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熱帯夜

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 ふんっと気づかれない程度に息巻き、中原の隣に並ぶ。やっぱり中原の隣ほど安心出来る場所はないと野瀬は思った。太一の隣にいるから、志藤が邪魔だと思ってしまうし、妹を脅威に感じてしまうのだ。

「雅紀は何食う?」
「俺は牛串」
「ワイルド~! 俺もそうしよ!」

 いつもの会話、いつものテンポ。親友という存在は一言、二言交わすだけでそこに変わらぬ安心感がある。

(もう考えるのはよそう)

 野瀬は中原の隣に並びながら思った。
 ひとまず休息だ。今は屋台と花火を楽しもう。

 だがそう簡単に意識を逸らすことは出来なかった。たこ焼きに熱い熱いと口をぱくぱくさせる太一。ちょっとかじらせて、と野瀬の牛串にかぶりつく太一。射的にはしゃぐ太一。りんご飴を舐める太一。そして、ちょっと着崩れ始めている……浴衣。

 野瀬のそんな視線に、志藤が気付かないわけはなかった。

(どこ見てんだ、この野郎!)

 志藤は、太一の着崩れし始めた浴衣の襟首をきゅっと直す。

「あ、ごめん。乱れてた?」
「うん、気をつけて! エッチだったよ!」

 半ばキレ気味で言った志藤だったが、自分でそう言って、ものすごく恥ずかしくなった。エッチ、というワードだけでなく、これがエッチだと認識してしまった自分が情けなかったのだ。今までならそんなこときっと微塵も思わなかった。ただ着崩れていてだらしないと思うはず。そう、だらしないと思うことと、エッチだと思うことは天地ほど違う認識の差であろう。

「エッチ? これが?」

 きょとん、として太一はチラっと自分の胸元を志藤に見せた。それを見た志藤と野瀬は、バッと顔を背ける。

(ら……、ラッキー!)

 そう思ったのは野瀬だ。

(ヤバ……っ!)

 そう思ったのは志藤だった。
 顔を背けてしまっては、男の胸板に何かしら意識していると言っているようなものだ。

(違う、断じて違う!)

 慌てて弁解しようと太一を見た志藤だったが、りんご飴を片手に持つ太一があまりに可愛く美化され、志藤はなんじゃこりゃ!と赤面してしまった。

(あ……れれ? た、たいちゃん……ってこんなに可愛いかったかなっ!?)

 佐久間と菊池の会話から知ることになった未知なる世界。

 その世界に手招きしたのは黒野と猫居だ。そして引きずり込もうとするのは、鈍感な太一の無防備な笑顔だった。

 咄嗟に言葉が出てこなくて、金魚のようにパクパク口を動かした志藤だったが、救世主のごとく現れた男に、志藤ははっとして叫んだ。

「ゆ、雪村さん!」

 小首を傾げていた太一も、ドギマギしていた野瀬も、携帯を弄っていた中原も、志藤の叫び声にハッとして後ろを振り返った。

 そこには、呼び声に気付いた雪村が確かに立っていた。
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