課題曲を踊る。
50音順のグループとなるため、太一は一番初めのグループだ。見知った顔の月曜日組のメンバーが廊下に勢揃いし、緊張した面持ちでざわざわと会話を交わしている。
その中で太一は深呼吸を繰り返しながら、雪村の隣でじっと立ち尽くしていた。
「緊張してる?」
雪村が穏やかな声で尋ねると、太一はこくんと小さく頷いた。
「ふふふ。みんなみたいに振りのおさらいしないの?」
21名いる月曜メンバーは、廊下のあちこちで課題曲の振りを繰り返し踊っていた。
「……しない。温存ちう」
「ちう、ね」
特徴的に発音した太一を真似て、雪村はまたクスクスと笑った。
「ユキは余裕だね」
今にも心臓が飛び出そうな太一には、雪村ののんびりとした空気の方が違和感だった。
「俺? はは、慌ててた方がいい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
何を言うんだと苦笑が漏れる。けど雪村は視線を天井に向けた後、ちらりとカメラの位置を確認した。すでにシューティングされている。そんな目の動きを目ざとく追った太一へ、雪村は視線を戻した。そして静かに口を開く。
「……皆さ、緊張してるじゃん? 俺だって緊張してないのかって言われたら、ゼロじゃない。けどたぶん、皆と比べたら、まぁ……そこまでのものでもないのかな……とは、思う。志藤もそうだと思うんだけど」
それは経験値の違いだと、暗に雪村は太一へ伝えた。
「だけど、余裕だねって言われたら、それは全然余裕ではない」
雪村は廊下の壁に背中を預け、ダンスの振りを復習しているエッグや、真剣に自由曲を練習している者や、そわそわとあちこちを歩き回っている者を見つめながら、柔らかく笑った。
「俺は今日、トップナインから引き摺り下ろされるかもしれない」
柔らかく笑った顔に反して、雪村の声は低く真剣だった。
「この世界はさ、もちろん実力も必要かもしれないけど、やっぱり人気と運の世界だろ? いつどこで人気の火が付くか分からないし、運なんて磨きようもねぇし。第一、スタッフやマスコミ、スポンサーに嫌われればそこで芸能生命は断たれるわけだ。俺らはギリギリの綱渡りをしてる。まさかそんな中で余裕なわけがねぇよ」
情けない笑みを浮かべる雪村。それを見て、太一も一気に不安になった。確かにそうだと納得してしまったからだ。
親が「いい高校に行き、いい大学を出て、いい会社に勤めて欲しい」と願うその意味を、雪村のこんな言葉で激しく理解した。夢を追うことがダメなことではなく、この世界での成功率の低さ、倍率の高さが第一の問題なのである。
芸能界というのは、努力や実力だけでのし上がれる世界ではない。そこに必要なのは絶対的な運だ。
「けどな」
太一の不安をまるで切り裂くように、雪村はハツラツとした声で言った。
「 “俺は緊張しないし、いつでも余裕” なんだよ」
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