92 / 312
熱帯夜
9
しおりを挟む
「う……っわ!」
本物の雪村に野瀬は抑えきれずに声を漏らした。しかしその声は中原の声に掻き消される。
「おわ! 本物っ!?」
「あ、太一じゃん。志藤も?」
ニコニコとカッコいい笑みを浮かべ、雪村がタタッと四人に駆け寄ってくる。
野瀬の声にならない叫び声。中原もまた目を輝かせた。雪村とハイタッチで挨拶を交わす太一は、親友のお出ましにその表情を緩ませた。
「来てたんだね、ユキ」
「おぅ。この夏、今日くらいしか花火見れそうになかったからさ」
生で見る雪村の端麗さ、透るような声、圧倒的なオーラ。野瀬と中原は二人並んで、ただマジマジと雪村を見つめた。
「雪村さんもお友達とですか?」
そこに志藤も混じり、エッグバトルではお馴染みの月曜組が揃った。
「いや、俺は親と来た」
そう言って振り返ると、そこには優しそうな母親が一人立っていて、キョロキョロと息子を探している。
「母さん、こっち!」
母親は雪村と一緒に太一と志藤の存在に気付くと、ぺこりと頭を下げゆっくりと歩み寄って来た。
「お母さんと来てるんですね。雪村さん優しいなぁ」
志藤はにっこりと微笑む。太一もまた柔らかく笑った。
「ま、俺、母子家庭だし。たまにはな」
細身の母親が、柔らかく微笑みながら雪村の隣に並ぶと再び頭を下げた。それに慌てて太一と志藤も頭を下げる。
「こんばんは!」
「初めまして、涼の母です。いつも息子がお世話になってます」
「いや! 世話になってるのはむしろ僕の方で……!」
太一は慌てて手を振り、志藤も同じように首を振った。
「雪村さんにはいつも助けてもらいっぱなしです!」
志藤もそう言葉を足すと、雪村だけがケタケタ笑った。そんな姿を野瀬と中原は間近で見つめる。雪村が母子家庭だということを初めて知ったが、そうだとしても思春期の多感な時期に母と二人で花火大会に出向くなど、普通の中学生ならあり得ない。なんて心優しい少年だと二人は感動に近い衝撃を受けた。
そんな母親思いの優しい雪村に、野瀬は完全なる敗北感を覚えた。こんなに格好良くて、仕事も出来て、母親思いで優しい雪村。勝てるわけないと、改めてそう思ったのである。
太一が雪村に惹かれる理由がそこには十分すぎるほどある。そう思ったら最後、野瀬の恋心はしゅるしゅると尻尾を巻いて逃げて行きそうになった。
(沖のこと好きだと思う。でも……やっぱり叶うわけない)
母親が雪村にクレープを手渡し、それを見た太一がいいなぁ!と瞳を輝かせた。
そんな光景をぼんやりと見つめながら、二人は付き合っているのかな、と不安に駆られたり、きっとそうなんだろうなとため息をついたり、でも本当にただの親友かもしれないし、と期待をしてみたり。でもやっぱり雪村はカッコいいな、とそう野瀬が思った時。
「ほら」
そう言ってクレープを差し出した雪村に太一は嬉しそうに笑みをこぼすと、パクッとそれを口に含んだ。それとほぼ同時に、雪村も太一のりんご飴に噛み付く。その拍子に太一の顔はクレープに少し埋まり、鼻の上に生クリームをちょこんと載せる形になった。
「あっはっは! 悪りぃ悪りぃ!」
その無様な姿に雪村と中原は声を出して笑ったが、志藤と野瀬はその神掛かった可愛さに息を飲んでいた。
「もう! 押し付けないでよ!」
太一はぶぅっと膨れ、生クリームを取ろうとしたが、それよりも先に雪村が人差し指でそれを拭い取ると、それをそのまま自分の口に運んで舐めた。
「怒んなよ」
その光景はいろんな意味で野瀬と志藤をノックアウトさせた。これは確実に、決定的な瞬間とも言える。
もちろん、すべて勘違いなのだが。
本物の雪村に野瀬は抑えきれずに声を漏らした。しかしその声は中原の声に掻き消される。
「おわ! 本物っ!?」
「あ、太一じゃん。志藤も?」
ニコニコとカッコいい笑みを浮かべ、雪村がタタッと四人に駆け寄ってくる。
野瀬の声にならない叫び声。中原もまた目を輝かせた。雪村とハイタッチで挨拶を交わす太一は、親友のお出ましにその表情を緩ませた。
「来てたんだね、ユキ」
「おぅ。この夏、今日くらいしか花火見れそうになかったからさ」
生で見る雪村の端麗さ、透るような声、圧倒的なオーラ。野瀬と中原は二人並んで、ただマジマジと雪村を見つめた。
「雪村さんもお友達とですか?」
そこに志藤も混じり、エッグバトルではお馴染みの月曜組が揃った。
「いや、俺は親と来た」
そう言って振り返ると、そこには優しそうな母親が一人立っていて、キョロキョロと息子を探している。
「母さん、こっち!」
母親は雪村と一緒に太一と志藤の存在に気付くと、ぺこりと頭を下げゆっくりと歩み寄って来た。
「お母さんと来てるんですね。雪村さん優しいなぁ」
志藤はにっこりと微笑む。太一もまた柔らかく笑った。
「ま、俺、母子家庭だし。たまにはな」
細身の母親が、柔らかく微笑みながら雪村の隣に並ぶと再び頭を下げた。それに慌てて太一と志藤も頭を下げる。
「こんばんは!」
「初めまして、涼の母です。いつも息子がお世話になってます」
「いや! 世話になってるのはむしろ僕の方で……!」
太一は慌てて手を振り、志藤も同じように首を振った。
「雪村さんにはいつも助けてもらいっぱなしです!」
志藤もそう言葉を足すと、雪村だけがケタケタ笑った。そんな姿を野瀬と中原は間近で見つめる。雪村が母子家庭だということを初めて知ったが、そうだとしても思春期の多感な時期に母と二人で花火大会に出向くなど、普通の中学生ならあり得ない。なんて心優しい少年だと二人は感動に近い衝撃を受けた。
そんな母親思いの優しい雪村に、野瀬は完全なる敗北感を覚えた。こんなに格好良くて、仕事も出来て、母親思いで優しい雪村。勝てるわけないと、改めてそう思ったのである。
太一が雪村に惹かれる理由がそこには十分すぎるほどある。そう思ったら最後、野瀬の恋心はしゅるしゅると尻尾を巻いて逃げて行きそうになった。
(沖のこと好きだと思う。でも……やっぱり叶うわけない)
母親が雪村にクレープを手渡し、それを見た太一がいいなぁ!と瞳を輝かせた。
そんな光景をぼんやりと見つめながら、二人は付き合っているのかな、と不安に駆られたり、きっとそうなんだろうなとため息をついたり、でも本当にただの親友かもしれないし、と期待をしてみたり。でもやっぱり雪村はカッコいいな、とそう野瀬が思った時。
「ほら」
そう言ってクレープを差し出した雪村に太一は嬉しそうに笑みをこぼすと、パクッとそれを口に含んだ。それとほぼ同時に、雪村も太一のりんご飴に噛み付く。その拍子に太一の顔はクレープに少し埋まり、鼻の上に生クリームをちょこんと載せる形になった。
「あっはっは! 悪りぃ悪りぃ!」
その無様な姿に雪村と中原は声を出して笑ったが、志藤と野瀬はその神掛かった可愛さに息を飲んでいた。
「もう! 押し付けないでよ!」
太一はぶぅっと膨れ、生クリームを取ろうとしたが、それよりも先に雪村が人差し指でそれを拭い取ると、それをそのまま自分の口に運んで舐めた。
「怒んなよ」
その光景はいろんな意味で野瀬と志藤をノックアウトさせた。これは確実に、決定的な瞬間とも言える。
もちろん、すべて勘違いなのだが。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる